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「ダウンジャケットに裸足サンダル」な季節がやってきた。|立冬~小雪|旅に効く、台湾ごよみ(2)

台湾といえば「常夏」――そんなイメージをお持ちの方も多いかもしれません。しかし、台湾にも南国ならではの季節の移ろいがあります。この連載旅に効く、台湾ごよみでは、季節の暦(二十四節気)に準じて、暮らしにとけこんだ行事や風習、日台での違いなどを、現地在住の作家・栖来ひかりさんが紹介。より彩り豊かな台湾の旅へと誘います。

 第一回目でお話した二十四節気、今年2020年は11月7日が「立冬」にあたり、ここから15日後の22日「小雪」までつづく。

 この頃が近づくと、湿度が下がり空気はさらさらとして、暑くも寒くもない。虫や鳥の声もぐっとひそやかになり、二度寝のお蒲団が慕わしくいつまでもいつまでも寝ていたい、台北のもっとも過ごしやすい季節だ。といいつつ、空の天高く北東から吹き付けてくる冷たい風の気配を感じ、あの辛い台北の冬がまもなくやってくることに思い当たって気がしずむ。

 古代中国の華北平原で生まれた「二十四節気」をさらに3つの季節で分けたのが「七十二候」で、立冬の三候はこちら。

・水始氷(水始めて凍る)
・地始凍(地始めて凍る)
・雉入大水為蜃(雉が水に入りて蜃となる)

 地も水も凍てつき始め、大地が眠りに落ちてゆく。「蜃」とは大きなハマグリで、冬のあいだ姿を消すキジの模様がちょうどハマグリと似ていることから、水中の大きなハマグリはキジが水に入った姿だと古代の人は想像したのが面白い。

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 中国内陸部よりずっと東に位置する日本への冬の訪れは、もっとゆるやかだ。江戸期に作られた日本版「七十二候」は

・山茶始開(つばきはじめてひらく)
・地始凍(ちはじめてこおる)
・金盞香(きんせんかさく)

 ここでいう「つばき」とは「さざんか」のこと。ちなみに華語(中国語)ではツバキ科の植物をみな「茶花」或いは「山茶花」という。キンセンカは、水仙の花。日本の七十二候には、中国版にくらべて花や草木の登場する頻度がおおく、季節を彩る花の種類の豊かさを感じさせる。

 日本よりもずっと南にある台湾では、大地や水が凍るなんて事は、よっぽど高い山の上でなければ余りない。しかし、意外に思われるかもしれないが、台湾(特に北部)の冬は結構寒い。もっとも寒いころは気温が10度以下になることもあるが、建物が夏向きに作られているため暖房設備が日本のようではない。雨続きで湿度も高いので、じめじめどんよりとした冷えが足元より這い上って、パソコンを打つ指がいつの間にやらかじかんでいる。

身体を温める定番料理

 冬を間近に感じると、身体を温めるものが欲しくなる。台湾で立冬と言えば、定番は「麻油鶏(マーヨウジー/マユクェ)」。新鮮な鶏肉とショウガを黒ごま油で炒めてから、米酒で煮込む。知人の料理上手なおばさんは、水を一切いれずに米酒だけで煮込むのがご自慢だが、米酒のアルコール濃度は22度ぐらいあり(一応煮込んでアルコールを飛ばすが、なかなか飛ばし切れるものではない)、酒に弱い人が彼女の麻油鶏を食べるとふらっふらになるので「恐怖のスープ」と呼ばれている。

スープ

 麻油鶏は出産後(坐月子という)の女性の食べ物としても鉄板で、私の産後にも義母が作ってくれた。出産前後は日本に住んでいたので、台湾の米酒が手に入らない代わりにちょっといい日本酒で作ってもらったら、びっくりするほど薫り高く旨かった。もう一度あれを食べたいものだが、台湾で美味しい日本酒は高価だから、とてもじゃないが料理に使う気にはなれない。

 もうひとつ、立冬を迎えて台湾の人々が列をなすのが羊肉の鍋「羊肉爐(ヤンロール―/イムバーロー)」に、「薑母鴨(ジャンムーヤー/キウムボーアー)」。もしスーパーで大量に米酒を買いこんでいる人を見かけたら、こうしたスープや鍋料理を仕込んでいるとみていい。

 太陽が傾いて日が短くなるということは、陰陽の「陰」が勝るのを意味する。そこで「陽(ヤン)」と音の通じる「羊(ヤン)」を身体に採り入れて、足りない気を補うのだ。もちろん栄養学的にも、羊肉は身体を温める成分をもつ。

 どの料理にも共通するのが大量の「薑」、つまりショウガ。中医学の「医食同源」の中で、古くから万病に効果ありと用いられてきた健康食品だ。そこに、漢方薬の乾燥した「当帰(とうき)」「紅ナツメ」「枸杞(くこ)」も加えれば最強「陽」スープの出来上がり。ちなみに、台湾で食べられる「羊」といえばヤギ(山羊)のことで、「鴨」はアヒル。また同じショウガでも生で用いるのは「陰」で身体を冷やし、身体を温める「陽」の作用があるのは加熱または乾燥させたショウガなので、注意が必要だ。

「冬でも裸足サンダル」の謎

 かように「冷え」に敏感で中医学を重んじる台湾の人々について、長年の疑問がある。それは「どうして冬でもサンダルで裸足なのか?」だ。今でこそお洒落なブーツ姿の人も少なくないが、15年ほど前は冬でもサンダルに裸足が当たり前だった。

 とりわけ「ダウンジャケットに裸足サンダルでバイクに乗っている」人を見ると、「ああ、台北にも冬がやってきたなあ」と感じる。なぜダウンジャケットに裸足サンダルなのか、毎年この季節を迎える度に考えたり誰かに質問したりしているが、これが正解と断言できるには至っていない。だが、あえてここで成果を披露すれば、

・冬は雨が多く、足が濡れるのが気持ち悪いのでサンダル
・湿気がこもって、水虫になるのを防ぐためサンダル
・バイクに乗ると風が強く当たって冷えるので防寒のためにダウンジャケットを着るが、暑くなるのを防ぐ体温調整のためサンダル
・台湾の家は夏向けで涼しいようにタイル張りが多く、靴下を穿くとすべる(=裸足で生活が基本)
・ちょっと出かけるにもバイクなので、すぐ羽織れるダウンジャケットにサンダル

といった事が挙げられるだろうか。生活の定番現象はすべて経験に培われたものだから、きっと色んな知恵に支えられているに違いない。上記以外に「これ!」というものがあれば、是非とも教えを乞いたいと思う。

 というわけで、立冬のわたし的「台湾七十二候」は

・鳥の声ひそまりお蒲団恋し
・羊肉の店に行列のできる
・ダウンジャケットにサンダル姿のバイク現わる

バイク

文・絵=栖来ひかり

栖来ひかり(すみき ひかり)
台湾在住の文筆家・道草者。1976年生まれ、山口県出身。京都市立芸術大学美術学部卒。2006年より台湾在住。台湾に暮らす日日旅の如く新鮮なまなざしを持って、失われていく風景や忘れられた記憶を見つめ、掘り起こし、重層的な台湾の魅力を伝える。著書に『台湾と山口をつなぐ旅』(2017年、西日本出版社)、『時をかける台湾Y字路~記憶のワンダーランドへようこそ』(2019年、図書出版ヘウレーカ)。


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