見出し画像

鴉のホールワンマンライブの話

【鴉というバンドの初ホールワンマンライブについて振り返っているだけの雑文】

 2023年12月20日。
 鴉というロックバンドが、本拠地たる秋田で初のホールワンマンライブを行った。
 ただのライブではない。この年、鴉はマンスリーワンマンと称して毎月ワンマンライブを行っていた。その集大成としての、初ホールワンマンである。
 1月から12月まで、計14本。1年間で積み重ねたツアーの、ファイナル。
 言うまでもない。それはそれは特別な夜であった。

 あれから5ヶ月。
 当時の映像が期間限定公開されたことを記念して、個人的にこのライブを振り返っておきたいと思った次第である。
 映像は期間限定だが、文章に書き起こせば永久保存版だ。
 さあ、同士たちよ。あの記憶を言葉にして、脳裏に刻みつけようではないか。

 会場となったのは、あきた芸術劇場ミルハスの中ホール。2022年に開館したばかりの綺麗なコンサートホールだ。
 ホールに足を踏み入れた瞬間、あまりの広さに感嘆した。いったいどこに立てば良いのかと悩んでしまう。ほぼ先頭といって良い順番で入場したため、この広い会場のどこにでも立つことができた。
 少し悩んだ末、上手側の最前列に収まった。ここがいちばん、収まりが良い。真ん中に立つと視線を左右に振らないと全景が見えないが、端を選べば死角を作らなくて済む。
 雪国秋田、平日水曜日。それでも地元や全国から続々とファンが集まり、客席はちょっとした同窓会の様相を呈していた。としまのご主人やブルーベリーのご夫妻にご挨拶できたのも嬉しかった。鴉ファンにとって聖地といえるレストランである。

 広い広いホールを舞台に、2023年の締めくくりが始まった。
 鴉マンスリーワンマンライブ「激唱ノ月」ファイナル、「充実がやっと君を眠らせる」――開演。

《1.オープニング》
 暗闇の中、演奏とともに、1月からのライブタイトルを順に読み上げていく。ステージ前に掛かった紗幕に、1年分の文字が映る。合計14本を駆け抜けて、私はこうして雪の秋田にやってきたのだ。それを噛みしめると堪らなかった。
「光の歌をこの世に示す輪郭となり あなたという月浮かべる闇となれ」
 コロナ禍後半の2021年秋頃に登場した、短いオープニング曲だ。ギターボーカルの近野さんは、以前から「鴉は暗い曲ばかり歌っているが、それは世の中の明るい曲たちを際立たせるためだ」と話すことがあった。MCで聞くと冗談めかして聞こえるが、こうして曲になってみると、鮮やかで美しい詞だと思う。3人揃ってのコーラスが、また良い。現メンバーになってからの曲はコーラスが多用されているような気がする。
 しばらく演奏されていなかったが、久しぶりの登場だ。嬉しかった。特別なライブが始まるのだと確信した。

《2.桜》
 アルバム「還り咲」のリード曲。紗幕にMVが浮かび上がる。普段のライブハウスでは絶対に無い演出だ。個人的に大好きな曲なので、特別な演出が施されたのは純粋に嬉しかった。ところで2番のサビ前「そんなこと言えない」でゆっくりと指を振る仕草が好きすぎるのだが、これはきっと同士が居ると思う。

《3.夢》
 紗幕が上がり、代表曲「夢」。紗幕が隔てた距離が無くなりメンバーが輪郭を持つ。ライトが明るくなり、ステージが鮮やかに染まった。「お待たせしました!」の叫び声に歓喜した。紗幕の向こうで幻のように遠かったメンバーが、確かに目の前に現れた瞬間だった。
 歌詞に会場名を織り込むのがお決まりなのだが、今回は「ここは、中ホール!」だった。てっきり「ミルハス!」だと思っていたので愉快だった。

《4.居場所》
 ギターがTruthからFenderに変わった。スタッフさんが交換に来てくれるというのが、いかにも大きな会場なのだと思われて勝手に嬉しくなる。
 ドラム千葉さんに誘われるように、煽られる前からもう跳ねている。小さなライブハウスでも大きなコンサートホールでも、やることは変わらない。それがもう、とにかく嬉しかった。
 前の曲の勢いをそのまま持ち込んで跳ねる曲、だと思っている。個人の意見を言わせてもらえば「セットリストの2番目に入ると嬉しい曲」である。ひとつ前の夢で場面が切り替わった印象があったせいか、2曲目のテンションで跳ねていた。なにを言っているのだと言われそうだが本当にそうなのである。

