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ジュエリーリフォームをした話

【母から譲り受けたリングをリフォームした経緯について語っているだけの雑文】

 基本的に倹約志向の人間である。
 そう言っておけば聞こえは良いが、要するにケチである。値引きも特売もポイント還元も100円ショップも大好きだ。1袋150円のニンジンを買えないわけではないけれど、100円でないなら買わなくても良いかな、と思ってしまう。
 同じものならなるべく安く買いたいし、日常遣いに不自由しないなら、さほど高品質なものを求めてもいない。舌も大して肥えていないので、安物でもジャンクフードでもおいしく頂いている。ただそれはそれとして、高いお肉はやっぱりおいしいと思う。

 安く買ったものは相応にしか扱わないかといえば、そういうこともない。100円ショップで買ったプラスチックのマグカップを10年以上使い続けていたりする。色とサイズと軽さがちょうど良いし、安いから却って気軽に使えるのである。そして困ったことに意外と頑丈なので、捨てる理由も見当たらない。

 翻って、ひたすら貯金に勤しんでいるかといえば、そういうわけでもない。

 例えば大好きなバンドがライブをするとなれば、日程上よほど無理が無い限りは告知の瞬間に遠征を決めているし、10分後には足も宿も予約している。夜行バスは体調に影響が出るので、翌朝仕事があるときくらいしか使わない。新幹線も飛行機もちゃんと使って、小綺麗なビジネスホテルを選ぶような遠征民である。

 例えばPCとスマホを買い替えるときは、多少値が張ってもなるべくその時点での最新機種を選ぶことにしている。世代のせいか、技術の進歩の速さを身を以て体感しているので(インターネット接続が電話回線だった頃を知っているし、カセットテープにCDを録音していた恐らく最後の世代である)、デバイスをなるべく長く使うためにはそうしたほうが良いような気がしているからだ。あくまで私の持論である。

 好きなものや必要なものにはお金を使うが、そうでなければ財布の紐は結構固い。

 そんな私が、母からリングを賜った。

 2020年の10月、私の誕生日のことだ。一緒にランチを食べたあと、プレゼントだと言って小さな箱を取り出されて面食らった。聞けば、母が父から貰った婚約指輪なのだという。鑑定書つきの立派なジュエリーで、ばっちり値段までついていたものだから更に面食らった。普段1000円前後のアクセサリーばかり身に着けている私にとって、完全に別世界の品物だった。

 母は私に合わせてサイズ直しを検討していたようだが、つけてみると、意外なことにすこぶるジャストサイズであった。私は母より断然細身だが、指が節ばっているし、リングは中指か小指にしかしない習慣なのだ。
「そのままつけても良いし、リフォームしても良い。費用は持つから」
 そう言われて、そう言われてもと戸惑って、しばらく仕舞いこんでいた。

 アクセサリーは大好きだが、学生時代から手持ちのラインナップが変わっていない。
 そもそもが、安いからこそ気軽につけられる、という感覚の持ち主だ。そして汚れたものはすぐに洗浄したい性質なのだ。夏にネックレスなどつけようものなら、汗ですぐに汚れてしまう。気軽に水ですすいで手入れできるくらいのほうが性に合っていて良い。そのくらいの気軽さでつけていて、気に入っているものもたくさんある。ただ、良い年だしもう身につけるのはちょっとな……というものも確かにあった。巣ごもりの断捨離にかこつけて、この1年でいろいろ処分した。

 そして、今までの自分だったら絶対に買わなかったであろう価格帯のアクセサリーを、初売りで2つほど買った。そういえば昔母に、もうちょっと良いものつけなさいと呆れられたことがあった。そんなことを思い出しながら。

 久しぶりに、例のリングを引っ張り出した。

 古いジュエリーの常というべきか、私には少々ごつく感じた。一文字リングを2列にしたようなデザインである。
 左手の中指にぴったりだった。使おうと思えばそのまま使えるのだ。サイズだけを考えるならば。けれど、どんな服を着ているときにこれをつけるのか、どうしても想像できなかった。

 大切なものを譲り受けたのだから、身につけたいな、と思った。

 ジュエリーのリフォームについて、自分なりにいろいろと調べた。
 リフォーム事例やビフォーアフターの写真はたくさん出てきたが、譲り受けたものと似たデザインのリングはいくら探しても見つからず、このリングをどんなものに作り変えられるのか、なかなか想像できなかった。(あとで判ったことだが、どうやら珍しいデザインだったようだ)

 初めてジュエリーショップに行った。母から譲り受けたリングを普段使いできるようにしたい、と話すと、「ええ話ですねぇ、一生モノですね」と言ってくれた。相談して、見積もりを出してもらった。丁寧で、感じの良い店員さんだった。

 予想はしていたが、「良いお値段」だった。

 金額というのは難しいものだと思う。
 例えば自由に使える1万円があったとして、それを躊躇なくランチ1回に使えるかどうか、とか。これは感覚の問題だ。

 自慢ではないが、それなりの稼ぎはある。その金額は自腹で支払える。
 でも、その金額で自分のためにリングを買うか、と問われたら、正直買わない。
 でも、その金額を支払うことによって、母のリングを仕舞いこまずに日常使いできる、と思うと、悩む。
 ついでに、その金額を支払ってまで、そのリングのかたちを変えてしまうということに、まだ躊躇いがあった。なにをおいてもまず母にとって大切なリングなのだから、やはり母がどう思うか、ということが大切なのではないかと思った。

