春を告げる伝統行事“お水取り”と椿のつながり|花の道しるべ from 京都
奈良に春を呼ぶといわれる東大寺の修二会。3月12日の深夜に若狭井*からお香水を汲むことから「お水取り」の通称で知られる。かつては旧暦の2月に行われていたため、修二会と呼ぶ。ニュースなどで目にする機会が多いのは「お松明」だ。二月堂の舞台を長さ約8mの籠松明*を持った童子が駆け抜け、火の粉が舞い散る姿は壮麗で美しい。
昨年の修二会は非公開となったため、NHKがBSで生放送を行うことに。撮影クルーは1か月の隔離生活を経て撮影にのぞむという、力の入れよう。中でも、12日から14日の深夜に堂内で大きな炎を焚いて行われる秘儀「達陀」は圧巻だった。
当日、私が担当したのは、スタジオ装飾のいけばなだ。今回のスタジオは、二月堂の手前にある国宝の開山堂。開山堂の庭には、斑入りの良弁椿が植わっている。この椿には、「糊こぼし」という別名がある。修二会では、仏前に椿の造花が供えられる。この造花は僧侶の方々が和紙で作るのだが、ある時、真っ赤な和紙にうっかり糊を零してしまったという。零れた糊の部分が白く染まり、その風情が良弁椿に似ていることから、それ以降、紅白の花弁を組み合わせた造花で飾り付けを行うようになった、と伝えられている。
そこで、お水取りにゆかりの深い椿のいけばな作品で、スタジオを彩りたいと考えた。絞りや斑入りの椿では、良弁椿に似て紛らわしいので、紅白の椿を取り合わせて使うことに。曾祖父の時代から使っている金屏風仕立ての花器と根来塗の高卓を持参して、空間を演出した。
白椿は、加茂本阿弥。赤椿は、薮椿と半八重の菱唐糸。今回の撮影のために、江戸時代から続く椿園で、かかえきれないほどの大きさの幹を持つ椿の横枝を切って下さった。艶やかで、惚れ惚れするような椿との出会いは僥倖だった。
お水取りは、今年も感染拡大防止のため、一部非公開となるようだ。
堂内が色とりどりの造花で彩られることから「花会式」と呼ばれるのが、3月下旬に行われる薬師寺の修二会。以前、この花会式でも、献華をさせていただく機会を得た。約1600本の和紙で作られるという華やかな造花は、梅・桃・桜・椿・山吹・牡丹・藤・杜若・百合・菊の十種。このゆかりの花たちの中から、花の王と呼ばれる桜を選び、金堂前の舞台でいけあげた。この献華をご本尊の前にお運びいただき、色鮮やかな造花との競演をご覧いただくこととなった。
この修二会、奈良にルーツを持つ京都の清水寺でも行われる。こちらは2月上旬。時期こそ異なるが、修二会はいずれも、「日々の過ちを悔い改めて反省し、より良い生き方に改める」という意味を持つ。長引くコロナ禍で、私たちの心と身体には、様々な歪が生まれてきている。自分のことは棚に上げて他人を非難したり、家族や友人に刺々しくあたったり……。平常心を保つことは意外と難しい。立ち止まって、日々の過ちを見つめることで、本来の自分を取り戻すきっかけにしたい。
文=笹岡隆甫
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