「イベントがキャンセルになったから報酬も払えない」と言われたら、クリエイターはどうすれば良いの!?~弁護士が解説!

コロナ禍でクリエイターの受けたインパクト

 はじめまして、Honmonoメンバーで弁護士の大島日向と申します。

 かれこれ1年以上続くコロナ禍の中、多くの人がコロナとの戦いを強いられる日常が続いています。
 そんな中で、多くのイベントや企画も中止になりました。誰もが我慢をしている、安全のためには仕方がない、頭では分かっていながらも、中止になったイベントや企画の数だけ、心待ちにしていたお客さんの落胆や、「日の目を見なかった素敵な作品たち」が山ほどありました。
 そして、イベントの中止にともなって、受託していた契約を切られてしまったというトラブルをよく耳にするようにも。世間は飲食店の営業時間や補助金の話でもちきりですが、コロナによって事業・生活にインパクトを受けたクリエイターも多くいます。

 Honmono協会は、有難いことにコロナ禍の逆風の中でも、大勢のクライアントの皆さまのおかげで、歩みを止めずに済んでいますが、所属しているクリエイターの方々の話を一人ひとり聞いていると、そこには無視できない不安が存在していました。

 そこで、今回は、コロナ禍によるイベント等の中止に関連して、法的にどのような点に気をつければ、クリエイターの利益をなるべく保護することができるかという点について、簡単にご紹介しようと思います。


契約書を締結していなかった!そんな時、どうなる!?

 クリエイターが守るべき経済的利益は大きく分けて2つです。1つは、創作物に対する正当な対価を確保すること。もう1つは、その創作物に関する知的財産権です。

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 大前提として、これらの権利を確保するために、できる限り、契約書を締結することが望ましいのですが、実は法的には、契約は「契約書」に署名や判子を押さなくても成立します。例えば、コンビニでおにぎりを買う時には、法的には売買契約(民法第555条)が成立していますが、いちいち契約書を締結していません。このように、契約は、契約書がなくても有効に成立している点は是非覚えていただければと思います。

 そうすると、契約書は不要なのではないかとも思われますが、そうでもありません。契約書を作成することの意味は複数考えられますが、そのうちの大きな一つは、将来、取引条件等で疑義が生じた際には契約書があるとその点が明確になるという点にあります。

例えば、ある映像作品の制作依頼を100万円で受けたとき。
(i)口頭のやりとりだけですと、将来、金額が争いになったときに(例えば、相手方が、50万円という話だったと言ってきたときに)100万円で受注していたことを証明することが困難となります。
(ii)メールのやりとりで「100万円ということで承知しました。」といった程度の記載がある場合には、当初金額が100万円であることはメールのやりとりをもって証明できますが、例えば、その後に複数回の追加修正があった場合などに100万円以上の追加請求ができるのか明らかではありません。
(iii)契約書を作成する場合には(すべてのケースを網羅することはできませんが)、こういった典型的なトラブル要因をカバーする形で契約を結びますので、将来の争いをより予防できることとなります。

 以上のとおりですから、大きなプロジェクト等の場合には、必要に応じて専門家に依頼の上契約書を作ることが安全ではありますが、そうでない場合であっても、主要な取引条件はメールやSNSのやりとり等、記録に残る形で残しておくことが大切です。

「主要な取引条件」は様々ですが、例えば、(i)納期と報酬、(ii)成果物の特定とどの程度まで無料で追加修正を受けるか、(iii)成果物に関する知的財産権等は誰のものになるか、(iv)契約の解除はどのような場合に認めるか、といったあたりはメールベースのやりとりでも意識的に握っておくと良いでしょう。(このあたりの説明もどこかで書ければなと思っています。)

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 なお、契約書が巻かれないことの理由の1つとして、書面を作成して判子を押すのが面倒くさいという理由がありますが、近年ではクラウドサインをはじめとする電子署名ツールの開発が進んでおり、押印手続や郵送手続を経ずに契約書を電子上で締結することも可能です。便利な世の中になりました。


「イベントが中止になったから、報酬も支払えない」と言われたら(ケーススタディ)

 話が少し逸れてしまいましたが、それでは、具体的にどのようなケースでクリエイターの利益・権利の確保が問題となり、それに対して、どのような対応をとるべきでしょうか。

今回は、コロナ禍によるイベントの中止という事例を題材に「経済的利益(報酬の回収)」に焦点を当ててご紹介したいと思います。

【例】
映像家のA氏は、イベント会社X社が企画するオフラインイベントのオープニング映像の制作依頼を受け、作業を進めていたが、決めていたのは納期と報酬金額のみであり、契約書は締結していなかった。ところが、コロナ禍の折、当該イベントが中止となってしまい、B社から「今回のイベントは中止になった。そのため、映像作品も不要になったので、大変申し訳ないが、契約は解除し、報酬もお支払いできない。」という旨の連絡を受けた。

 この例でA氏は、X社に対して制作した映像に関する報酬金額相当額の請求をすることができるでしょうか。このようなケースは、コロナ禍において問題となることが多い事例です。

