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小説家Aの手記/絵画の城

最初からお読みになりたい方は、ぜひ下記の記事をご覧ください。

私は噂の画家に会いに「絵画の城」へやって来た。
彼の「城」と呼ばれる建物の外観は古びた西洋館であり、まさに「城」の様な雰囲気だった。大きな正面の扉は開け放たれ、近寄ると次第に中から賑やかな声が聞こえてくる。中では、パーティが開かれているのか、たくさんの人々で賑わっており、それぞれが手にシャンパンやワインを持って楽しい時間を過ごしていた。この世界に珍しい事に誰を見ても、ここの人々はほぼ人間の姿に近かった。

この中のどの人が主だろうか。私は目を凝らした。すると、ホールの中心にひときわ個性の強く見えた口髭の男が一人、シャンパンを片手に立っているのが見えた。彼の頭には羊のツノの様なものが片側だけ生えている。人間じゃない様な気もするが、画家というにふさわしいエネルギーに満ちたオーラがある。
私はひとまず彼に声を掛けることにした。

「初めまして。本日はお招きいただいて光栄です。」その声に、目を丸くした口髭の男は嬉しそうに笑った。

「なんと ! 君は僕が人間だとわかるのか! これほどの人数がいながらにして、一発でどれが僕かを見抜いたのは君が初めてだ。 こんなツノがあるのに。」

そう言うと口髭の男は自身の頭を指差し、反対の手に持っていたシャンパンを近くの給仕の女に預けた。

「さすがに君は人間なようだ?普段から虚構に慣れている者には、こちらでの虚構が通用しない様だね。参考になったよ。」 

ジョークを言い、よく笑う口髭の男は、群衆を押しのけながら目の前に現れた。

「聞いたよ、君は物書きだってね。 改めて、僕は画家のヨウだ。よろしく。」
「こちらこそ。」

私たちは微笑んで握手を交わした。ヨウはフレンドリーに私と肩を並べた。

「物書きと絵描き。それに人間。僕らは同類というわけだ。仲良くしようじゃないか。そして早速だが、君に天才画家ヨウの作品を紹介しよう。さあ君達並ぶんだ!」
ヨウは、少し大きい声でそう言うと二度手を叩いた。すると、先ほどまでバラバラで談笑していた人々が素早く横一列に並んだ。

「驚いた。まさか・・・。」 

「そうだろう。奴らは生きている様に見えるだろうが、ここにいる全員、僕の作品でね。」

「これはしかし、絵画には見えない。」 

「いや、彼らはこう見えても絵画なのだよ。到底信じられないだろうがね。僕は油絵描きだ。ほらよく見たまえ。ここの城の壁と言う壁を。一見真っ白な空のキャンバスがかかっているだろう。」

来た時は人の賑わいで気づかなかったが、確かにありとあらゆる壁に無地の様なキャンバスがかかっている。

「君も僕と同じ創作者だとしたら、この創作者ならではの心境もよく理解してくれると思うが、 なるべく何を描くとしても、対象により命を込めて描きたいと、こだわるはずだ。彼らが生まれた原因はそのエネルギーにあると僕は思っている。 魂を込めて、現実を突き詰めて絵を描くと、彼らはたちまちキャンバスから浮かび上がり、そ の枠を越えて飛び出してしまう。」
「信じられない・・・。」
「これが僕がこんなツノの生えた化け物になってしまっても、ここで絵を描く一番の理由だ。 外ではこんな事は起こり得ない。」
「ではそのツノは作り物ではないのですね。てっきり偽物かと」
「ああ・・・、君は来て日が浅いから知らないのだろうが。 ここに長年住んでいると、自然とここの人間に近い見た目になってしまうのだよ。 僕はここに来て、何年だか。もう日付も忘れたが、随分となる。 君も自身の見た目の変化を気にするなら、外へ帰る事を努力したまえ。最も僕はこちらに 永住するほうが面白いと思うがね。ここなら、自らの作品とこうしてパーティを開いて会話も出来る。」

