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連載「『公共』と法のつながり」第8回 【特別編】いざ刑事弁護の世界へ――高校・大学で何を学んできたか

筆者 

大正大学名誉教授 吉田俊弘(よしだ・としひろ)
【略歴】
東京都立高校教諭(公民科)、筑波大学附属駒場中高等学校教諭(社会科・公民科)、大正大学教授を経て、現在は早稲田大学、東京大学、東京都立大学、東京経済大学、法政大学において非常勤講師を務める。
近著は、横大道聡=吉田俊弘『憲法のリテラシー――問いから始める15のレッスン』(有斐閣、2022年)文科省検定済教科書『公共』(教育図書、2023年)の監修・執筆にも携わる。


【1】はじめに:戸塚弁護士に聞く――高校の学習と弁護士の仕事は関係するの?

 読者の皆さん、こんにちは。
 連載第7回では、戸塚史也弁護士をゲストに迎え、「刑事法と刑事手続」の基本原則について解説をしていただきました。刑事法や刑事手続について戸塚さんと対話を重ね、一緒に考えていくうちに、さまざまなことを学ぶことができたのですが、もう1つ、ぜひ聞いておきたいことが浮かんできました。それは、なぜこんなにも熱心に刑事弁護人として取り組むことができるのか、その意欲とエネルギーの源は何か、ということです。

 そこで、今回は、「法学部で学ぼう」プロジェクトの原点に立ち返り、高校時代の戸塚さんがなぜ法学部に進学しようと考えたのか、そのきっかけは何か、また、法学部でどのような学びを得られたのかなど、元担任の立場からいろいろと聞いてみようと思います。高校時代に学んだことが大学での法学の学習や現在の弁護士の仕事にどのように関係してくるか、貴重なお話を伺うことができるでしょう。法学部への進学に迷っていたり、理系科目の方が得意で進路選択に悩んだりしている高校生の参考になれば幸いです。

 そして、もう1つ、戸塚さんのお話の中には高校時代の学習の様子が出てきます。それについては、当時、教科担任でもあったことの強みを生かして、戸塚さんのお話と絡ませながら、調査や発表、フィールドワーク、模擬裁判などの学習をどのように進めたか、実践報告のようなスタイルになるかもしれませんが、少しだけ紹介させていただく予定です。こちらは、法教育に携わる先生の授業づくりの参考になればと思い、執筆いたしました。

 前置きが少し長くなりましたが、今回は当初の予定を変更し、【特別編】というスタイルに編成し直してお届けします。それでは、どうぞよろしくお願いします。

【2】法律の世界に興味を抱いた理由

Q1.法律の世界に興味を持つきっかけ何でしたか? 中学・高校時代の学習と弁護士の仕事との関連はありますか?

 「法学部で学ぼう」プロジェクトは、高校生に向けて法を学ぶことについてメッセージを発する機会にもなっています。ご自身の中学・高校での学びや進路選択のきっかけになったことがあればぜひ教えてください。また、中学や高校時代の学習と現在の弁護士の仕事との間に関連はあるのでしょうか。

A1.

▽進路選択のきっかけ

 高校3年生の時がちょうど2009年で、裁判員裁判が始まる年でした。
 私の通っていた高校では、高校2年次に、月に1度程度の頻度で土曜日に開講される「総合学習」の授業(「総合的な学習の時間」)がありました。文系理系問わず様々なテーマの授業が用意されており、生徒が興味を持ったテーマを選択して比較的少人数のゼミのような感じで実施される授業でした。私は「市民の司法参加を考える」というテーマの授業(ゼミ)を選択しました。翌年に裁判員裁判が始まることを見据えて設定されたテーマだったと思います。その担当教員が吉田先生でした。結果としては、このゼミを選択したことが、私の人生を変えるきっかけになりました。

 この「市民の司法参加を考える」ゼミは、毎回、「冤罪」や「死刑制度」などの回ごとのテーマについて、担当となった生徒が調べてきたことを発表するという形式でした。他の生徒の発表が毎回面白くて、特に、世界的な潮流に反して日本ではまだ死刑制度が存置されていることに興味をひかれ疑問をもって、友人と議論したりしたことを覚えています。私自身は、「冤罪」というテーマで調べて発表をしました。有名な再審無罪事件などを調べる中で、日本の刑事裁判制度が現在も決して完全なものではなく、誤りが生じないものでもないということに衝撃を受けました

