高校時代のはなし①ーK先生

私の高校時代を話すにあたって1番初めに紹介しなければ行けないのが、K先生だ。

先生との出会いは高校1年生の春だった。中高一貫の学校に通わせて貰っていた私は、高校受験することなく、おなじみの先生、友達と高校にあがった。田舎かもしれないが一応は進学校。先生たちは高校にあがるとすぐ受験の話ばかりすることは予想していた。

私の学校は先生たちが「学年団」として1つの学年を6年間、ほぼ同じ先生たちで見続けるシステムを採っていた。私たちの学年は比較的穏やかな先生ばかり。のはずだったが、高校1年次に受験対策精鋭部隊として2、3人新しい先生が加わった。それぞれとーっても厳しく個性的だが、そのうちの1人がK先生である。

先生にとって私の第一印象はだいぶ悪かったと思う。

中学3年生辺りから、私は孤独感を感じ始めていた。また後で話すが、クラス替えや部活引退で友達との距離が遠くなってしまったのだ。

高校1年生のクラスは友達がいますように。母が先生に軽く相談しようとしたほど、高一のクラス替えは私にとって一大事だった。(振り返るとこの頃はまだ悩みが可愛い笑)

しかし、始業式の日に昇降口に貼られたクラス分けを見ると、クラスに仲の良い友達が1人もいない。すでに3年を共にした生徒たちとは、もちろん仲良く話せる。だが性格上本当に気が許せる人が欲しかった。

そんなこんなで始業式の日の私はやけくそ気味であった。

せめて担任は良い人がいい、、そう思っていた時に入ってきたのがK先生。

「誰この先生、厳しそう無理」

友達もいない、先生も知らない人、とにかく機嫌が悪いのに、先生は1人ずつ前に出て自己紹介しろという。私はめちゃくちゃふてくされながら挨拶した。笑

その後授業が始まると、「知らない先生が来た」と思っていた私たち生徒全員が、K先生の「できる人感」に圧倒された。毎回大学受験の話が出る。難しい質問もランダムに指される。授業のスピードも情報量も圧倒的で、皆の始まる前の緊張感と終わったあとの安堵感がすごい。私の中での彼女のイメージが第一印象の「だれ」から、「カリスマ教師」に変わった。

高校初めての模試、遠足などのイベントを経て、どうやら先生も私の印象が変わったようだ。まだ春の時期、掃除中に「はなちゃん、」と声をかけられた。1.2歳の、本当に幼い頃から、私にとって大人は「品行方正ならば褒めてくれる人達」。仲良くなる対象ではないので、ちゃん付けにとても戸惑った。

「はなちゃんはいつも掃除が丁寧なの見てるよ。真面目だね。はなちゃん勉強頑張ればすごい大学にいける生徒だよ。」

とてもフレンドリーに話しかけられた。私を見てくれている、私に期待してくれている。今まで仲の良い先生が1人も居なかったことに不安を感じていた私にとって、K先生の言葉はとても大きかった。私にも先生との絆みたいなのが体験出来るんだろうか、恐いと思いながらも実は嬉しかった。

K先生は学校一「できる先生」。死にものぐるいでも着いていけば必ず良い大学にいけるとの噂だった。

そんな先生に目をつけてもらった。一緒に東大を目指そうと言ってくれた。先生の言うプランで、必ず成績をあげなければ!この時は、素直に、前向きに、そう思った。

ここからしばらくフレンドリーな関係が続いたが、ある日先生を見る目がまた変化する出来事があった。

K先生は古典を授業で、現代文を課外で教えていた。テスト期間の金曜日。まさか課外には行かなくて良いだろうと皆でサボった日があった。次の日、先生は来なかったものは名乗り出ろとクラスの皆を叱った。

廊下に一人一人出ていく。私の番が来た。

「どうして課外に来なかったの?」

「すみません、テスト期間なのでないと思って、、」

私をいい子、期待出来る子と思ってくれていたのに。泣きそうだった。     「自分勝手な判断ですね。」  そう言われた。

その日の放課後私は1人で再度謝りに行った。

泣きそうになりながら謝ると、「本当は課外がある事は分かっていたんでしょう?あなたは嘘つきなんですか?そういう人間なんですか?」と言われた。

私の人間性が見られている。この出来事の後から、先生の目をさらに意識し始めた。

完璧でいなければ。先生に「昨日何時間勉強した?」と聞かれるとき、先生が定めた目標の通り5時間以上と答えられるように。いつも礼儀正しく、嘘はつかず、人間としてずるいことは出来ない。先生が見てる、自分で言う通り、何千もの生徒を大学に入れたからどこでも何でもお見通しなんだ。カリスマ教師についていけなければ、私の将来はない。完璧でいなければ。

…私がしっかり洗脳された所で、K先生の話を次回に持ち越したいと思います。笑笑


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