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あの子との夏休み

私は家族と一緒に彼女の住む町へ一泊し、翌日の朝、彼女のご家族に迎えに来てもらうことになった。
その町に行くのは初めてだったし、県外の旅行も初めてだった。何もかもが楽しかった記憶がある。
だが、私は早く明日が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。会いたくて会いたくて仕方がなかったあの子に会えるのだから!

ホテルのロビーで待っているとき、私は緊張のあまりトイレに行きたくなった。「早く行ってきなさい」母親の言葉でトイレへと急ぐ。
トイレから戻ってくると―――いた。あの子がいた。
私は思わず走り出していた。クラスで、いや、学年でビリの鈍足で。
「あーちゃーん!」
後から聞いたことだが、最後に会った日よりも大分髪を短くしていた私を見て、彼女は一瞬知らない子が向かってきたと思ったらしい。
「ひーちゃーん!」
あの日と全然変わらないあの子の姿があった。

***

それから私は5日間ほど泊まらせてもらった。
彼女のご家族には本当に感謝しかない。
映画を観に行ったり、大きなショッピングモールに行ったり、近所の公園へ行ったり。
夜は今までと同じように人形を使って遊んだり、ゲームをしたり、黙ってお互いに漫画を読みふけったりした。
何もかもが幸せで楽しかった。あの子がそばにいるということがこんなにも嬉しいことなのだと改めて気づいた。
ただ、ひとつだけ。
悲しくなることがあった。非常に身勝手で、子供っぽい理由なのだけれど。
彼女と一緒に出かけるときに、時々彼女の同級生や友達とすれ違うことがあった。
友達らしき女の子と笑って手を振り合うところや、同級生らしき男子にからかわれ
「うるせー、ばーかばーか!」
とやり返す彼女の姿は、やっぱりいつも通りの彼女で、そんなところも好きだと思ったけれど。
彼女にはもうこちらでの世界ができていて、私は「ゲスト」なのかな、と勝手に傷ついていた。

***

私は相変わらずクラスに居場所がなかった。
自分にも大いに原因があるのだが、とにかく周りの女の子たちについていけなかった。
ませていてキラキラしているグループ、運動神経抜群の活発なグループ、昔からの幼なじみ同士のグループ。
2年生まで仲が良かったはずの子たちは、みんな成長して大人っぽくなっていた。
私は相変わらず自由帳に漫画を描いて、ノートに物語を書いて、ピアノを弾いて、毎日本を読んでいた。
童話、小説、伝記、ノンフィクション、海外のYA小説。買った本や図書室で借りた本をその日のうちに読み終わるのはもう当たり前のことだった。
みんなが異性に興味を持って、オシャレや流行に敏感になっている頃、私はひたすら自分の世界に没頭し続けた。
そんな風に暗くて空気が読めない幼稚な子供を、日に日に成長していく女の子たちが相手にするわけがなかった。
あの子だけだった。手紙のやり取りは以前よりもさらに途絶えていったけれども、彼女は私を見捨てないでいてくれた。

***

中学1年生を最後に、私たちの夏休みのイベントは終わりを告げた。
運動部に所属していた彼女がとても忙しくなったからだった。
中学2年生からは勉強だってさらに難しくなる。課題も増える。受験だって気になる。
とくに受験は・・・都会に住む成績優秀な彼女と、田舎に住む凡人の私とでは、高校受験に対する重みが違った。
「あーちゃんのことは忘れて、他のお友達と遊びなさい」
彼女に会えないことを残念がり、ずっとくよくよしている私にいらだったのか、それとも慰めようとしたのか、今となっては知るよしもない。
父親はそのあとも、何か言葉を続けた気がする。けれども、全部その言葉は私の耳をすり抜けていった。
―――私には、あの子しかいないのに。
父親の言葉をきっかけに、私はさらに彼女への思いを募らせていった。

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