 このゼミを受けた生徒たちで、高校3年生の夏前には模擬裁判をやることになりました。今考えると贅沢な模擬裁判で、事前に弁護士の方から指導を頂く機会があり、模擬裁判の当日には、大学生や同じ高校の生徒の親などが裁判員役として参加してくださっていました。私は、模擬裁判で裁判長を務めました。住居侵入、現住建造物等放火の事件だったのですが、裁判員として参加してくださった方々と評議をして、最終的に、住居侵入は有罪であるが放火は無罪という結論になったことを覚えています。被告人が家に侵入したことは間違いないが、放火をしたと言い切れる証拠がないという判断でした。思い切った判断でしたが、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則に従えばそれが正しい判決なのだと、皆納得していました。

 こうした経験を経て、私は、日本の刑事裁判を良くしていくことに関わっていきたいし、刑事裁判は面白い、という感覚を持って、法学部に進学することになりました。

▽中学・高校での過ごし方について

 中学・高校では、部活に打ち込んだり、高校3年生の秋になっても文化祭の準備に明け暮れたりしていました。私は文系の進路を選択しましたが、面白いと思った授業は文系の科目に限られず、生物の授業が面白いなと思ったりしていました。

 今、刑事弁護に携わっていると、行為と結果との因果関係、例えば暴行と死因との因果関係が問題となり、死体の解剖を行った法医学の医師に尋問をしたりすることがあります。あるいは、責任能力という言葉を聞いたことがあるかと思います。犯罪行為を全て本人に帰責できるのか、精神の障害が大きく影響して犯罪行為をしてしまっており、刑罰よりむしろ医療的対応が必要ではないかということが問題となり、精神科医の尋問を行ったりすることがあります。昨年無罪判決を得た事件では、覚醒剤の摂取と尿中の覚醒剤成分の濃度の関係等に関して、法中毒学の専門家に対する尋問が行われました。そうした検討の際には、生物や化学等の基本的な考え方が役に立ったりします弁護士になってからも、法医学や精神医学等の勉強が必要になる機会は多いです

 そもそも、刑事裁判における事実認定は、証拠から常識に従って判断するものです。裁判官でなければ事実認定の能力がないというものではなく、裁判官であれば優れた判断ができるというものでもありません。様々な人生の経験を背景に、「この人の話は信用できるか」、「この証拠からはこういうことも言えるのではないか」ということを判断するもので、法律の勉強とは別物です。弁護士や検察官の証人尋問も、証人の立場に立ってどういう質問をすれば答えやすいか、どういう質問であれば言い逃れしにくいか、どういう聞き方であれば裁判官・裁判員にも理解されやすいかといった知識や技術が必要になるもので、コミュニケーションの能力や、人の気持ちが分かるかどうかということが大切でもあります。このように、優れた法律家かどうかは、法律の勉強ができるかどうかとは必ずしも一致しません。中学や高校で、憲法の理念や、刑事裁判の原則等への理解を深めるような教育がもっと広く・深く行われることは是非とも必要だと思いますが、それと同時に、色々な人間関係に悩んだり、様々な経験をしたり、視野の広い勉強をすることが、法を学び、法の世界で活躍していく上でも大切だと思います。私は、今後心理学も学んでみたいなと考えているところです。

【吉田コメント】 戸塚さんが学んでいた当時の筑波大学附属駒場高等学校(以下、筑駒と略します)は、高校2年生を対象に「総合的な学習の時間」を使って“ゼミナール”(通称ゼミ)を開講していました。生徒は、たくさんあるゼミの中から任意に1つを選び、希望のゼミに参加するシステムです。このとき、私が担当教員となって開講したのが「市民の司法参加を考える」(ゼミ)でした。いよいよ裁判員制度がスタートする時期に開講したこともあり、ゼミには文系・理系を問わず1学年164人のうちの17人が参加し、熱心に調べ、発表し、議論に参加してくれました。(ゼミの詳しい内容は【4】でまとめて補足説明します。)

