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幼稚園と療育の1年を振り返る。その②-年中さん

こんにちは。羊です。
年長さんが始まって、早3か月。彼の通う幼稚園は三学期制なので、もうすぐ夏休み。
ただいま、心の成長真っ只中という感じで笑ったり泣いたり、すくすく育っています。
毎日、あわただしく過ぎていますが、ふとした時に、随分成長したものだとしんみりしてしまいます。
そんなわけで、ゆっくりと年中さんを振り返ってみたいと思います。

以前、年少さんの頃を振り返ってみた想いを綴ったことがあるのですがわたしの想いも変わらずにある部分、変わった部分など、息子同様、ゆっくり成長してるのかなと思います。

まず、年少さんから年中さんへと変わるということは、彼にとって先生が変わる。お友達が変わる。教室が変わる。とにかくみんな変わる!!というすごく嫌な面があるのですが、幼稚園の生活ということについては変わらないので、とりあえず、行ってみるかという具合に納得していた3月。
新しいクラスも決まり、年少さんで一緒だったお友達も数名いるし…そして、わたしは新しい担任の先生に息子の特性を伝えるべく、資料を作りと新しい環境へと意気込んでいた矢先に、緊急事態宣言。幼稚園休園。
予想外の長い春休みに突入。
なんだか世の中がピリピリ。息子もそわそわ。けれど、彼はニュースなどでを見聞きし、ウイルスっていうのは怖いんだと認識。人混みを避ける、マスクをする、手洗いするなど、頑張っていたと思います。

この時期、療育はしばらくお休み。やがてオンラインへ切り替えとなったのですが、このオンラインで療育を受けるのは難しかったです。
自宅が狭く、しっかりとした環境を整えてあげることができなかったので、彼自身の切り替えが難しく、また、パソコンの前に座っていることができず、毎回、わたし自身がぐったりしてしまい、結局、緊急事態宣言が解除されるとしばらくお休みした後、通所することにしました。
電車に乗ることも経験と思い、それまで、電車で通っていたのですが、混雑する時間帯だったので車での通所に切り替えとこれまたわたしが慣れるまで大変だった。

幼稚園もお休み、療育もお休みの期間、わたしは息子とひたすらに散歩をしていました。
ちょうど、この年の3月ぐらいに、公園でお友達と遊んだ時に、お友達がキックバイク(ペダルのない自転車)に乗っているのをみて、乗せてもらったのをきっかけに、キックバイクデビューをしたので、息子はそれに乗り、わたしはその後ろをひたすら歩いていました。
公園はお休みの子供たちであふれていたので、人のいない、道を探しては進むというだけなんですが、幸い、近所はちょっと行くと里山の風景が広がる場所。毎日、ちょっとした冒険に出かけるようで楽しかったです。

このお散歩で、彼は随分と逞しくなりました。
まず、ほぼ毎日2時間以上、キックバイクに乗っているとはいえ、歩き続けているので、脚力がついて、さらにバランス感覚も向上。
それまでは、外に出ても、同じ道を通り、同じお店へ買い物に行かなければご機嫌斜めになることもありましたが、自分で行ってみたい道を選び、遊んで、別の道から帰るというようなこともできるようになりました。彼自身の世界が一気に広がっていったような気がします。
靴も数足履きつぶすくらい歩いたので、心身ともに健やかにいられたと思います。
この時期に知ったのですが、足裏への刺激、つまり歩くこと、しっかり足裏で大地を感じることというのは成長には大切なことだそうです。
以前、幼稚園選びをしていた時に、とにかく子供を歩かせますというような幼稚園があったのですが、その時は、軍隊みたいと思っていたのですが、
歩くことで足裏が刺激され、それが発育や成長にとても大切だということを実感した今となっては、子育てに不安を感じたら、子供と一緒に外へ行こう!沢山、歩こう!と声を大にして言いたいです。