「それはとても楽しそうですね。」
私は自分の小説の登場人物と実際に出会う事を想像した。そんな時、どんな話をするのだろうか。

「さあ、こちらへ来たまえ。どうか君も彼らに触れて見る事だ。僕が何に魅力を感じているかがわかるだろう」
ヨウは目の前の作品を案内した。それは先程の給仕の女であった。
私は恐る恐る作品の頬を触った。
「どうだ、我々と同じ体温を感じるだろう。彼らの残念な所はキャンバスの枠組みから離れられ ない事。それだけなのだ。」
そう言いながら、ヨウは次の作品の前に私を案内した。

「彼らはキャンバスが掛けられた建物から離れる事はできない。何度か彼らをここから連れ出し てやろうと、挑戦したがダメだったよ。」
「なぜダメだったのですか。」 
「この城から出ただけで彼らはたちまち、よくありがちな、ただの油絵に戻ってしまう。」
「それは残念だ」
ヨウは少し寂しそうに笑うと、作品紹介を続けた。

「さて、次の作品だ。この男なんかは、外に、ああ、僕らが元いた世界を僕は、外と呼んでいる んだ。そちらに僕がいた時に真夜中の地下鉄のホームで見つけた歯をむき出しにして這い上が って来たドブネズミをモデルにしている。主に顔だがね。」
見るとその作品の男は小太りで少し薄汚く、心なしか顔がネズミに似ている。
「これは、まだデッサンの段階だ。「ネズミ」と言う印象に、どんな特徴に味つけするべきか。」

そう言いながらヨウは目を細め、自身の髭を引っ張りながら、作品の男をまじまじと見た。 ヨウが片手をあげると先程給仕をしていた女がどこからか、画材道具一式を持って来た。

「太々しくて汚らわしい毛並みだが、その目はギラついていて、実に力強い。今日まで小太りの男にしていたのだが・・・」
そう言うと、ヨウは絵の具を混ぜ、男の顔に筆をなぞらせた。
すると男の顔がみるみる変化していき、ついには先程とは全く違う美青年の顔が現れた。

「この醜さと逞しさをあえて内的なもので表現するならば、これくらい美少年でもいいだろう。 世を渡りやすい官能的な魅力。男も女も実に舐め回したくなる様な唇に出来ているはずだ。」
そう言うとヨウは青年の顎を掴み、親指で唇をなぞって顎を開けさせた。
それと同時に熱い吐息が漏れる。
「だが口を開けると・・・顔にそぐわない人間離れしたギザギザの歯。前歯は少し大きい。 実に下品だな。よく物を噛み砕き世の中の全てを咀嚼したがっている様な口だ。」
青年はその言葉を聞くなりヨウの親指を舐め、嚙みつこうとした。
ヨウはとっさに手を引くと、顔を歪め、すぐに給仕の女からハンカチを受け取って、指をゴシゴシと拭った。
「まあ、大体の人間という者は、この下品で醜い危険な域のところに魅力を感じてしまう、 そんな愚かな所があるのだ。しかし今のは失敗だったかもしれん。」
次の作品の前についた。頭は生きた人間だが、体が石像になっている男らしい。
「この男は盲目だが全てを見極める目を持っている人間を表している。
つまりだ、彼は我々が何処から来て、何処へ行くのも知っている。
きっと彼には、君の事もお見通しだ、僕の事も。やあ、真実の人よ。元気かい。彼は本当に小説家かな?」
男は黙って動かない。
「だが、幸い彼には口が聞けず、手も首も動かせない石の身体を持たせてある。
彼は何もできない人なのだ。人は彼のできない目や腕ばかり見ているが、彼の心は誰よりも鋭くたくましい。こういった事は世の中によくある事だ。このもどかしさをどう生き抜くかで我々の人生がいかに芸術の道に近いか、そうでないかがよくわかるだろう。僕はとても君を愛しているよ」
ヨウがそう言うと盲目の男の瞼がそれに応えるかの様に、かすかに動いた。

「こちらは、ああ本当は君にも紹介したくないんだが、 僕の理想をとにかく詰め込んだ世界一の美女だ。 さあ、挨拶なさい。我が人生における女神(ヴィーナス)! 名前はリンだ。どうだね、彼女の美しい瞳と豊満なボディは。」

次に紹介された作品は目を見張る程の美女出会った。
大きな薄手の純白の一枚布を羽織っただけの出で立ちで、肌が透けて見え、整った体をしているのが分かる。手には何か黒い球体を持っていた。