 また、戸塚さんが語ってくださったように、高校3年次には学習の総まとめの場として、「模擬裁判員裁判」(註1)を企画・実行しました。この模擬裁判は、鈴木啓文弁護士の指導をいただきながら実現しましたが、2009年5月16日は、おそらく日本で最も早く行われた高校生の手による本格的な「模擬裁判員裁判」の実施日となったのではないでしょうか。

 それにしても、このゼミに限らず、戸塚さんが生物や化学にも関心を持ち、学習していたことが、結果として刑事専門弁護士の仕事にも大いに貢献しているというお話しはカリキュラム・デザインにも関わる示唆的なお話しでした。また、学業だけでなくコミュニケーションの能力、人の気持ちがわかるというところにも目配りの利いた発言をされていることが印象に残りました。“人間関係に悩む”という経験ですら(そのときはつらくてたまらないわけですが)まわりまわって人を深く理解したり、法の役割を考えたりするうえで大切なものになってくるのですね。高校の生活をどのように過ごすかというのは、時の経過とともに様々なところに生きてくるようです。

 なお、戸塚さんは、心理学も学んでみたいとおっしゃっていましたが、学問の世界では、「法と心理学会」(https://jslp.jp/が設立されていますし、教育との関係では私も参加している「法と教育学会」(http://gakkai.houkyouiku.jp/)があります。心理学や教育学に関心のある人も法学とのコラボができるということを知っておいてもよいでしょう。

【3】法学部での学修と刑事弁護人を志望した理由

Q2.法学部に進んでからはどんな学修を行ったのでしょうか。弁護士の中でも、とくに刑事弁護人として活躍する道を選択した理由は何ですか。

法学部ではどんなことに興味を持って取り組んできたのでしょうか。また、刑事専門の弁護士になろうと思った理由や弁護士としてのやりがいなどについて、読者に向けてぜひご自身の経験などを語っていただけませんか。

A2.

▽大学での取り組み

 私が入学した一橋大学では、3・4年時にゼミナール(ゼミ)が必修となっていました。週に1度ゼミに参加して、担当教員やゼミの仲間と議論をします。私は、本庄武先生(現一橋大学法科大学院長)の刑事法、刑事政策についてのゼミに入りました。高校2年生の時のゼミで抱いた刑事司法への興味・疑問の延長線で、ゼミ選びには迷いませんでした。

 このゼミでの活動は、私にとってとても楽しいものでしたし、大切な仲間もできました。本庄先生には、今も事件について相談をしたり報告をしたりしています。刑事法の問題や死刑制度等の問題について、先生やゼミの仲間と議論をすることは刺激的でした。ゼミ合宿に行ったり、大阪、京都や九州の大学の学生たちと交流して議論をしたり、一緒に京都や大阪を観光したりしたことは、良い思い出です。ゼミ仲間で、冤罪といわれる事件をテーマにした映画を映画館に観に行ったり、ゼミ仲間の家で皆で「十二人の怒れる男」の映画を観たりしたこともありました。ゼミ合宿で名古屋に行った際に、いわゆる名張毒ぶどう酒事件の再審弁護団として活動されている鬼頭治雄弁護士からお話を伺ったことも印象に残っています。

 こうした活動を通して、私の中で、将来は刑事弁護人になりたいという気持ちが強くなっていきました。法科大学院へ進学する希望を決めた大学3、4年生の頃には、「日本一の刑事弁護人になる」と書いた紙を既に部屋の壁に貼っていました(笑)。

▽刑事弁護人という仕事について

 「なぜ犯罪をした側の人の弁護をするのか」と質問されることがあります。

 まず第1に、前回お話ししたように、犯罪をしたと疑われている人に対しても、適正な手続が保障される必要があります。適正な手続を経た裁判で有罪の判決が出て初めて、刑罰を科すことが正当化されるのです。強大な国家権力である捜査・訴追機関と対峙するためには、弁護人の援助が不可欠です。それなしには、冤罪が生まれたり、実際に行ったこと以上の罪に問われたりしかねません。適正手続や弁護人の援助を受ける権利が全ての人に保障されていなければ、私たちは安心して自由にこの社会で暮らしていくことはできないのです。吉田先生をはじめとした多くの先生方や学友たちのおかげでこうした適正手続の重要さ、弁護を受ける権利の重要さに気が付くことができた者の責任として、刑事弁護に真摯に取り組んでいく必要があると感じています。

