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「真のシナモン」のポテンシャル

引き続き、スリランカからシナモンについてお届けします!

前回の記事では、スリランカが原産のセイロンシナモンのことを「真のシナモン」としてお伝えしてきました。しかし、世界のシナモンマーケットにおいては、中国・インド・インドネシア・ベトナムなどで生産される「カシア」と呼ばれるシナモンが、全体の8割を占めているとも言われています。

ピリッとした風味と強い香りが特徴のカシアに対して、セイロンシナモンは甘い風味とマイルドな香りが特徴です。さらに違いとして近年注目されているのは、 肝毒性や発癌性がある「クマリン」という香料成分について。カシアはセイロンシナモンよりも安価であることから、肉製品や製菓などの加工食品に使われることが多いですが、セイロンシナモンのクマリン含有量0.004%に対して、カシアは5%と高く、過剰摂取を控えるように注意喚起されています。

「真のシナモンのポテンシャルを、日本の人たちにもっと知って欲しい!」

そう語ってくれたのは、インドで開催されたWorld Spice Congressで出会ったスパイスの社会起業家、ティリナさん。彼はスリランカの高原地域のキャンディで、スパイスの生産者のボトムアップをするために、2020年に事業をスタートしました。シナモンの主要産地は「ダウンサウス」と呼ばれる南部ですが、キャンディの近くの「マータレー」でも上質なシナモンのほか、ナツメグ、クローブ、カルダモン、ブラックペッパーなど、様々なスパイスが生産されています。

今回ティリナさんの案内で、マータレーにあるシナモンのオーガニック農家のコミュニティ「Janaka Lindara Implemented The Organic Farimng of Cinamon」に訪問させていただくことになりました。マータレーの中心部から車で40分程度の山奥に、その村はありました。標高1000m程の丘陵地帯ということもあり、天気は変わりやすく、着く頃には土砂降りの雨。その中で迎えてくれたのは、農家でピーラーのカスンさんでした。

オーガニック農家のコミュニティのお宅。ついた瞬間土砂降りに

「こんにちは、すごい雨ですね。シナモンのピーリングをしているので、中に入って見てください。」

と、流暢な日本語で話しかけられて驚きました。聞くと、カスンさんは先月まで3年間、日本の電気メーカーで働いていたのだと言います。彼も他の生産者と同じく、ファミリービジネスとして代々シナモンの農家とピーラーの仕事を受け継いできました。多くのシナモン農家は、シナモンを買い取りトレーダーに売る「コレクター」と直接取引する際に、安価に買い叩かれることがあるそうですが、カスンさんは現在オーガニック農家のコミュニティに所属することで、コレクターに対して交渉力を持ち、他よりも良い値段で買い取ってもらえるようになったそうです。

自分の農園を持っている場合、1日の日給は5000スリランカ・ルピー(約2300円)。自身の農園ではなく、雇われた労働者の場合はその半分の2500スリランカ・ルピー(約1150円)。ちなみにスリランカの物価は日本の1/3程度なので、生活は楽ではありません。カスンさんは2haのオーガニックシナモン農園も所有していますが、他の農園のピーリングを引き受けることで、生計を立てています。また、0.5haのブラックペッパーの生産もはじめたそうです。

「シナモンの生産者の日給は、日本の時給だからね。だから日本で働こうと思ったんだ。」

カスンさんが言いました。現在日本に出稼ぎにくるスリランカ人が増えていますが、まさかその中に、シナモンの生産者が、生活の苦しさゆえにやってきているとは思いもしませんでした。カスンさんはお父さんとお母さん、奥さんと2人のお子さんがいますが、チャンスがあれば、また日本で働きたいと言います。

カスンさん(右から2番目)と、オーガニック農家のコミュニティの皆さん

また、オーガニック農家のコミュニティのアントレプレナー、インドラニさんにもお話を伺うことができました。彼女は5人の女性たちと3つの苗場を運営し、女性のエンパワメントをするほか、オーガニックシナモンを適正価格で買い取りしてもらうためにコレクターと交渉し、コミュニティをサポートしています。

現在、スリランカに限らずインドやインドネシアなどでも、若者の農家離れが加速しています。SNSの発展で情報が得やすくなり、より簡単に楽に稼げる方法を求めるようになっているのです。さらにスリランカにおいては、昨年の経済危機で物価が2倍から3倍に高騰しました。ただでさえ賃金が安く生活が厳しいなか、ますますシナモンの生産者は苦しい状況に。

「近い将来、シナモン生産の後継者がいなくなってしまうのではないか。」

ティリナさんはこの状況に危機感を抱いています。そんななか、このオーガニック農家のコミュニティでは、1日に8000スリランカ・ルピー(約3700円)稼ぐ若者もいて、働きがいを感じている人も多いそうです。16年前から活動を始め、当初は1年あたりの苗の生産数は1万本でしたが、今では1年に10万本の苗づくりができるまでに成長。この地域だけで100トンものシナモンを生産しているのだそうです。

右の女性がオーガニック農家のコミュニティのアントレプレナー、インドラニさん
コミュニティで育てているシナモンの苗木

翌日、ティリナさんがオーガニックのナツメグを卸している「MA’s Kitchen(以下MA's)」を訪ねて、マータレーのさらに北の「ダンブッラ」にやってきました。近年スリランカも都市部で働く女性が増え、忙しい中でより簡単に料理ができるように、カレーペーストといった「誰でも簡単に美味しく調理できる」製品を販売しています。彼らはサステナビリティにも注力していて、フェアトレードやオーガニックの製品だけでなく、CSRとして障害がある人を雇用したり、従業員への宿泊施設の提供やリトリートなどの福利厚生を拡充してきました。