「さあ、お客様にも君の美しさを見せてやるんだ。脱ぎなさい。」

 ヨウのその言葉にリンは恥ずかしそうな微笑みを浮かべたが、すぐに彼女を纏っていた布を 足元に落とした。下着は身につけておらず、そこに裸体の女が現れた。私は目のやり場に困 ってしまった。

「彼女の乳房はとても美しい、見てみなさい。」
 そう言いながら、ヨウは筆の後ろで彼女の体の線をなぞりながら示した。

「そしてこの完璧な腰までのフォルム!彼女はモデルとしてよく登場する。理想的なヴィーナス像だ。全てを包み込む愛しき母の様な女性像を描きたかった。僕はキリスト教信者ではないがね、聖母マリアの様な存在を表しているのだ。彼女が手に持っている漆黒の球体が分かるかね。これは宇宙の神秘!ビッグバンの象徴だ。全ての事象が起きる最初の奇跡を彼女と重ねて描いたつもりだ。しかし、我ながら何度見ても美しい。とても魅力的だ。実に従順で、美しい女にしたくなる所なのだが」
そう言いながらヨウはリンの胸に触れようとしたが、怒ったリンはその手を強くひっぱき、服を着てどこかへ行ってしまった。 

「そう、この反抗的態度が彼女らしくて好きだ。僕は多少 M の気があるもんでね。」そう言ってヨウは笑うと

「まあ、大体最新作はこのくらいだ。今までに何百枚もこういった人を描いてきた。」 と言った。

ヨウの話を聞きながら、何者かの目線を感じた私は、部屋の隅に目をやった。そこには、憂鬱な表情を浮かべる青年が一人、こちらを見つめていた。頭にはヨウに似たツノが、ちょうど反対側に生えている。彼は私と目が合うと、すぐに目を逸らして、何処かへ言ってしまった。

「あの彼は?」
「ああ、あれは気にしなくていい。なに、大したことのない失敗作だ。ろくでもない奴でね。何の役にも立たなかった。」

ヨウはそれだけを話した。私は、何故だかあの作品が少し気になったが、 何処か聞きにくい様子を感じ、あえて聞かないでいることにした。

私達はその後もたくさん芸術や創作について語り合った。ヨウの芸術にかける情熱、口調は圧倒的なもので、とても有意義な時間を過ごす事ができた。夜も深くなり、今夜はこの城で一晩を明かすことになったのだが、この日の深夜、事件は起きた。

私は壁や天井に豪華な彩色と色彩が施された部屋のベッドで一人、深い眠りについていたが、突然何かがぶつかったり、割れたりするする様な激しい物音と、大勢の怒鳴り声、叫び声が響いたのだ。驚いて飛び起きた私は部屋の外に出た。声はパーティをしていた広間から聞こえ、そこに駆けていくと、あの憂鬱な目をして、ヨウに似たツノを持つ青年がナイフを持振りかざして叫んでいる。

「忌々しい化け物たちめ!今日こそ、お前たちを消してやる!!!」
「やめろ!!馬鹿な事を考えるんじゃない!どうしたと言うのだ!それを置きなさい!」
ヨウは厳しい言葉で叫んだ。
「うるさい!お前が僕に指図するな!!!」
青年はナイフで周囲に集まった作品達を指した。
「お前も!お前も!お前も!!!こいつの言う事ばかり聞いているが、お前達はこいつが憎くはならないのか!?」
「落ち着きなさい、同じ人間同士、話し合おうではないか」
「お前と僕は、同じではない!!!うわああああ!」
青年はヨウにナイフを振りかざしたが、ヨウは既の所で、上手くそれをかわした。
「やめなさい!どうか落ち着いて!」
それを見た私は思わず声をあげた。
ヨウは私に向かって刃物をかざした。私は構わずに続けた。
「大丈夫、とにかく落ち着いて。私はあなたの話が聞きたい!」
「うるさい!お前みたいな小説家に一体僕の何が分かるんだ!!偽善者ぶるな!」
「話合えば、分かり合えるはずだ!」
「黙れ!今まで誰も、誰も僕に耳を貸さなかった!なぜお前はここに来た!今更、僕を
ほっといてくれ!!!!うわああああ!」
そう叫ぶと、青年はナイフを構え直し、私めがけて突進をして来るのが見えた。
その瞬間、私は自身の死を覚悟した。
ドスンと音がすると、目の前で私をかばう様に、青年と私の間に入ったヨウが、
腹部を刺されて、跪いた。
ヨウの口と腹からは血が溢れ出した様だった。ナイフは彼の腹部に刺さっている。
青年は気が動転した様子で、叫び声をあげると、何処かに走り去った。
他の作品たちは、動揺し泣き叫んでいる。
「ヨウ!!!」
私は慌ててヨウの肩を抱き支えた。彼はこんな状況でも微笑んでいた。
「いや、これしき、大丈夫だ。心配かけて・・・すまないね。」 

