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【小説】LOVEマシーンの日は彼氏ができた日

1999年。

ノストラダムスの大予言では地球がなくなるとかなんとかで散々騒いでいたが、おそらくもう地球はこのままなくなりそうにないなと彼女は永遠に続きそうな学校までの坂道をのぼる。

9月に入り、また毎日この坂をのぼるのかと思ってうんざりしかけるが、いやちがう、また毎日彼に会えるのだ、といとも簡単に舞い上がることができる。

彼女は高校一年生。
伸ばしかけの髪を1つに結び、自分で切った前髪は眉毛より1センチほど上。
それは「わたしはギャルではないです。好きな雑誌はジッパーです。」という彼女なりの意思表示だ。

彼は一つ年上の高校2年生。
校則ではスニーカーと決まっているが、彼の足元は黒いドクターマーチン。
中肉中背、短い髪をワックスでチョンチョンと立てている。
小麦肌というより、もはや夜には歯しか見えないのではないかというような浅黒い肌。
ズボンは骨盤の辺りまで下げているが、トランクスの半分が見えているような輩がうようよ居るなか、彼のその下げ方は品があるようにも見える。

彼女は彼が好きだった。


ルーズソックスはギャルでなくとも履いた。
彼女も例外ではなかった。

ソックタッチ(靴下がずり落ちないように貼るノリのこと)だってクラスの9割の女子は持っていたのだし、彼女は決まって青色のパッケージのものを購入した。

ルーズソックスの長さが30センチから50センチになった頃、彼女の恋心は彼に知られることとなる。
「あのこ、先輩の事好きみたいです。」
友人の粋なはからいだった。
若い彼は彼女の事をいとも簡単に気にかけるようになった。


彼女は中学生の頃からASAYANを欠かさず観ていた。
平家みちよが勝ち取ったオーディションの落選組で組まれたモーニング娘。がどんどん有名になっていく。
「サマーナイトタウン」や「抱いてhold on me」は曲が良かったし、新メンバーのオーディションは毎週見応えがあった。
特に彼女はオリジナルメンバーの飯田香織がスタイルが良くて好きだった。

忘れもしない99年9月9日。

伝説の新メンバー、金髪の中学生後藤真希が加入し「LOVEマシーン」が発売された日。
彼女のもとに彼から電話があった。

「オレの事好きらしいね。付き合う?」


1999年9月9日、彼と彼女は恋人になった。

彼女は高校生になってやっと買ってもらった携帯電話でメールをする。

「すきだよ」

それは彼女がそれまでの、決して長くはない人生の中で学んだ(主にマンガで)メッセージであり、カップルってこうするんでしょという、どこか他人事のような第三者的な気持ち。

それでも高揚感はある。
あの彼が恋人になることを選んだ。
彼女は「わたし」の価値が少し上がったような気がしていた。


彼とは2度カラオケに行った。

彼は歌に自信があるようで、採点機能を使い彼女に勝負を挑んだ。

しかし、彼女のELTや宇多田ヒカルは高得点を叩き出し、彼のL'Arc〜en〜Cielや嵐は太刀打ち出来なかった。
彼はすっかりヘソを曲げてしまい、彼女はそんな彼にウンザリしかけたが、片想いの頃の素敵な彼を思い出してはそんな気持ちに気づかないフリをしてやり過ごした。


部活の帰り道。
友人と、その頃ハマっていたファミマの「サラダエレガンス」というフレーバーのフライドポテトを食べながらカラオケデートの一連を話す。
彼がラルクの「花葬」という曲を歌ったのだと言うと友人はお腹を抱えて笑った。
「デートで歌うか?裏声出してたの?マジ、イメージじゃないんだけど。」

最初少しムッとしたが、いつのまにか友人につられて笑っていた。
たしかに可笑しいなと思いかけたら最後、面白くて面白くてお腹の底から涙を流しながら笑った。

ああ、もう彼とは長く続かないなと思った。

あこがれの総量は、現実を知ってしまうとどんどん減ってしまって、もう決して最初の状態に戻すことはできないのだ。

もう彼を遠くから眺めるだけで満たされた頃には戻れない。


数日後、彼と彼女は恋人ではなくなった。

彼女は彼にこう言った。

「片想いの頃のほうが好きだった。」と。


その言葉の残酷さ。

そして、彼との事以上に、ファミマのポテトを食べながら、お腹を抱えて涙を流し、一緒に笑った友人との時間が、とてつもなく若くて眩しくて貴重な時間だったことに彼女が気づくのは、それからずっとずっと先のことである。





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