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急成長で世界一に!ベトナムの胡椒事情

突然ですが、皆さんにとって一番身近なスパイスは何でしょうか?
日本の場合、きっと多くの方が「胡椒」と答えるのではないかと思います。実際に、クックパッドでレシピを調べてみると、以下のような件数になりました。(2023年7月現在)

・胡椒:567,043件
・唐辛子:110,426件
・ナツメグ:28,001件
・クミン:18,624件

ちなみに、日本の調味料の代表格「味噌」のレシピ件数は181,585件と、実は胡椒よりもダントツに少ないのです。これほどまでにすっかり日本の食卓に欠かせないものとなった胡椒は、古代より、原産地であるインドの主要な輸出品として交易の大きな役割を果たしてきました。大航海時代にヴァスコ・ダ・ガマが胡椒を求めて命懸けでインドに渡り新たな航路を開拓した話は有名ですが、今では世界各地で胡椒が栽培されていて、そのトップの生産量を誇っているのがベトナムなのです。

インドでも胡椒農園を見学しましたが、世界最大の輸出国であるベトナムで、その胡椒の生産と流通事情を学ぶために、ホーチミンから車で1時間程度のディーアンに向かいました。ベトナムの塩蔵胡椒を「ツケモノペッパー」として日本に輸入販売している大橋さんのご紹介で、幸運にもベトナムの胡椒業界のキーパーソンであるKSSベトナムの宮井社長にご案内いただくことができました。

宮井社長。終日私を案内してくださり、ベトナムの胡椒事情について沢山教えてくださいました。

「ベトナムの胡椒の生産量が世界一になったんは、2000年台以降と割と最近の話。特に2015年に胡椒の価格が高騰して、多くの農家がより儲かるために胡椒の生産をはじめた。ベトナム人はバクチ好きなんと、今インフレなんで貯金せんとみんな投資するんです。胡椒が儲かると聞いたらすぐにみんな胡椒農家をはじめる。ベトナムは共産主義の国やけど自由経済やからね。しかもより儲かろうと収量を増やすために、一つの支柱に対して通常の2倍以上もの胡椒の苗を植えたり。そんなベトナム人の創意工夫する気質も相まって、これだけの規模に成長したんやと思います。昔は仲買人がマーケットを見て売ってましたけど、今は農家がインドのような先物市場をみて、それをやってます。農家言うたら質素な生活をイメージするかもしれませんが、ベトナムの胡椒農家にはレクサス乗ったりマンンション持っとる人もおる。おもろいですよ。」

2005年の創業時からベトナムで暮らす宮井さんは、大阪弁を話していたかと思うと、流暢なベトナム語で地元の人やスタッフと楽しそうに会話をしています。急成長する胡椒業界の変遷を見てきた宮井さんは、加盟するVietnam Pepper Association (VPA) でも2008年から減農薬を訴えていました。他国では同じ場所に胡椒以外の作物(コーヒーやフルーツ)も生産する農家が多いなか、ベトナムの場合は胡椒単一の工業型生産。大量の農薬や化学肥料を使う農家も多く、残留農薬や土地が痩せていくという問題を抱えていました。これに対して欧州よりも早くから警鐘を鳴らしていた宮井さんは、2011年からオーガニックでも胡椒の栽培が可能であることを証明するために、6ヘクタールの自社農園をスタートしたのです。そこで、ディーアンの胡椒工場からさらに車で約2時間、ビンフォック省にあるオーガニック農園を見学させていただきました。

胡椒畑の脇にはカブトムシキャッチャーも。幼虫が増えすぎると栽培に影響が出るのだそうです。

宮井さんの農園では、ヴィンリン種というロクニン種という2つの品種を栽培しています。少し前までは山羊を飼ってその糞を肥料に栽培をしていましたが、山羊が増えすぎてしまったため、鶏糞肥料に切り替えました(山羊は食肉として販売したとか😆)。

「ほらこれ、ダメになっとるでしょ。同じ様に植えとっても、場所によって良く育つところと、そうじゃないところがあるんです。これまでも土壌検査はしてましたけど、次は更に細かく場所ごとに検査をしようかなぁと。検査費用は高くつくけど、そこで原因がわかったら、他の農家さんにも情報提供をしようと思うんです。ベトナムの胡椒業界に少しでも貢献できたらな、と思うてます。」

胡椒は苗木を植えてから収穫できるまで約4年の歳月を要します。その間も手間がかかるわけですが、オーガニックの場合は特に草取りが大変だと言います。そうして手をかけて育てても、収穫量が減ったり、病気にかかって枯れてしまうこともあります。

「僕らもあれこれ工夫してますが、実際にやってみて、ベトナムの場合オーガニックで胡椒を作って儲けるんはかなり難しいと思います。インドよりも人件費は高うつくしね。」

胡椒の花。一気に収穫できるように開花の時期をコントロールしているのだとか。

KSSベトナムはオーガニックだけでなく様々な国際認証を取得しています。以前は品質関連の認証のみでしたが、ドイツの企業のニーズがあり「SA8000」という就労環境評価の国際規格にもチャレンジしました。宮井さんは創業から、労務環境や待遇の改善だけでなく、ワーカークラスの若手のスタッフにまで日本への研修旅行を提供するなど、従業員の働きがいや労働環境に対して特に力を入れてきました。それでも欧米式の認証を取得するには、慣行の働き方を見直す必要があったと、宮井さんは語ります。

「ネスレやユニリーバもベトナムから胡椒を買い付けしてはるでしょ。そこでも農薬のスペックが見直されてきてるんです。一気に全部は難しいから、10%など段階的にね。でも大手の影響力は大きいですわ。日本のJASは厳しいと言われますけど、ヨーロッパの基準は毎年見直しがかかるから、今では日本より厳しくなってます。農家に伝わるまでには時間がかかりますけどね。」

また、宮井さんは中国のバイヤーの影響力についても語ってくれました。通常外国人はベトナムの農家から直接購入できませんが、中国の場合は直接取引を行い、多い時には2000トンもの胡椒を一度に買い付けていくのだそうです。中国人のバイヤーが来たという噂だけで、胡椒の取引価格が高騰するほどに、彼らの存在感は大きいのだそうです。

オーガニックの胡椒農園は斜面に作られていて、その麓には農業用水の溜池があります。

日本もベトナムから胡椒を輸入していますが、現状はマレーシアやインドネシアからの輸入量の方が上回っています。けれども意外なルートで、私たちはベトナムの胡椒を身近に口にしていることがわかりました。例えばコンビニエンスストアで販売されている唐揚げ。店頭で揚げるだけで販売できる便利な商品ですが、実はこれらの加工はタイで行われていて、そのシーズニングにベトナムの胡椒が使われているのです。「世界の台所」と呼ばれるタイは、地理的条件に加え、食品加工技術やリソースもあることから、日本だけでなく世界の食品メーカーが集まっているのです。

今日本は加工食品大国と言えるほど、スーパーやコンビニを見れば様々な加工食品が溢れています。これらを通じて、無意識のうちに私たちは日常的にスパイスを摂取しているかもしれません。スパイスの持続可能な調達を考える上で、改めてBtoBのビジネスの重要さを実感することができました。

次はベトナムの中部にある胡椒の名産地の一つ「バンメトート」で見た、少数民族の農家さんのお話をお届けします!

お土産にいただいたキャップ。デザインはKSSベトナムのスタッフに公募して作ったそうです。「Hy Vong」は「hope」という意味。宮井さんとスタッフの良い関係がうかがえます。


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