 それと同時に、語弊を恐れずに言えば、刑事弁護はとてもワクワクする職業です。依頼人の人生を背負って、警察や検察官と闘うことは、大きなプレッシャーがあります。ですが、一度切りの法廷という場で、証人の尋問をしたり、法廷の真ん中に立って裁判官や裁判員に語りかけて説得したりすることは、それだけやりがいのあることです。否認事件であれ自白事件(依頼人が罪を認めている事件)であれ、依頼人の味方として彼らの話・訴えを聴き真剣に証拠を検討した弁護人にしか見えない景色というものがあります。それを法廷という場で表現することは、他の全ての職業と同じく尊いものだと感じています。より良い刑事弁護人になるために、今でも日々自分の技術・知識を高めたいと思っていますし、そのための努力は楽しいです。

 私の尊敬する刑事弁護人は、「弱きを助け強きをくじく」ことをご自身と法律事務所の理念に掲げています。ひとたび被疑者・被告人となれば、どんな人であっても、強大な国家権力の前では小さな個人です。そんな状況に置かれた人の弁護人として最後まで闘う存在になりたいと思っています。そんな思いを持った弁護士の仲間たちと出会えたことも、私が刑事弁護を続けている理由です。

 是非、高校生の皆さんにも、刑事裁判に興味を持ち、日本の刑事裁判をより良いものとしていく次代の担い手となって欲しいと思います。

【吉田コメント】 こうして、戸塚さんは、一橋大学法学部に進学し、刑事司法の研究に邁進していくことになったわけです。実は、筑駒の「市民の司法参加を考える」ゼミは、正規の授業時間だけにとどまらず、フィールドワークにも出かけています。高校2年の12月には、ゼミ学習の参考文献である『わたしたちと裁判』(岩波ジュニア新書、2006年)の著者、後藤昭さん(現在は一橋大学名誉教授・青山学院大学名誉教授)を訪問し、裁判員制度などに関する説明をしていただきました。刑事司法の大家である後藤さんを皆で囲み、刑事裁判に関するお話を伺ったり、日ごろの疑問をぶつけたりと、充実した2時間を過ごしたことをなつかしく思い出しました。

 もちろん、戸塚さんもこのフィールドワークに参加し、少し緊張しながら後藤さんに質問したことをよく覚えているそうです。実は、戸塚さんと後藤さんとの関係は、その後もつながっていきまして、法科大学院在学中は「刑事証拠法」を教えていただいたり、弁護士となった今でも勉強会などでお世話になったりしているのだそうです。人とのつながりはどのように生まれ、発展していくのか、現在の私たちには見通すことはできませんが、大切にしていきたいと思わされるエピソードです。「弁護人にしか見えない景色」を見るために、日々、大変な努力をなされているのでしょうね。より良い刑事弁護人になりたいという戸塚さんの取組みをこれからも見守り、応援していきたいと思いました。

 さて、これまで高校での学習から始まり現在に至るまで、戸塚さんから詳しく語っていただきました。高校での学習や活動が様々な分野に広がり、それらが戸塚さんの中でつながりながら弁護士という仕事を形成していることがよくわかりました。元担任の私としては、1人の高校生の成長の軌跡を伺うことができ、大変な感銘を受けました。戸塚さんとの対談は、とりあえずここで終了となりますが、「法学部で学ぼう」プロジェクトの趣旨にピッタリのお話を伺うことができ、大変うれしく思っています。戸塚さん、また、機会を見つけて、いろいろとお話を聞かせてください。2回分の連載にご協力いただき、本当にありがとうございました。

【4】筑駒では探究的な学習をどのように組織したのか? 

 現在の学校教育では、探究的な学習が求められていますが、筑駒で取り組んでいたゼミ学習は、いま振り返ってみますと、2008年当時においてすでに相当に探究的な学習要素を組み込んで実践されていたといえるかもしれません。当時のゼミ学習を整理してみると、次のような点に配慮しておくことが学習を進めるうえでの前提になるように思います。

