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【第34話】油井園長の葛藤②

さて、初回の研修後、ファシリテーター協会の栗田から電話があった。

どうやら栗田は大学で授業も担当しているようで、大学の都合で授業日が変更になったようだ。変更後の授業日はちょうど次回の園内研修が予定されている日であった。大学から園までは電車で2時間弱かかるため、授業後に移動すると、どうしても園内研修の時間に間に合わないようなのだ。


しかし運良く、栗田の変更希望日と、園の都合の良い日が一日だけ一致したため、その日に研修の日程を変更することにした。

「それでは失礼いたします・・・」と油井が電話を切ろうとした時、栗田が言った。

「一度、園で先生と話す時間をいただけませんでしょうか」

「主任とでしょうか?」

「いえ、園長先生とです」

「私と?今後の予定についてでしょうか?」

「ええ、そうですね」

「わかりました」

油井は園長なので、常に保育に入らなければならいということはない。市や法人の会議など、どうしても外せない予定がなければ、比較的日程調整は楽にできる。栗田の都合を優先し日程調整をして、その日を迎えた。


職員室で順子は栗田にお茶を出した。先日の様子から、栗田にはお茶菓子を出した。今回は適当なものがなく、仕方なくどら焼きをそのまま出した。

ちょっと人前では食べにくいかな、と思ったが、順子の心配を他所に栗田は口いっぱい美味しそうに頬張っていた。

順子は栗田が来るということを油井から聞かされていなかった。自分も少し話したいことがあったので、油井との話が終わったら声をかけてもらえるように油井に頼んだ。

一通り今後の予定を確認した後、栗田は油井に問いかけた。


「その後いかがでしょうか?何か職員の様子など変化を感じていることはありますか?」

「そうですね・・・。主任の順子先生は二人のリーダーと早速会議をしたそうです」

「そうなのですね。それは素晴らしいです!」

栗田は本当に感心した様子で言った。

「日々の保育記録の代わりに、保育のドキュメンテーションを作るという取組みについてはいかがでしょうか?」

「そちらの方は、まずは私がドキュメンテーションの本を見て検討している最中です」

「なるほど。水澄先生や二人のリーダーは、まだ関わっていないのですね?」

「そうですね。いきなり仕事を増やすと負担に感じてしまうのではないかと思いまして・・・」

「油井先生は、水澄先生やリーダーについて、負担をかけたくないと考えていらっしゃるのですね?」

「ええ」

「そうなのですね。それはなぜですか?」

「ええと・・・、今でもリーダー層は保育もしながら、リーダーの仕事もあるので大変だと思うんです」

「保育だけでなく、リーダーの仕事もあって大変だろうと」

「そうです。だから、これ以上負担をかけてしまうと・・・」

「負担をかけるとどうなるのですか?」

「二人が辞めてしまうのではないかと思って・・・」

「負担をかけすぎて二人が仕事を辞めてしまうのを恐れているのですね?」

「最近は特に人手不足で、募集をしても応募が少ないのです。ただでさえ今でも人が足りず、順子先生や私がクラスに入って保育をしている状況なので・・・。それに保育者が少ないと保育の質が低下しますから」

「なるほど。人が辞めるということは、慣れ親しんだ大人がいなくなったり、保育の仕方が変わったりすると子どもたちが安心して生活できなくなる可能性はありますね」

「そうなんです。以前、保護者に保育について指摘を受けたこともあって・・・」そう言うと普段は穏やかな油井園長の顔が少し曇った。

「保護者から保育についてのご指摘ですか?」

「はい。だから保育の質は保たなければならないんです。それで私もクラスに入って保育する様子を若い先生方にも参考にしてもらおうと頑張っているのですが、なぜか先生たちから『学ぼう』という意志が感じられなくて・・・」


「ストーリーで読むファシリテーション 保育リーダーの挑戦」一覧はこちら
https://note.com/hoikufa/m/mdab778217cb1

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