 LINEで連絡した。デザイン例と、店名と、見積額を添えて相談した。あれこれ考えていたら、妙に長文になった。
 ほとんど即答といって良いようなスピードで返信が来た。
 あなたが気に入ったデザインなら良いんじゃない、と。費用は援助するし、と。

 いやちょっと待て娘に譲ったリングのリフォーム代を払う余裕があったら老後の生活費にでも回してくれたまえ良い年なんだから、とか、私がデザイン気に入ったとかそういう問題ではなくてなにか訊くこと確認することないのかとか、我が母ながらツッコミどころしかなかったのだが。
 理由はわからないけれど、その瞬間、ちょっと泣きそうになった。

 なんとなく、ジュエリーってそういうものなんだなと思った。
 普段は安物しか身につけないけれど、両親や祖母から贈ってもらったジュエリーがいくつかある。
 贈られたのはどれもだいたい二十歳前後の節目の頃で、正直「畏れ多い」という気持ちのほうが大きく、今に至るまでほとんど使われずに仕舞いこんできた。パールのネックレスとイヤリングのセットだけは冠婚葬祭で活躍しているのだけれど、これは宝飾品というより実用品だと思う。

 それから10年経って、別に気負わなくていいかもな、と思った。
 友人と出掛けたとき、その中のひとつをつけてみた。そうしたら、ちょっと気分が良かった。
 そういうテンションで、お守りみたいに身につけたら良いのかもな。
 結婚なんて一生しないかもしれないけれど、例えば結婚指輪くらいの重みの、大事なお守りだと思えば良いのかもな。
 きっとそのうち、遠いか近いかわからない未来、形見になるのかもしれないしな。
 それなら、自分で身につけられるかたちにしておきたいな。
 そういう気持ちを、かたちにして贈ってもらえるんだと思えば良いのかな。――。
 そのくらいの距離感で、ジュエリーとつきあってみようと思った。

 そうして、「一生モノ」を持つ覚悟をした。

 再度、件のジュエリーショップに行った。
 母も賛成してくれました、と伝えると、一緒に喜んでくれた。デザインの最終決定をして、決済をした。サインをするときさすがに緊張した。同じ金額をヨドバシカメラで払うなら、呼吸のごとく済ませられるのだが。
 楽しみですね、と、担当さんが言ってくれた。たぶん、私よりも担当さんのほうが楽しみにしてくれていたと思う。
 私はといえば、緊張していた。
 大金を支払ったということもそうだが――どんなものになるのだろう、私はあのリングのかたちをどのように変えてしまうのだろう、という緊張だった。

 デザインを検討するいちばん初めの段階で、地金をゴールドとシルバー(銀色という意味である)のどちらにするか、と問われ、私は「普段つけるのはシルバーが多いのですが、どちらの色も使います。だからゴールドでお願いします」と答えた。どういうことかと思われるかもしれない。なんということはない、元のリングの地金がゴールドだったからである。
 リング自体の印象をあまり変えたくない、というのが、ほぼ唯一にして最大のオーダーだった。それくらい、私にとって「かたち」は大切なものだった。
 ごつかったリングを、印象をなるべく変えないまま、シンプルなデザインに変更した。それに伴っていくつか余り石が出たので、それで同じデザインのペンダントトップも作ってもらうことにした。

 1か月後、引き取りに行った。
 ボックスの蓋が開く瞬間、私は本当に緊張していた。

 細身の綺麗なリングと、シンプルで綺麗なペンダントトップが並んでいた。

 巧く言えないけれど、ほっとした。大仰だったリングが、ようやく私の手の中に来てくれたような気がした。

 ところで、私の指は半端なサイズをしている。節が太く根元が細いので、リング選びに苦労するのだ。左手の中指に合わせてサイズを指定したはずが、できあがったリングは、微妙に、ほんの少しだけ大きかった。その代わり、人差し指にぴったりだった。リングと指を見慣れている担当さんにとっても「微妙なサイズ感」だったようで、下げるなら0.5号分ですかねと控えめな提案をされた。だが0.5号といえば、時間帯や季節によって自然に変動するサイズ幅のうちでもある。サイズ変更無料期間がしばらくあるので、それまで様子を見ることにした。

 が、それはそれとして、私は別のことを考えている。
 人差し指につけるリングは、「インデックス・リング」と呼ぶそうだ。まさに指し示す指である。自分を導き、積極的で前向きにしてくれる指なんだとか。
 当初の予定とは違うのだけれど、母から譲り受けたリングをつける指としては、案外相応しいのかもしれない。

 写真を撮って、母に報告した。綺麗に作ってもらったねと喜んでくれた。それでようやく安心した。

 次に帰省するときには、リングとネックレスをつけていくつもりだ。けれどきっと、少しカジュアルな服を選ぶだろう。普段着の私と一緒に見せるために。

 なんか、歳を取るって悪いことばっかりじゃないんだな。
 とか。思った。なんとなく。漠然と。

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