《5.風のメロディ》
 間髪入れずに風メロである。曲のラストを格好良く締めたと思ったら「広すぎる!」と叫んでいて笑ってしまう。そういえば居場所の最後でも、ステージを下手から上手に駆けていた。でもその広すぎるはずのステージを支配している彼らは最高に格好良くて、眩しかった。

《6.蒼き日々》
 天気に恵まれたので青く輝いてくれた空に向けて――というMCを挟んだと記憶している。完全に、今回のレア曲枠だった。ライブでしばらく聴いた記憶がない。あとで自分の参戦記録を漁ってみたところ、2017年ぶりだった。驚きすぎてほとんど記憶が無いのだが、「手の挙げかたこれで良いんだろうか?」と思っていたことを辛うじて憶えている。そういう迷いかたをするのは新鮮で、これはこれで独特の楽しさだった。
 思い返せば11月の名古屋ワンマンが、レア曲てんこ盛りのB面スペシャル回だった。それを引き継いだかのような選曲である。

《7.花びら》
 ベース古谷さんにイントロを流したら、もう勝利の合図である。ベース始まりの曲はとにかく格好良い。「フロアに咲き誇るみなさん!」と呼ばれて歓喜する。音楽という風に誘われて一緒に揺れるのみである。
 私はライブで聴く花びらが一等好きだ。特にAメロが堪らない。舌っ足らずでつくりもののおもちゃみたいな歌いかたが特徴的で、どうにも色っぽい。Bメロからサビに至って、「ハイ!」と乱暴にフロアを煽る掛け声が良い。「ラララ!」の合唱を「もっと!」と誘われるのだって大好きだ。バンドにはいくらでも煽られたいし誘われたいし引き上げられたいし、なんならちょっとくらい乱暴に扱われたい。

《8.傷心同盟》
「そのレスポンスが、協調性とか同調圧力じゃなくて、正真正銘あなたの中にたったひとつある宝物から発せられているものであることを祈りながら、歌います」
 正真正銘――と言われた瞬間、脳裏に閃いた曲がある。傷心同盟。11月の名古屋ワンマンで1曲目を飾った、これも正真正銘のレア曲。秋田で再会できたことに歓喜した。Aメロ、古谷さんの単独コーラスは珍しいと思う。柔らかくて良い声である。

《9.天使と悪魔》
 シンバルで始まる曲はいくつかある。どれだ――と息を呑む。ギターが始まった瞬間「天悪だ!」と色めき立ち、シャウトに至って爆発する。曲調といい歌詞といい、とにかく格好良い曲である。登場頻度からすると「とっておき」という印象がある。もっと登場回数が増えると嬉しいのだが、それはそうとしても「天悪だ!」と気付いたあの瞬間の喜びは、なんというか癖になる。赤黒い照明がまたよく合うのである。

《10.今日モ旅路ハ雨模様》
「初めてのホールワンマンなのでかなり飛ばしてますけど、みなさんついてこれてますか?」
 愚問である。望むところである。
 外を舞う雪を溶かすような雨の曲。青いライトの中で近野さんが天を仰ぐ。フロアを指して叫ぶ。土砂降りの中を、飛沫を上げて疾走していく姿が見えるような曲である。
 この曲の見どころは古谷さんだと思っている。動画だと確認しづらいが、サビの後半でピックを咥える姿が最高に格好良いのでぜひチェックしていただきたい。

《11.憧れ》
 最初の1音で特定できる曲、である。一字決まりだ。そして、鴉の中でもぶっちぎりに消費カロリーの高い曲である。にもかかわらず、だいたい激しい曲のあとにやる曲である。それでいて過剰にシャウトしたり背中から倒れ込んだりする。これは心からの褒め言葉なのだが、この1音が聞こえた瞬間に思うことは「アホちゃうか!?」である。
 終わったあとのMCは、確か「これ以上激しい曲はやりません、初見の人は安心してください」であった。どうやらいちばん激しい曲だという自覚はあるようである。

《12.演者の憂鬱》
 ゲストプレイヤーとして、キーボードの栗林聡子さんが加わった。左肩のざっくりと開いた、赤いロングドレスが素敵である。
 今日は上機嫌なんですが、と冗談めかした前置きで始まった、演者の憂鬱。キーボードが加わると音源通りの編成になるので嬉しい。好きすぎて語る言葉が無い。とても良かった。

《13.残像》
 ここで「聴かせる」ナンバーにシフトする。鴉は激しい曲が多いが、そもそも近野さんは声が良いのである。AメロBメロで独り言のようにこぼれる言葉、その響き。揺蕩うように揺られるバラードである。

