ネパールのチャイ
孫娘がネパール人と結婚すると聞いたときには、心配しなかったと言えば嘘になる。
ネパールでの「インド映画のような」結婚式を済ませて、2人はダルバートを出すカレー屋さんを広尾で始めた。
スパイス・カレーのブームのタイミングと重なり、お店は順調だそうだ。良かった、良かった。
ネパールの高級茶葉から作るチャイも評判で、ランチとディナーの時間以外は、チャイ・スタンドとしても回している。
孫娘の朱音は、私が美味しいねと言ったそのチャイを、病院に届けてくれる。
4月から面会できていない。朱音の作ったチャイだけが届く。魔法瓶に入ったチャイだ。暖かい。
魔法瓶とはよくいったものだ。朱音から温もりが、しっかり真空の中に保存されて、私は体の芯から温かくなる。
看護師さんが魔法瓶を届けてくれると、病棟の窓から、朱音の姿を探すのだけれど、見つけられたことはない。
せめて、バイバイと手を振りたいのに。
私はもう、長くない。
これが朱音から受け取れる、最後の温もりになるかもしれないと思って、チャイを飲む。
最後の一滴まできらきら温かい。最後の魔法。
朱音、おばあちゃんはもうあなたに会えそうにないよ。
お茶が大好きな人生だったから、この身体から自由になったなら、ネパールの茶畑を見に行きたいと思っているのよ。
人生の最後に、ネパールに興味を持つなんて思わなかった。
いつも魔法のチャイをありがとう、朱音。
優しい子に育ってくれて、おばあちゃんは安心しています。
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