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『〜しなければなりません』に素直に返信したらSNSでブロックされた話

とても怖い投稿にであってしまった
というか地雷ふんだw

何かの返信が
『〜しなくてはなりません』
『〜しなくてはなりません』
『〜でなくては割にあいません』

となっていて
べつに自分に向けての言葉でなく
上に立つものは的な意味合いだったのですが

この『〜しなくてはなりません』って
言葉自体が怖かった

本人は無意識にそうした言葉で
文章を書いたのかもしれないけど
文章を書くときの言葉のチョイスって
その人自身の鏡のようなものだと思うのです

文章って書き手の性格とか思考がよく現れる
まぁ、文を書く事自体が自己表現なのでね
当然と言えば当然なのだけど。。。

今までの人生で
自分が使った事のない言葉だったんですよ
『〜しなくてはなりません』って
その返信をみてすごっく窮屈に感じたし
なんか不快だったですね

で、考えてみたら
もうこれって他人への強要じゃん

『〜すべき』というのも好きじゃないけど
『〜べき』の方がまだ
意見の範疇を超えていないというか
提言であって強要ではないというイメージ

それに比べて
『〜しなければなりません』というのは
とても冷静な言葉だし
高圧的な言葉でもある気がします
売り言葉に買い言葉的な喧嘩にはならないけど
相手への高圧感はすごいし強要でしかない
相手に余地を与えてないイメージ

同じ上からの言葉『〜しろ』
『〜しろ』という言葉も好きじゃないけど
これは命令で、時に感情的な言葉でもあるので
即座に反発しやすいという意味で
相手に拒否権があように感じるんですね

で、

この『〜しなければなりません』という返信は
実は『進撃の巨人』の登場人物イェレナが
『仕事してないんだよな』という呟きに
『そんなことないんじゃないですか?
 存在する事自体で周りにちゃんと影響あたえてるし』
というリプをしたことから始まったわけなんだけど

「登場人物としての役割」は果たしていますね。
今回私は「仕事」しろって感じですね。

と返ってきたので

「仕事」とは何ですか?

としたらリプしたら

イェレナの立場であるなら
『〜しなければなりません』というリプが。。。

先生らしいんですよ。。。アカウントの主は
なんか『〜しなければなりません』って
一番嫌いなタイプの先生が言いそう。。。。
学校教育って今の時代でも
頭カチンコチンな先生いるのかなぁと思うと
不安になると思って、、、
そこがこのリプ見たときの不快感だったんだなぁと

『〜なりません』ばっかりで窮屈ですね
そのような窮屈な考えで『仕事してない』という
かなり存在否定的なネガティブな評価をされる
イェレナが可哀想というのが個人的考えです。
役割を果たす事よりも〝存在意義〟の方が
人間にとって重要とも思うと。。。

まだまだ学校教育も『〜すべき』なのかな

と結構自分なりに素直に思った事を
オブラートに包んでリプしたつもりが甘かった

完全に地雷踏みましたね


『対象が違う』『生徒には言わない』『子どもは大事』
『こんな上司は嫌だと言うただのネタ』
『そこを勝手に教育と混合されるのは驚きだ』
と返してきたけど

お酒飲むと本性が出るのと同じで
いくらお酒飲んでも
自分が1ミリも思ってない発想とか
言動って出ないと思うんですよ

相手が上司だからとはいえ
というか、寧ろ上司に対して
『〜しなければなりません』って
思うのはどうなのかな??
どこかで高圧的で決めつけ的な素養を
もっているからではないのかなぁ?
と思うわけで

 すいません
 『〜しなければなりません』なんて言葉
 他人に対して思った事もなかったので
 その言葉だけで衝撃的で
 まだまだ教育現場は頭がカチンコチンなのかと
 思ってしまいました

と素直に返したら

ブロックされたw


ブロックされる前に
単に(その人宛でなく)呟いた

そうかぁ、、、不快感は窮屈さと
学校教育、画一的教育に対する不安感なんだな。。。
ある意味、結果主義
というか日本人って仕事が好きで真面目だよなぁ。
仕事を(社会的貢献とか)給与という対価で
考える傾向が強いとしたら
根本にマネーリテラシーがあるんだろうな
子どものお金の教育は大事だな

というツイートに対して

 対象が違います。(中略)
 そんな(※仕事しない無能な)校長のいる学校に
 子どもを預けたいですか?

というリプもあったけど
本音は。。。。

例え上司に対してでも『〜しなければなりません』なんて
考えてる先生のいる学校に預けたくないです

もっと他人を尊重しましょう
物事を多角的に見ましょう
自分の権限と他人の領域をちゃんと理解しましょう

と思ったのでした

まぁ、今はネットで誰でも公に対し発言できる時代なので
発言できるという事は反対意見や批判も浴びるわけで
それはそれで受け止めるものだし
私は寧ろ批判的な意見の中にこそ学び・成長の余地が
あると考えているので批判ウェルカムなのですが
そうでない人であっても批判をある程度想定して
発信するということを考えた方がいいと思います

あと、Twitterとかだと短文な分
その場の感情でポチッとしがちなので
そこは自分も注意しないとと改めて思いました

いろんな意味で日本人はリテラシーが遅れているので
子どもにはリテラシーを身につけていって欲しいし
他人の気持ちに思いを馳せたり
自分の発信が他人にどのような影響や感情を与えるかを
イメージできる人に育っていって欲しいと思いました

ながなが読んでいただきありがとうございます
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〝スキ〟を押していっていただけると嬉しいです

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