《14.幸せ》
 厳密には鴉ではなく、近野さんソロ名義での楽曲である。秋田で知らない者は無いというお菓子屋さん「かおる堂」のCM楽曲として採用されているのだが、パンフレットに協賛が入っていると聞いて素直に驚いた。きっとこのライブは、私などが思っているよりもずっと大規模に行われているのだろうと悟った。
 最後の「喜び偽造つくらないか」をアカペラのように歌ったのが良かった。そういう演出が似合う曲だと思う。

《15.翼》
 バンドマンが「後半戦!」と叫ぶとき、たいていセットリストの7割くらいは済んでいるような気がする。Truthに持ち替えての後半戦である。
 個人的な感慨だが、飛行機で遠征してくると特に盛り上がる曲である。私は秋田で聴く翼が好きだ。文字通りに翼広げて飛んできたのだから。サビのコーラスが本当に美しくて気持ち良い。天井の高い高いホールで、「翼広げて飛んでゆけ」と最後に声を張り上げて両手を広げる近野さんが大きく見えた。

《16.転落劇》
 ベースから始まるめちゃくちゃに格好良い曲である。コロナ禍の間に生まれ、音源にならないうちにライブ定番曲に成り上がった、物凄く格好良い曲である。妖艶なイントロといい、Aメロの気怠げな響きといい、なんなら左手をさりげなく挙げた手つきの色っぽさといい、くるくると逆回しに舞い上がっていくようなBメロといい、そこから叩きつけるようなサビへの流れといい、拳を煽るように振り上げる右腕といい、存分に聴かせるコーラスといい、「今の格好良い鴉はこれだ!」と見せつけてくるような曲である。大好きである。お願いなので早く音源化してください待ってます。

《17.安物の私達》
 ここで更にバラードに繋がる。
 良い曲だし、聴かせる曲だ。なによりも、そんな曲を大きなホールで聴いている、という現実が不意に迫ってきた。いつものライブハウスと比べて、天井の高さもフロアやステージの奥行きも、何倍も広くて大きい。そんな広い空間に響いて満たしている音があって、いまそれを聴いて浴びて浸っている。その事実だけで泣いてしまえそうだった。

《18.ぬくもり》
 ギターがFenderに変わり、続いて「ぬくもり」。これも、コロナ禍にできた曲のひとつだ。ライブハウスに足を運ぶことができず、配信画面を見つめるばかりだった日々に歌われた曲。「画面の向こうからも温度を感じていました」だなんて言われると、ライブが戻ってきた今であってもこみ上げてしまう。あの頃の切実な渇望は、私にとって消したくても消せない思い出になってしまったのだと思う。
 配信画面越しにしか聴くことができなかった時代の曲を、こんなに大きなホールで聴ける日が来るとは思わなかった。
 その渇きは満たされると、あの頃の自分に伝えてやりたい。

《19.防衛本能》
「明日楽しみなことがありますか? ……ないよねえー? あるわけないよねえー?」
 例によってお馴染みの煽りかたをされたので、腕ででっかくバツを作って満面の笑顔で応えてやった。近野さんがちらりとこちらを見て笑った、ような気がした。満足した。
 今日を攻めることが、明日の自分を守ることになる。きっと、そうなのだと思う。私は鴉のライブに生かされているのだが、わざわざ遠方のライブハウスにまで足を運んでいるのは私自身である。そういう意味では、私は私を守っているのだろう。
 せーの、とリズムを取って、3人揃って歌い始める。好きな瞬間である。3人でひとつだという感じがする。この曲も、とにかくコーラスが素晴らしい。
 個人的な感覚だが、転落劇と防衛本能は対になると思っている。コロナ禍の間にできた曲の中でも特に格好良い、双璧といって良い組み合わせだと思う。

《20.巣立ち》
「残り2曲ですけど大丈夫ですか!?」
 大丈夫だが大丈夫ではない。もっと続けてほしい。
 Aメロの手拍子とサビのコール&レスポンスが定番だ。メンバーと一体になれる曲だと思う。フロアが歌うのは「泣き濡れていたのさ」か「この世の終わりでさ」の2択。今日はどっちかなと思っていたら、「この世の終わりでさ」だった。「あーあー」までがセットだと歌唱指導が入って愉快である。
 ホールを満たした大音量の歌声。いつもどおりのコール&レスポンスだが、このホールでいつもどおりのレスポンスが叶ったというのは、やっぱり特別なことだったと思う。