「話さないで!傷が深くなる!今誰か助けを呼ぶ」
 「それより彼を・・・」
そうヨウが言った頃、どこからともなく火の手が上がった。
「大変だ!城が燃えている!」
作品の一人が叫んだ。瞬く間に火が辺りに燃え広がっていく。
「あはははははは」
何処からか青年の笑い声が聞こえてくる。絵のかけてある壁も燃え始めた。
作品の人々のうち一人が
「ギャアアア!」と叫び声をあげたかと思うと、炎に包まれ消えてしまった。
次にネズミの男、給仕の女・・・一人、また一人と燃えていく。
中には恐怖逃げ惑う者も、祈りを捧げ、目を瞑る者もいたが、やがて叫び声をあげては皆、消えていった。盲目の男は最後に微笑んで消えた。

「ああ、なんてことを!僕の家族が。やめろ!やめてくれ!!!」
ヨウはかすれた声で泣きながら叫ぶ。私はそのあまりに酷い光景を見ていられなかった。
やがて人々の最後の一人、女神のリンは涙を流し優しく微笑むと、こちらに手をふった。
「リンーーーーーー!!!!」
彼女も燃えてしまった。あたりは静かになり、炎の音だけとなった。
「逃げましょう!私が助けます!早く!」
「無駄だ・・・僕は置いて行ってくれ!」
「何を言ってるんだ!」
「僕のことより君の命の方が大切だ!僕を・・・ここに置いていけ、どのみち助からない・・・」
「馬鹿な事を!!気を確かに持ちなさい!」
「違う!・・・僕は・・・僕も絵画なのだよ!!!」
「えっ」
私が驚くと、ヨウはある壁の方を指差した。
その壁にはナイフが刺さった無地のキャンバスがあり、血が流れていた。
「その通り、彼は僕の絵だ。」
振り返ると手に燃え盛る松明を持っている青年の姿があった。
「まさか・・・君が」
「そうだ、僕が本物の画家のヨウだ!それは僕の絵なんだ、これは作者の権利だ!
そいつを僕の好きな様に処分させてもらうよ!!!」
青年のヨウはそう言うと、ナイフの刺さったキャンバスに火をつけようと近寄った。
「やめなさい!!」
私がそう叫んだ時、燃えていた部屋の柱の一部が崩れ、青年ヨウの頭に直撃した。
ヨウは松明をその場に落とすと、倒れ込んでしまった。
「大丈夫か!!」
私はすぐさま青年に駆け寄った。頭から血を流しており、意識がない様子だった。
「死なせない!!!」
私は青年の脇を抱えて引きずりながら、出口の外に向った。
「ありがとう・・・」
その様子を見ていた絵画のヨウはそう呟き、微笑みながら涙を流すと、そのまま瞼を閉じた。ついに彼は気を失ったようだった。
「あなたも死なせませんよ!」
私は青年のヨウを外に連れ出したあと、すぐさま城に戻った。城の中は相当に燃えていたが、私の意思は強く、変わらなかった。私はナイフの刺さった絵を外すと、すぐに出口へと駆け出した。出口を出て振り返ると、絵の方のヨウの姿は消えていた。その代わりに、手に持つキャンバスには、ヨウらしき人物の姿が浮かび上がっていた。

「とにかく、誰か、助けを・・・」
城から離れた所に二人を寝かせ、私は近くに助けを求めて走った。

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