そんなわけで、年中さんスタートはゆっくり、あまりストレスなくできたと思います。
歩いたかいあって、幼稚園が再開した後も割とスムーズに進んでいたような気がします。

しかし、世の中そんなに甘くはない。
運動会が秋にあり、いつでも全力な少年は終わらない運動会に悩まされることに

こうやって書いていて思うのですが、今思うと、運動会は年中さんになって初めての行事らしい行事で、この後、遠足やらお芋ほりやら、徐々に、幼稚園での生活にも何かしらの変化が出てきてるんですよね。
仲の良いお友達もできてきたのですが、このころから、少しずつ、行き渋りが目立つようにもなってきました。
体調をみつつ、時々、お休みしながら行っていたのですが、とうとう、車から降りれなくなってしまいます。
幼稚園の駐車場までは来れるのですが、つくなり、行きたくないと大泣き。担いで無理やり、教室まで連れて行こうかとも考えましたが、抱っこしようものなら全力で拒否。連れていけない…。説得して、行ける日もあればダメな日も。教頭先生に手を引かれて行く日もあったりして、こんなに泣かせてまで行かせてなにになるのか分からなくなってしまうような時間でした。
教室に入ってしまえば、泣き止んで、活動に参加もできてるから、大丈夫よと先生に励まされながらの日々。
ある時、幼稚園の帰り道に泣きながら、お友達に叩かれると話してくれたのです。オイオイと泣きながら話すので、先生と面談をお願いして、事情を聴くことに。
すると、息子が叩くと言っている子もゆっくり成長中のお子さんで、スキンシップのつもりが力加減が分からずいるということ。息子に意地悪をしているわけではないことが分かりました。この点をしっかり先生の方から彼に説明してもらったら、あっさり幼稚園に行けるようになりました。
話を掘り下げていくと、行き渋りの前日にどうやらその子と何かしら接点があり、本人的にはもやもやしていたようです。
ちょうどこの時期、他の子からからかわれてしまうということも何度かあり、何かと他の子とのかかわりによって苦労する場面が増えているなと感じるようになりました。結局は彼自身、からかってくる子には近づかないということにしてやり過ごすことができるようになったのですが
彼にとっては相当のストレスだったでしょう。
今までと違って、周りが見えてきたのか、これまでのみんながお友達から、好きだという気持ち、苦手、嫌い。といった気持ちが芽生えてきたのかと思うと、ここはわたしがあれこれせずに見守っていかなければいけない。とは思っても心配は心配です。
生まれたころはお腹すいたとか、おむつ変えてとか、こちらが手をかけておけばよいことばかりで、そのうち、だんだん、できることも増えてきて、少し助けてあげればよくて、何かしてあげられることで、わたしも安心だったけれど、そんな時期はあっという間で、
だんだん、わたしが解決してあげられることが少なくなり、ただ、一緒に悩んであげることぐらいしかできず、最後には彼が決めなければいけないこと、彼自身が乗り越えなければいけないことが増えてきて、それが嬉しくもあり、何となく寂しくもありで、なんというか本当に親って勝手なものだとよく思います。

いつまでも子供のままでいて欲しいような、そうではないような。

こんな悩ましい2学期を過ぎたら、いつの間にか落ち着いて日々を過ごすことができていた3学期。楽しみだったお店屋さんごっこも無事に開催されて、本人的にはもう年中さん終了。今、行っても、つまらない。遊ぶ時間が足りないといたって彼らしい不満をこぼしながらも元気に登園。

興奮しやすい、落ち着きがない、すぐに泣いてしまうなどなど、課題が多い子だと思っていたのがいつのころからか「大丈夫」と言われることがしばしば。そしてわたしもなんとなく、彼は彼のままで大丈夫と思えるように。

そんなこんなの年中さんさんでした。

たくさん歩いて、心も体も強くなって、悩んで泣いて、時々、怒って、毎日笑って、大好きなお友達ができた年中さん。

年中さんと今では別人のようです。

年長さんは年長さんで困ったもあるし、悩ましい日々ですが今日もすくすく成長中です。

最後に悩み多きわたしに響いたお言葉たちを残しておこうと思います。

おしゃぶりなどほとんどなかったのに、今になってなんでも口にいれてしまうことを小児科の先生に相談したら
「子供が発達の順番を飛ばすことはよくあるんですよ。必要なことは必ず、戻って学びなおしますから、今、彼は学んでるんですよ。彼は好奇心旺盛で賢いから、気が済むまで探求したら、落ち着きますよ。だから、彼の学びを邪魔しないであげてください。心配ないですよ」と言われました。
発達って学びなんだ、見守ることの意味を知りました。

また、歯石が気になったので初めての歯医者さんへ。口の中が過敏なので、診察できるかどうかを問い合わせたら
「僕の経験上の話ですが、口の中が過敏な子は大抵、敏感で繊細な子が多い気がします。だから、空気が読める子だから、大丈夫ですよ」とサクサク歯石をとっていただいた。
息子が静かに口を開けていた。こちらが勝手に心配して、息子の可能性を狭めていたのかもしれない。現在、定期検診で歯科に行っても一人で診察室に入って、歯磨きチェックをして帰ってこられている。あたりまえのことかもしれないけれど、歯科医から逃亡を繰り返していた小学生のわたしっていったい…あっぱれな息子なのだ。

風邪で診察にいったかかりつけの先生。食べられなくなった息子を専門医へと繋いでくださった先生なのですが「その後、調子はどうですか?」と聞いてくださったので、その時、ひどかった寝ている時にうなされたり、泣いたりすることを相談したら「夜驚症かな。これは脳が発達過程にある時よく起こることだから、心配ないですよ。睡眠不足を気にしちゃうけど、本人は覚えていないから、寝ているならそのまま寝かせてあげて」と説明をしていただいた後に息子を呼び寄せ、息子の頭の近くで「大丈夫だよ。僕はよく、階段を飛び降りたりしてたから。おもしろいよね。でも大丈夫だよ。もう平気だよ」と先生の面白エピソードを息子に話してくれました。「僕も、まったく覚えてないんですよ。母親がよく言ってました。動き回っても危なくないようにしてあげてください。」と補足までいただき帰ってきたのですが、その夜から、嘘のように泣き叫ぶことがなくなったのです。
息子に先生が直接話してくださったことで安心したのではないか思うのですが、これぞ神業みたいな感じですごく印象に残っています。
先生の話を聞いている息子の姿をみて、「分かってもらえる、共感をしてもらって安心する」というのはこうゆうことなのかもしれないと思った出来事でした。

こんな風にいつも温かく見守ってもらえてる息子。

いつもいつもありがとうございます。本当にありがとうございます。

これからも日々の記憶をつぶやいて、大切にしていきたいと思います。

どんな時代でも、健やかに逞しく育っていけますように。
愛しいわが子も、あなたの大切な人たちも
HAPPYでありますように。

羊でした。

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