《21.雨上がりのジルバ》
 青いライトに照らされて、最後の曲。「踊ってこうぜ!」と誘われたらもう踊るしかない。それだけだ。

《en1.待っていてください》
 逃がしてたまるかとばかりにアンコールで呼び戻す。なかなか戻ってこないなと思っていたら、裏でセットなどをしてもらっていたらしい。さすがホールライブ、手厚い。衣装も白から黒に変わっていた。
 来たくても来られなかった人まで届くように、そういう場所へ自分たちも行けるように――と声を張り上げて始まったのは、「待っていてください」だった。
 自覚しているよりも好きな曲、という分類がある。私の場合は待っていてくださいがちょうどそれにあたる。ライブに行きたくても行けなかった頃、心の支えのように聴いていた。
 だからなのかもしれない。どうしても堪らない気持ちになって、バラードにもかかわらずひとりで腕を挙げていた。そんなこと、今までしたことがなかったのに。手を挙げるような曲ではないときに挙げたくなったら、胸の前で小さく掲げるにとどめていた。普段の私ならそうだった。
 マンスリーワンマンの締めくくりの、初めてのホールワンマンの、アンコール。特別な場が、私にそうさせたのだと思う。
 ラスサビ前の、生音のアカペラがとどめを刺した。あれは、もう、ずるい。その曲で、そういう歌いかたをするのは、私に突き刺さる。

《en2.黒髪ストレンジャー》
 せっかくなので書いておこうと思う。近野さん、段取りド派手に間違えました――と。いや、本人が書いてくれと言うのだから仕方ない。やむを得ない。本人のたっての希望でリクエストである。
 冗談はさておき、黒髪ストレンジャーである。段取りを間違えた近野さんに代わり、千葉さんが栗林さんを手招きで呼び戻す。何回やっても名残惜しいのはこちらも同じだが、最後だというなら踊るしかない。
 私のいちばん好きな曲である。そういう曲に限って、語る言葉がない。しいて言うなら歌い出しの直前に高々と手を挙げる古谷さんが好きだし、メンバー紹介後のラスサビで「あっという間に心は」を拾う千葉さんが好きだし、最近それを喰い気味に重ねていく近野さんは最高だと思う。というか古谷さん、この日何回ピック投げ込んだのだろうか。少なくとも2回は見た。
「激唱ノ月ファイナル『充実がやっと君を眠らせる』、これにて終演!」

《en3.曇りなき私》
 逃がしてたまるかとばかりにダブルアンコールで呼び戻す。
 この曲だけギターが違った。あとで訊いたらこれだけチューニングが違ったそうである。ギターでいえば、今回Fenderの時間が長かったのが新鮮であった。普段はサブとして使われる印象なのだが、セットリストの半分以上はFenderだったのではないだろうか。
 アンコールにバラードが続くことは珍しい。聴き惚れていたところ、2番のあとにライトが切り替わり息を呑んだ。まるで満天の星空。空間の広さが際立った。
 鴉のライブは街中のライブハウスだけではなく、秋田市街地から少し離れた小さなライブバーなどで行われることがある。そういう会場だと、終演後、綺麗な星空が見える。しばし心を奪われる。私は都会に暮らす人間だ。だから満天の星空というのは新鮮で、ここのところはライブの記憶と紐付いている。
 星空を背に歌う鴉を、特別な思いで眼に焼きつけた。
 ラスサビの最後に柔らかいライトが照らし、ステージが明るくなる。
 夜が明けた。そう思った。
 先へ行くのだ。生きていくのだ。
 これからも。私も。そしてきっと、彼らも。

 最後に写真撮影があった。客席を背景に、ステージからの記念撮影。バンドマンがよく撮る構図である。そんなことが鴉で叶うだなんて、夢のようだった。
 私はツアーTシャツで正装して、タオルをめいっぱいに広げて、幸せな笑顔を向けている。そうして写真に収まって、あの日の一部になった。

 夢のようなツアーファイナルは、こうして幕を閉じた。

 ド平日水曜日の開催だったため、翌木曜日は朝一の飛行機で帰り、午後から出社して普通に仕事をした。我ながらやることがめちゃくちゃである。
 おかげで余計に、夢のような記憶になってしまった。

 あれから5ヶ月。
 期間限定とはいえ、MCカットとはいえ、ライブ映像が公開された。
 良かった、あれは本当に夢ではなかったのだ。現実世界の出来事だった。
 今度こそ夢にしないために、私は言葉を尽くす。私は言葉しか持たないが、言葉なら持っている。

 これは、私の私による私のためのライブレポートである。
 あの日のすべてを刻みつけて記憶するための。

 いつかこの文章を読み返す私へ。
 2023年、やっぱり最高だったよ。



※おまけ:マンスリーワンマン完走の記録

お気に召したらサポートいただければ嬉しいです!