読書感想文note【孤独の本質 つながりの力】
「孤独の本質 つながりの力」を読みました。
「孤独」はどんな時に生まれるものなのか?
「孤独」により引き起こされるものは?
社会や一人ひとりが「孤独」「つながり」に対してできることは?
気になった文章を一部引用しながら、考えたこと・感じたことを書きました。
「社会」や「公正」とは、「プロセス」である
社会的期待。
社会とは、もうすでにあるものと見ることもできるけれど、「変容の可能性があるもの」とも見ることができると思う。
点的ではなく、プロセスのように。
だとすれば、社会的期待も変容するだろう。
社会的期待それ自体が悪いのではなく(現状として悪いと感じるものがあるかもしれないが)、その期待を公正なものへと変容していく意志を持つことが大事だと思う。
SNSがもたらすもの
SNSは「切り取られたもの」だと認識していたとしても、その「部分だけしか見ることができない」という特性から受ける影響は大きなものがあると思う。
営業としてSNSを利用する人も多いと思うが、その場合はより「完璧に見える部分」を「厳選」するだろう。
それは、「生活する自分」と「SNSでの自分」との距離が広がることだと思う。
SNSが放っているものが全て悪いものであるわけではない。
そこから喜びが共有されたり、魅力が放たれていたり、それを感じたりすることもある。
気をつけたいのは、SNSとは「自分にとって何であるのか」を忘れないこと。
自分にとって喜びを分け合う場所なのであれば、それ以外の関わり方について見直すことが必要だ。
そして、SNSとは、そういった関わり方について「見直し」、「選択ができる」場所であるということも覚えておきたい。
選択すればするほどフィルターバブルの中に入り込み、エコーチェンバーがキマっていく。
大きなストーリーのために…
「自分の声」を聞こう。
「自分を知る」とは?
自分が「生まれ持ったもの」を知ることは簡単なことではない。
人は、生まれた瞬間から様々な「影響」を受けているから。
「影響」を受けた自分は、「本当の」自分でないわけではないと思う。
(本の文章では、「生まれたままの」自分が「本当の」自分という表現がされているが)
そう考えると、「自分を知る」というアプローチが少なくとも二つ浮かんでくる。
『「生まれ持ったもの」がどんなものであるか』。
『自分が受けた「影響」とはどんなものがあり、「影響」によりどう変容したか』。
どちらも「自分」であり、どちらを知るのも簡単な道ではない。
簡単ではないかもしれないが、楽しむことができるし、他者と共生していく上で有意義なものだとも思う。
どう補完し合えるのかを知ることができるのだから。
*
気になった方はぜひ読んでみてください。
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