〇探究のための時間を保証する

 まず、筑駒のゼミ学習は、「総合的な学習の時間」を活用して行われていました。1か月に1度か2度のペースで土曜日に時間を配当し、実施するときは少ないときでも2時間連続、多いときは4時間連続で学習するという形態を採用しました。これにより、50分単位のコマ切れの学習から解放され、調査や発表、意見交換などの時間をたっぷり保証できる仕組みを整えることができました。ときには、教室から飛び出しフィールドワークに出かけたり、ゲスト講師を招いてじっくりと質疑応答したりできるのも、こうした探究的な学習を時間的に保証する仕組みがあったからです。

 このように、「総合的な学習の時間」を活用する場合も、あるいは通常の授業時間の中で探究的な学習を行う場合でも、まずはカリキュラムの上で学習するための時間的な枠組みをしっかりつくることが大切です。

〇個人の研究時間の確保と全体学習の融合とバランスをはかる

 次に、クラス単位で探究的な学習を進めるためには、個人の研究とクラス全体の学習をどのように組み合わせ実施するかが課題となります。授業時間には限りがありますから、個人の研究活動は多くの場合、授業時間外に行われることになります。「市民の司法参加を考える」ゼミでは、開講当初は、各ゼミ生の問題意識を形成するための取り組みを重視し、研究テーマを絞り込むための学習を進めていきました。そのために、担当教員だけでなく弁護士の力も借りながら学習の指針を立てるようにしました(註2)。そのうえで、夏休みを利用して各ゼミ生は文献調査とそれをまとめる作業などに取り組み、2学期に実施する発表用のレジュメなどの資料づくりを進めました。また、日本弁護士連合会のほか、各弁護士会のセミナーや各大学・NPOなどが主催する講演会などの案内などを担当教員として積極的に紹介し、フィールドワークとして現地で調べたりすることを奨励しました。

 こうして夏休みや冬休みなどを利用して個別的な学習を進め、学んだ成果を2学期や3学期の授業時間の中でクラス全体に還元し、意見交換するような学習へと進めていきました。この時点のゼミ担当教員の仕事は、探究学習に行き詰まった生徒の相談に応じたり、研究テーマに即した文献や資料を紹介したりすること、フィールドワークの行先の紹介(生徒と一緒にイベントに参加することもあり)、クラス全体に対する指導だけでなくメールを活用しての個別指導を行ったりすることが中心になっていきます。教員としてみると、忙しくなりますが、それはまた生徒と一緒に考えることのできる楽しい時間となります。

〇探究学習の2つのアプローチ

 探究的な学習を進める時、筑駒のゼミでは“学習者中心”のアプローチを採用しましたが、教員がもっと主体的な役割を担う“教育者中心”のアプローチを採ることもできます。例えば、課題の設定や問いを立てるところまでは教員がリードし、情報の収集からは生徒主体に徐々に切り替え、教員は支援者側にまわるなど、目の前の生徒の様子を見ながらステップごとに立ち位置を変えていくこともできます。〈教員が主体か、生徒が主体か〉という問いに対する唯一の最適解は存在しません。探究学習だからすべて生徒に任せなくてはならない、というような観念にとらわれる必要はないのです。

図は、佐藤浩章編著『高校教員のための探究学習入門――問いからはじめる7つのステップ』(ナカニシヤ出版、2021年)19頁を参照して作成した。

〇学校全体でフィールドワークの技法を身に付ける

 筑駒中高等学校は、中高一貫校である強みを生かし、中学生の時から東京地域研究などのフィールドワークを実践しています。高校生になると、そこで身に付けた技法を活用しながら次のような点に配慮しながら1つひとつステップを踏みながら学習に取り組んでいます。

a.テーマを決める
b.問いを立てる
c.取材先のアポをとる
d.取材する・観察する・記録する
e.考察する
 f.発表する

 とりわけ、問いを立てることやアポを取ることについては、教員の指導が必要になります。外部の第三者に対し、自分が何者であり、どのようなことに問題意識を持って取り組んでいるかを示すことが必要になるからです。その点、アポの取り方などのフィールドワークを進めるためのノウハウが学校全体で蓄積されていることは学習を進めるうえで大きな財産となりました。

〇フィールドワークで失敗するとき

 しかし、ときどき失敗することもあります。ここでは、過去の経験を一般化して紹介してみましょう。ある刑事事件に興味を持ったグループがその事件の詳細についてもっと調べようと考え、弁護士に面会を希望し質問票を提出したことがありました。この質問の作成には、担当教員である私も関わっていたのですが、弁護士からは質問内容が不十分であるとの指摘を受け、やり直しを命じられてしまったのです。弁護士からの返信は、次のようなものでした。(私の責任で要約しました。)

