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探検?遭難?サバイバルアマゾンツアー⑧

⑧ 森の精霊コダマ(アマゾン種)


動物園の人気者をむしゃむしゃ食べる行為は、日本では「かわいそ~」と非難されるかもしれない。
しかし、僕たちはついさっきワニの食材になるところだった。一方、このカピバラやアルマジロはたまたまホルヘたちに出会い、今僕たちの腹に収まっている。自然界のリングでは、命は等価だ。高尚な議論はいらない。ナイーブな議論は役に立たない。

アマゾンの真っただ中で帰り道を見失った割に、普通に肉を食らい、ビールを飲み干し、普通にいい感じに酔っ払い、おっさんたちと焚火を囲む。
とにかく家に帰りたいし、ワニに食べられるのはまっぴらごめんだ。でも、笑いながらどうでもいい話をしているうちに、いつしか僕も、明日どうなろうが、ここがどこだろうが、どこの国でどう生きていこうが、全てがどうでもいいような、退廃的で、虚無的で、かつ幸せな気分になってきた。

焚火に照らされたホルヘが、いつになくしんみりした表情で、ぽつりぽつりと話し始めた。
「おれの爺さんが若いころ、もう50年以上前だな。まだアマゾンにこんな道もなく、もちろんほとんど車もつかえないような時代さ。
アマゾンは、今よりももっともっと恐ろしく、不思議な場所だった。
ある日、じいさんが斧を担いで一人で森に入って、その晩は野宿したらしい。プマ(ピューマ)が来ねえように、焚火を焚いてその横で寝転がっていたら、すぐ近くの茂みから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきたんだと…。そんな鳴き声のカエルがいるんだが、じいさんは絶対に人間の赤ん坊の声だったというんだ、人間がいるはずねえのによ。」

聞いていた僕は、背中に強烈な何かの気配を感じて、振り返る。ジャングルの闇以外には何も見えない。が、ホルヘが懐中電灯で闇を照らすと、オレンジ色の小さな光、生き物の眼がびっしり見えた。ひしめき合う生命体に、僕たちの焚火は囲まれているのだ。

それが猿なのか、鳥なのか、昆虫なのか、爬虫類なのかは分からない。そういえば、アマゾン最恐の肉食獣プマだけは、一度もこの旅で会わなかった。

動物ではなく、植物の眼かもしれない。アマゾンでは、「植物」は静的存在ではなく、確固たる意志を持った「生命体」だと感じる。夜中に眼が光っていてもおかしくない気がする。
いや、そのオレンジの光は、僕たちの知っている「生命体」ですらないかもしれない。もうどうでもいい。

ちっぽけな人間が定めたカテゴリーの、何グループに所属するのかなんてどうでもいい。人間と動植物の区別、この世とあの世の区別、生きている時間と死んでいる時間の区別なんて、つかないのかもしれない。

酔っぱらった頭で、ぐるぐるとそんなことを考えながらふと気がついた。
焚火を囲む輪の中に、サブリーダーのナンドがいない。そういえば夕食の時から、ずっと姿を見ていない気がする。

⑨あいつは明日の朝には戻ってくるだろうよ…に続く

【この一冊!】 『植物は「知性」をもっている』(ステファノ・マンクーゾ、NHK出版)

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