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HEART BOMBの個展「視線」_2023年9月10日

2023年9月10日。CALM & PUNK GALLERY(乃木坂)で開催された、HEART BOMBの個展「視線」を堪能して来た。

HEART BOMBは、音楽の鳴る場所で「VJ」と呼ばれる視覚体験を提供してきた、映像作家ユニット。私とは20年来の友人でもある。

ギャラリーに足を踏み入れると、ようやく足下が見える程度の暗がりの中、鑑賞者は黒いフレームに入った55人の顔にぐるりと囲まれる。両手で顔を覆ったモノクロ写真の高さはまちまちで、どうやら被写体の身長に合わせているようだ。
私にはその黒いフレームが、遺影に見えた。

遠くからぞろぞろと足音が近づいて来ると、すぐ近くで止まる。
その瞬間が「視線」という作品の始まりだった。

静止画だとばかり思っていた作品は実は映像で、ごくゆっくり再生されていく。次第に両手が透けていき、全員の顔が露わになっていく。
ふと、今私が立っているのはギャラリーの中ではなく、寿命を全うした人が昇天するまで束の間滞在する異界であるかのように感じられた。そして、東日本大震災の記憶やウクライナ侵攻への想いが蘇ってくるのだ。

私は普段、彼らを総称して「被害者」と認識していた。5人であっても55人であっても等しく。けれど、「視線」の作品で全員の顔に表情が戻る様を見ていると、ひと固まりに被害者だと思っていた彼らにはそれぞれバックボーンがあり、それぞれ親しく交流した人たちも彼らを愛した人たちもいるのだという、当たり前のことを実感する。

フレームの中にいる人たちと外にいる鑑賞者との間に、エンゲージメント(愛着)が芽生えたのだ。今の私にとっては「誰でもない」ように見える人も、誰かにとっては「特定の個人」であることをしみじみと感じた。

展示が中盤に差し掛かると、四方八方から呟くような声が聞こえてくる。
「ゆう」「メリッサ」など。これはきっと55人の名前だ。そのうち呟きは「カメラ」「お腹いっぱい」といった言葉に変わる。
響きのあたたかさが印章的だったので、ちょうど在廊していたHEART BOMBに聞いてみると、「これは、被写体の方たちにそれぞれ好きなものを言ってもらった」と、彼らは説明する。

また、手前にレイアウトされた背の低いパネルディスプレイを指して、「さっきカメラと答えた男の子は、その後ろにあるパネルの女性の息子さん。女性の職業はカメラマンなんだよ」と続ける。「彼は、仕事をしているお母さんのことも好きなんだって」

「お腹いっぱい」については、「登山家の女性の言葉で、標高の高い山に挑むときは飢えと疲労との闘いでもあるから、彼女にとってお腹がいっぱいの状態というのは、とても幸福な意味を持つ」と語る。

再びギャラリーに静寂が戻ると、55人はおもむろにスマホを持つ。こちらに向けると、一斉にフラッシュをたきながらシャッターを切り撮影していく。鑑賞者であったはずの私と鑑賞される側であったはずの彼らの立場が逆転し、展示はクライマックスを迎える。ギャラリー中に響くシャッター音は旋律を帯びており、まるで煌めきのようだった。ふと音と光が途切れた時、私は彼らが天に昇ったように感じた。

こう書くと、なんだか不気味な作品に思われるかも知れないが、けしてそうではない。そもそもHEART BOMBは今回の「視線」という作品を通して「視線というエネルギー」と「ディスプレイを見つめ続ける現代の人々の知覚の拡張」を表現しており、「生と死」についてのアプローチは意図してはいない。

しかし作品を鑑賞した私にとってこの空間は、己に立ち返ろうと目を閉じるときの、静寂のもつオカルティック(神秘的)な予感に満ちて感じられた。55人の表情や視線からメッセージ性が排除されていたことが、むしろ見る側の内観を促し、想像力を刺激した。そして結果的に作品のコンセプトを直感的に伝えてきたように思う。

なお、ギャラリーの入り口に掲示された個展のポスターには、展示タイトルの「視線」という文字が点線で書かれていた。その線はポスターを飛び出して壁を伝い、床を這い、ギャラリーのドアを通り過ぎて、展示スペースの床に曲線を描いて一周していた。
よく見ると、デフォルメされた掌の形だった。

私はその線を「踏み外さないぞ!」と勝手に決めたマイルールを楽しみながら、まるで釈迦の掌で遊ぶ孫悟空のような気分を味わっていた。表現者の意図とは無関係に少しアジアの宗教的なニュアンスも感じたのは、展示スペースの出入り口にレイアウトされた1枚の鏡によるものだろう。私にはなんだか神社のご神体として祀られる例の鏡のように見えたのだ。私の人生に想像力の掻き立てられる経験があることを、心から感謝したい。



※ 当日の記憶を基に書いており、ご本人確認をしていません。そのため、上にあるご発言が正確でなく、意図や内容をミスリードしてしまう箇所もあるかと思います。何卒ご容赦いただけますと幸いです……m(_ _)m

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