工場を見学させていただいた後、リトリート施設としても使われるホテルにご招待いただき、代表のマリオさんにお話を伺うことができました。

「シナモンの後継者問題については、我々も問題視していて、政府やシナモン業界の人たちとも話し合いをしているんだ。スリランカでも気候変動の影響でナツメグやクローブの生産量が落ちているけれども、農家が気づいていないだけで、シナモンも影響を受けているだろうね。MA'sとしてはCO2の削減のために、2024年までにディーゼル燃料をおがくずを用いたバイオ燃料に置き換え、2027年までに太陽光発電を取り入れ100%再生可能エネルギーで工場を稼働させる計画をしているよ。」

と語ってくれました。政策レベルで変化が求められる今、スリランカ政府はどのような対応を進めているのか?

ダンブッラにあるMA'sの工場。中は撮影不可でした🙏

私はコロンボに戻るなり、ティリナさんと一緒にプランテーション産業省を訪ねました。

「2022年には37億5千万円の生産額を記録し、スリランカ経済においてシナモンは非常に重要な役割を担っている。そこで、スリランカ政府は、他の生産物と分けて、新たに『シナモン開発局』を創設することを決定した。今は来月からの本格始動に向けた移行期間なんだよ。」

シナモン開発局のジャナカさんが言いました。シナモン開発局の目的は、シナモンの生産と輸出の強化、シナモン製品の品質向上、付加価値の提供。インドのスパイスボードと類似していますが、シナモンに特化しているというのが、いかに政府がシナモンのポテンシャルに期待しているかが窺えます。

現在のシナモン産業が抱える課題は主に生産性、テクノロジー、そしてマーケットだと言います。昔からスリランカのシナモンの多くがメキシコに輸出されており、現在その比率は輸出量全体の73%。メキシコに入ったシナモンは、北米などに輸出されていきます。メキシコと同様の事がインドでも行われていますが、本来最終輸入者の企業と直接取引できれば、輸出業者や生産者はより利益を得ることができるのです。しかし、現在はそれらのマーケットへ直接リーチすることができておらず、ファミリービジネスとして昔から繋がりがある企業とだけ取引をしているのだそうです。

「ヨーロッパやオーストラリア、中東、日本などの新たなマーケットを開拓すると同時に、それぞれの国が求めるクオリティのシナモンを生産できる環境を整備しなくてはいけない。伝統的にピーラーは床に座ってシナモンを剥がす作業を行うけれども、衛生管理の観点からも改善の必要がある。また、昨年セイロンシナモンはEUのGI認証(地理的表示認証)を取得する事ができた。GI認証は低品質のシナモンと区別され、マーケットで優位になるけれども、生産者もこの認証を取得する必要がある。でも、彼らが認証を取得すれば、収入も増えるんだ。」

同席してくださったラナワカさんが説明しました。彼はシナモンのベネフィットを広めるために、抗菌作用、抗酸化作用といった薬効を調査してきた研究者でもあり、セイロンシナモンが持つシンナムアルデヒドやリナロールなどの香料成分の含有量が、産地ごとにも違うことも教えてくれました。

ジャナカさんによると、政府は私が見てきたようなオーガニック農家のコミュニティの支援も行っているそうです。小規模な農家がオーガニック認証を取得するのは費用的に困難ですが、コミュニティに所属する100件ほどの農家が一緒に取り組むことで、費用を軽減するだけでなく、経費に対して50%の助成金を政府が支給するという施策を行っているそうです。時には農家コミュニティのリクエストで、輸入業者を直接紹介する事も。ただ、コミュニティが彼らと直接取引するには、加工用のグラインダーやスタビライザーなどの機材、衛生管理のための設備投資が必要になります。ハードルはありますが、この取り組みが成功すれば、生産者の収入が増え、後継者問題の解決の糸口になるかもしれません。

右がシナモン開発局のジャナカさん、左が研究者のラナワカさん

その日の夜、私はジャフナ(スリランカ最北端のタミル人が多い都市)の料理をいただきました。同じタミルでも南インドではカシアが使われる事が多いですが、ジャフナ料理にはセイロンシナモンを使います。料理名は南インドのタミル料理と同じものがいくつもありましたが、スリランカ特有のスパイスが使われていることが、ジャフナ料理の個性の一つだと言えるでしょう。

改めてセイロンシナモンの活用について考えてみると、カシアの強い香りに対して、甘くマイルドな香りのシナモンは、カシアよりも食材の風味を生かす特徴があるように感じました。それは、古くから出汁を使った繊細な料理を生み出してきた日本人にとっては好ましいかもしれません。こうしたカシアとの違いを改めて意識することで、セイロンシナモンの活用はまだまだ探求しがいがありそうです。その先に、シナモン生産者の人たちの未来があることを想像して。

スリランカ最北端の街ジャフナのタミル料理。サンバルやラッサムなど南インドでお馴染みのアイテムを、ホッパーとともに。スパイスにはセイロンシナモンが使われているのが特徴的!

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