 まず、このような事態を避けるために、契約上、相手方による中途解約の場合には想定される報酬額の全部又は一部を支払うことを定める規定を入れておくと安心です。特にイベントの開催を前提とする案件の場合には、コロナ又は政府の緊急事態宣言等の発令によるイベント中止の場合にも、報酬額の全部又は一部の支払い義務を委託者が負うことを明記しておくとより安全です。
少なくとも、メールベースでもこのあたりの条件については握っておくと良いかと思います。

 契約書を作成していない場合(取引条件の詳細について握っていない場合)はどうなるのでしょうか。
まず、契約書が存在しない場合に何のルールもないのかというと、そうではありません。「民法」や「商法」といった法律は人々の取引等に関する一般的なルールを定めており、これらの法律が適用されることになります。そうすると、契約書が存在しない場合であっても、民法上、報酬の支払いを求めることができれば、相手方に対して請求をすることができるということになります。

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 今回のようなケースでは、一般的に、民法の請負契約又は準委任契約に関する規定が適用されることになります(両者の区別はやや難しく、また、どちらの規定が適用されるかは委託内容によりますが、動画作成等の一定の成果物を想定する場合には、請負契約の規定が適用されると考えられます。一方で、SNS運用やイベント開催に向けたコンサルティングのような場合には準委任契約の規定が適用されると考えられます。)。

 そうすると、民法には以下のような規定がありますので、これらの規定が適用されることとなります。赤字の箇所を見ていただくとわかりますが、この民法の規定に従えば、一定額の報酬を請求できる可能性があります。

(注文者が受ける利益の割合に応じた報酬)
第六百三十四条 次に掲げる場合において、請負人が既にした仕事の結果のうち可分な部分の給付によって注文者が利益を受けるときは、その部分を仕事の完成とみなす。この場合において、請負人は、注文者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 注文者の責めに帰することができない事由によって仕事を完成することができなくなったとき。
二 請負が仕事の完成前に解除されたとき。
(受任者の報酬)
第六百四十八条 受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することができない。
2 受任者は、報酬を受けるべき場合には、委任事務を履行した後でなければ、これを請求することができない。ただし、期間によって報酬を定めたときは、第六百二十四条第二項の規定を準用する。
3 受任者は、次に掲げる場合には、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる。
一 委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなったとき。
二 委任が履行の中途で終了したとき。
※なお、本条は委任契約に関する規定ですが、法律行為以外の事務行為の委託(準委任契約)についても準用されます(民法第656条)。
 
以上のとおりですから、契約書がない状態で、コロナや緊急事態宣言等を理由とするイベントの不開催によって契約の解除がなされてしまった場合でも、一定額の報酬を請求することができる可能性は残されていますので、泣き寝入りする必要は必ずしもありません。

 ただし、この場合でも相手方としては、あくまでも委託はイベントの開催を条件としていたというような反論をしてくることが考えられます。その意味では、このコロナ禍において、特に特定のイベントの開催を念頭においた案件については、イベントが不開催になった場合の報酬については、事前に協議しておくことが望ましいといえます。

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おわりに

 Honmonoに所属するクリエイターの方々もそうですが、多くのクリエイターの方々の一番の関心ごとは「良い作品を作る」ことのようです。
自分の手で生み出した作品が見た人、聞いた人、体験した人の心を動かすというのは本当に凄いことです。そこには営利活動としての側面よりも先に、何かを伝えたいという強力で純粋な思いがあるのだと思います。
 私も自分の仕事に強いやりがいを持っていますが、私が作った契約書の条文を見て元気がでたり、感動したりする人は(多分)いませんので、純粋に自分にない能力として憧れています。
 私自身はそういった方々の応援をできればと思っていますし、その価値を法的にどのように守っていくかという点に向き合いたいと思っています。

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大島日向 (弁護士 中村・角田・松本法律事務所 / 第一東京弁護士会)
1991年生まれ。神奈川県出身。

京都大学法学部を卒業後、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)法務コンプライアンス課での研修及び長島・大野・常松法律事務所での執務を経て、現職。スタートアップに関する資金調達支援や知財戦略、企業買収・合併等のM&A取引を中心とする企業法務全般を取り扱う。また、宇宙ビジネスやアグリテックビジネスといったテクノロジーが生み出す特定の産業領域に関するリーガルサポートの実績も豊富である。一般社団法人日本スペースロー研究会理事のほか、スタートアッププログラムに関するアドバイザーとして、内閣府主催「S-Booster 2021」及びJA主催「JAアクセラレータ第3期」のリーガルメンターを担当する。好物は茶碗蒸し。
 直近の主な著書として「令和元年 改正会社法ポイント解説 Q&A」共著/日本経済新聞出版社(2020年)、直近の主な論文として「AI・データの利活用と著作権法上の「柔軟な権利制限規定」の活用(共著)/NBL1175号」など。

https://www.ntmlo.com/intro13.html
oshima.hinata@outlook.jp
Twitter:@Hinata_SpaceLaw

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