第4幕【第37話】リーダーが変わると職員が変わる①
油井園長と栗田の面談は、順子が予想していた以上に長時間になった。何とか時間をやりくりして順子は栗田と話をする時間を確保できた。
先程栗田はいらないと言ったが、目は油井の前にあるどら焼きに釘付けだった。
「本当に遠慮なさらず。よかったらどうぞ」
順子が薦めると、「では遠慮なく」と言って栗田は美味しそうに食べた。どうやら本当に甘いものが好きなようだ。どら焼きを食べている栗田は終始笑顔で、食べるのにあまりにも夢中だったので、順子はとりあえず食べ終わるまで待つ事にした。
どら焼きを食べ終わり、お茶を一口飲むとようやく栗田は口を開いた。食べている間とは打って変わって真剣な顔になって言った。
「ご馳走様でした。それで、二人のリーダーには話をしてみましたか?」
あまりの変化に順子は少し吹き出してしまった。ごまかすために一つ咳払いをしてから話しだした。
「・・・はい。栗田さんが私に二人に話を聴くように促した訳が分かりました。二人ともリーダー会議を始めることにはとても前向きで驚きましたよ」
「そうですか、それは良かったですね」
そう栗田は言ったが、どうやら予想していた通りだったのだろう。その言い方からは驚きが感じられなかった。
「それで、先生はお二人に話してみてどのような気づきがありましたか?」
気づきと聞かれて、順子はその時の感覚や感情を思い出しながらゆっくりと話した。
「・・・そうですね。・・・私はリーダーの二人にこれ以上負担をかけてはいけないと思っていたのですが・・・・負担に感じるだろうと考えていたのは私だけだったのかもしれないと気づきました」
「するとリーダーのお二人は負担ではないと?」
「そうですね・・・。むしろ前向きな姿勢でどんどんアイデアを出してくれたのでびっくりしました」
順子は自分がこんなに一つ一つ言葉を選びながらゆっくりと話すことに驚いていた。順子はいつも思ったことはすぐ口にし、トラブルになることも多い。こんな自分もいるのだなと思った。
栗田が黙って頷いているので、順子は話を続けた。
「これまで私は、リーダーに限らず職員にできるだけ負担をかけないようにしてきました。負担をかけると辞めてしまうと思っていたからです・・・。いえ、実際に辞めていった職員もいました。私の役割は職員の離職を防ぐことなので、職員をそのように退職に追い込んでしまうことが怖かったんです。・・・でも今回のリーダーとの話し合いで気づいたのは、私自身がリーダーの二人を信じていなかったということです」
「信じていなかったとは?」
「リーダーとしての役割を担う意欲も能力もあるということと、何よりも私と同じように園を・・・保育を良くしたいという思いがあるということです」
「なるほど。リーダーの二人が水澄先生と同じように園や保育を良くしたいという思いを持っているということと、リーダーとしての自覚も芽生えていて、自分の役目を全うしたい、リーダーシップを身につけたいと考えていたということですね」
栗田の言葉に順子は頷いた。
しかし実は、栗田はあえて「能力」を「自覚」と言い換えた。おそらくリーダー二人に意欲と素質はあっても、リーダーシップについて十分な知識や技術が身についているとは思えなかったからだ。順子の言葉を言い換えることで、できる限り事実を正確に共有しようとしたのだ。
順子はそれには気づかなかったが、栗田の言葉を聞いて、二人のリーダーとともに自分もリーダーシップについて学び実践し、身につけていく必要があると感じられた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?