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[有田焼・香蘭社]ジャポニスムブームがアメリカに広がった時代|幕末・開化期、佐賀の万博挑戦

1867(慶応3)年のパリ万博での教訓を得て、明治政府は新生日本をアピールしようと1873(明治6)年のウィーン万博に挑み、非常に高い評価を得ます。1876(明治9)年のアメリカ・フィラデルフィア万博を前に、ヨーロッパのような陶磁器会社をつくる必要性を訴えたのは、元佐賀藩士であった男、納富のうとみ介次郎かいじろうでした。(ひととき2024年5月号特集「はじめましてのパリ万博 佐賀藩、世界に挑む!」より)

 ウィーンへの派遣団の中に、納富介次郎という男がいた。もともと絵が巧みな佐賀藩士で、幕末には上海に渡った経験を持つ。

 納富は万博閉会後に、フランスのセーブルなどヨーロッパ各地の焼物の地におもむいた。そこで石膏型を用いて、粘土液を流し込むなど、同じ形の器を量産する方法を習得。ろくろほど手間がかからず合理的で、帰国後は有田に技術を伝えた。

 美術史家の森谷美保さんによると、納富は次のフィラデルフィア万博用の図案集を、新政府に提案したという。

 それが実現して「温知図録」ができ、京都の清水焼や金沢の九谷焼など、全国の焼物の里をはじめ、金工や木工の産地へも配布されて、製作に活用された。

明治33年パリ万国博覧会出品用の図案と色絵桜文蓋物。図案と器が一致する貴重な例 有田町歴史民俗資料館東館蔵
「香蘭社」に残る、日本の伝統美を昇華させた明治初期の貴重な図案
1875〜1879(明治8〜12)年製作の花瓶。「温知図録」に本作の器形図案が描かれている 写真提供=香蘭社

「ただ有田向けには図柄がないものが多いんです。おそらくデザインは彼らの技量に任せたのでしょう」

 森谷さんは、やはり有田は別格だったと考えている。

 納富は何度も有田を訪れ、製作上のアドバイスのかたわら、ヨーロッパのような陶磁器会社の必要性を訴えたらしい。

 有田では磁石から粘土を作る者、成形する者、窯で焼く者など、分業制で、小規模な窯元も多かった。それを会社にまとめる方が、効率がいいと考えたのだろう。

泉山磁石場。現在はほとんど採掘されていない。山肌には陶石が掘り出された大きな穴が残る

 そんな求めに応じたのが深川栄左衛門えいざえもんだった。当時、栄左衛門は碍子がいしの大量生産に成功していた。

 佐賀出身の電信の技術者が、碍子の製作を依頼したのだ。丸太の電柱を立てて、電線を張っていく際に、木部に触れるとショートしてしまう。そのために絶縁体の碍子が必要だった。

 深川栄左衛門は、来たるフィラデルフィア万博に備えて、仲間たちに声をかけ、合本組織として香蘭社を設立。これは、もともと5年間に限定した会社だったが、時期を待たずに4年で解散。

 深川栄左衛門が香蘭社の名前を引き継ぎ、今に続く有田焼の名門が改めてスタートしたのだ。

 香蘭社はフィラデルフィア万博で、さっそく高い評価を得た。品物は「温知図録」の効果もあって、飛ぶように売れた。そうしてヨーロッパのジャポニスムのブームはアメリカにも広がった。

1875~1879(明治8~12)年製作の花瓶。緻密な金彩の線描きを主体として、一面に鳳凰と中国の代表的な意匠・翼のある竜「応竜文〈おうりゅうもん〉」を描く。世界への扉が開いた明治の世、名工の高揚が感じられる超絶技巧

 現在、香蘭社本店は内山地区でも、ひときわ目を引く洋館だ。趣ある外扉を開けると、1階のショップが迎えてくれる。2階にはガラスケースの中に、古美術と呼べる品々が並んでいる。その完璧なフォルムや、細かく描き込まれた図柄、秀逸な彩りには息を呑む。

香蘭社 古陶磁陳列館。明治時代の超絶技巧の有田焼を堪能できる空間 
1879(明治12)年~1880年代製作の水差し。西アジアの金属器をルーツとする仙盞〈せんさん〉瓶と呼ばれる形。胴の窓枠内には秋草が描かれていて日本ならではの落ち着いた印象

旅人・文=植松三十里
写真=阿部吉泰
協力=森谷美保

──この続きは本誌でお読みになれます。なぜ佐賀藩だけが幕府の呼びかけに応じてパリ万博に挑んだのか、有田焼を生んだ佐賀の歴史、当時の日本の状況を時代小説家の植松さんが紐解きます。ぜひご一読ください。

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<目次>
[佐賀市] 幕末、万博参加への道─モダン佐賀藩
[コラム]ちょっと寄り道、歴史さんぽ
[有田町]そして、世界へ─開明期の有田焼

香蘭社 有田本店
☎0955-43-2132
[住]有田町幸平1-3-8
[時]9時〜17時
[休]年末年始
https://www.koransha.co.jp/

出典:ひととき2024年5月号


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