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団地

高校生の夏休み、ちょうどお盆の時期だっただろうか

友人のYに誘われて、Yの自宅に行くことになった。家族が不在で気兼ねなく遊べることが動機だった。母親は実家の東京に先に帰省し、父親はどこかの大学で働いていてお盆なのに出勤しているとのことだ。

Yの自宅の最寄り駅はT駅。あまり使わない沿線で、初めてこの駅にやってきた。私の家からは県を挟むので少し遠い。

Yが「やぁ」と片手を振り挨拶を交わして自宅に向かった。

公園みたいな広場の横道から入り、少し薄暗い建物の団地がYの自宅だった。夏の昼間なのに階段も薄暗い。3階まで上がっただろうか…

玄関に入ると、家族の靴が雑然と置かれている。Yがよく履いている白いスニーカもある。

奥に進むとダイニングがあり、四角いテーブルに重々しい大きめのソファーが置いてある。

「お母さんっていつも…」と私が言いかけると

Yが「そうそう、いつもここのソファーの下で酔っ払って寝ている。何しようか……ビデオ見る?」と提案する。

私は「いいよ、何があるの?」と聞くと

Yは「ナウシカかラピュタか…ラピュタにしよ。ジブリで一番好きなんだよね」とニコニコしながらビデオをセットした。

二人で重々しいソファーに座りビデオを見始める。

Yはとてもリラックスしているようだ。途中、台所へ行きお茶を飲みながら帰ってきた。「あっ、お茶のむ?」と勧めてくれた。しばらくして、Yがラッパを吹くシーンを見て「このシーンいいよね、タンターン・タン・ターン・タン」とお茶を片手に口ずさみながら、手でリズムをとった。私は、相当好きなんだと感じた。

ふと、目線を左に向けると別の部屋が見えた。私は「あっちは、誰の部屋?」と聞くと、自分の部屋だと言い案内された。

左手にベッドで、奥に学習机、右手には白いクローゼットでその前は物が散乱していた。Yの制服や部活のバドミントンのラケットもあった。

二人でベッドに腰かけ、いつものようにたわいもない会話をし始める。私は、遠出で疲れていたのか眠くなったのでベッドで横になりながら、そのまま話し続けた。

クーラーがなかったのだろうか。暑い暑い真夏日で、ベッドのすぐ横の壁の上方に小さめの窓が開いていて風を通している。

そこから、布団を干す隣の団地の住人が見えた。布団の幅より窓は小さく窮屈そうである。そして、埃を出すために叩いている音がする。

私は汗をかきながら「あそこの人、布団干しているよ」と言うと、Yは「この布団全然干してない」と悪戯に笑った。確かに、清潔とは言えない布団に見えた。

しばらくして、ふとYが奥の学習机の方に移動した。ティッシュを使うためだったようで、引き出し2段目を開ける。そっと覗き込むと、タバコの吸殻がたくさんあるのを見た。

私は「吸うの?」と問うと、Yはすぐに隠すように引き出しを閉め、私をベッドの方へ軽く押した。そして、「この机、お兄ちゃんの。今もう家を出てるよ」と話題を変えた。私は「お兄さんは、今どこなの?」と聞くと「名古屋の大学に行っている、デザインの勉強しているみたい。2歳上だよ」と答えた。どうやらタバコは兄のものだと言いたかったらしい。

ベッドで寝転ぶ私たちの目の前には小さめの窓から光がさして、暑いのに何故か暖かい空気が流れだし、2人を包んだ。

普段の何気ない会話が、いつもとは違うYの部屋だから、いつも以上に幸せや楽しみを感じていたのだろうか。心が穏やかになっていった。

風と共に2人して汗が流れ出し、徐々に紺のハイビスカス柄が目の前を揺らぎ出した。一瞬、目が合い時が止まった感じがした。

そして、あまりに気持ちよくなり寝てしまった。

気付いたら、ビデオはエンドロールを迎えていた。天空の城ラピュタは124分の上映時間だ。おそらく、100分はYの部屋にいたのだろうか。

そして、私はどれくらい寝ていたのだろうか。

私は遅くなるので、再びビデオを見る時間もなく帰宅することになった。

Yもこの日のうちの母の実家の東京に行くとのこと。何時に行くかは決まっていない。


YがT駅のホームまで送ってくれた。わざわざ反対側のホームから片手で手を振ってくれた。その笑顔が忘れられない。


Yは高校時代は灰色だった、と後から知った。

私と過ごしたあの時も灰色だったのだろうか。

少しでも明度が明るくなって、白に近づいたのだろうか?

少しでも色相があり、色味が増しただろうか?

もしくは、混沌とさせたのだろうか?


団地を見ると、あの頃のことを思い出す。あの幸せだった時間を。


Yは覚えているだろうか?消し去りたい過去かもしれない。


そして、夢から醒めた。

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