【質問の前提となっている皆さんの問題意識がどのようなものなのか、十分に理解できない点があります。すでに本に書いてあることを質問するのであれば、その内容を事前にしっかりと理解してから質問してください。
そのうえで質問するのであれば、「〇〇事件の場合、××の事実があるが、それはなぜか」と、質問者自身の知識と問題意識を明確にした質問をしてください。】

 まさにその通りなのです。私としては、生徒なりに良い質問を作成しているのではないかと考え、GOサインを出しましたが、初めてのインタビューを実施するためには、相手の方に自分たちが何を学び、どのような問題意識を持って訪問しようとしているのかをもっと丁寧に示す必要があったのです。一般論として漠然とした問いを立てるようではダメなのであって、物事について学ぶには、徹底して具体的な事実に基づき、自分の頭で考えなければならないのです。

 このグループは、あきらめずに、問いを作り直す作業に取り組んでいきました。同時に、弁護士からの厳しい指摘は、指導教員である私に対する注文でもありますから、私もあらためて生徒と一緒になって考えたのはいうまでもありません。その過程で、生徒の事件への向き合い方が変わってきたことを実感することができました。借り物の、一般的な問いではなく、問いそのものが自分のものになっていく経験をすることができたのです。再度提出された質問の一覧は、何とか合格点をいただくことができ、ようやくインタビュー当日を迎えることができました。当日の何ともいえない高揚感を今でも忘れることはできません。

 現在、探究的な学習がフィールドワークなどの様々な方法によって行われるようになりましたが、生徒を送り出す学校サイドもこれらの点に十分に自覚して取り組む必要があるように思います。

〇探究学習における生徒・教員・専門家の関係を再構築する

 中学生や高校生は、社会の現実と向き合いながら様々なことを学んでいきます。先生は、生徒の「気づき」を促し、問題意識にまで高めていく役割を担うことになります。そこに、実務家や研究者ら学校外の専門家の応答が加わるように授業が構成されていくのであれば、このようなフィールドワークの意義も十分に高まっていくでしょう。

 社会科や公民科の教師は、一般には知識の伝達者として捉えられているのですが、生徒と社会をつなぐような触媒の役割を果たすこともあるのです。これを生徒と社会をつなぐコーディネーターとしての教師というように名付けるならば、法の学習は社会の現実とつながりながら、さらに意義を増していくように思います。法に関連する新しい授業づくりにも大いにチャレンジしてみたいものです。

【5】おわりに

 今回は、2つの内容によって構成してみました。前半は、戸塚弁護士へのインタビューであり、法学部への進学に悩んでいる高校生にも参考になるお話を伺うことができたのではないでしょうか。後半は、「公共」の授業や「総合的な探究の時間」などを担当されている先生方に対して学習の進め方などに関わる実践例などを情報としてお伝えいたしました。

 そのうち、模擬裁判員裁判についてはもう少し言及したかったのですが、紙幅が尽きてしまいました。次回、刑事手続の演習問題を取り上げる際に、模擬裁判員裁判をどのように進めたのかなども併せて紹介させていただきたいと考えています。

【註】

  1. このときの模擬裁判員裁判の取り組みは、次回、報告します。模擬裁判の運営については弁護士の指導をいただいたほか、裁判員裁判であることを意識し、裁判員には大学生、保護者、他校の生徒、傍聴人には保護者や教員の参加を得て行われました。

  2. 弁護士会の中には出張教室など学校の授業に協力してくださる制度を持っているケースがありますので、実施される場合は各地の弁護士会に相談されるとよいでしょう。


【連載テーマ予定】

Ⅰ 「契約」の基礎  〔連載第1回~第3回〕
Ⅱ 「契約」の応用:消費者契約と労働契約を中心に  〔連載第4回~第6回〕
Ⅲ 「刑事法と刑事手続」の基礎と問題提起 〔連載第7回〕 
Ⅳ 「憲法」:「公共」の憲法学習の特徴と教材づくり
Ⅴ 「校則」:身近なルールから法の教育へ

★前回の第7回「弁護士と学ぶ刑事手続の基礎」はこちら

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