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ショートショート#19『随想』2/2


 咲子は娘の名前だが、ちょうど娘はその日、小学校の遠足があり通常の学校よりも長く、家を空けるはずだった。そうなれば、私が仕事から帰ってきたときと帰りがちょうど同じ頃になる予定だったので

「私がいなくても咲子は寂しくないわよね?」
 
 そう彼女は言ったのだ。しかし、遠足の日の朝、咲子は熱にうなされた。顔を真っ赤にし、口で息をふうふうして、とても苦しそうだった。私は、どうしたらいいかわからず、彼女に電話をしたが、つながらなかった。とりあえず、仕事場に休みの連絡を入れ、薬局で解熱剤と冷えピタシートを買い、レトルトのおかゆを作って食べさせたのだ。
 次の日、娘は、清々しい顔をさせて「おはよう」と階段を降りてきた。

「体調はどうかな?」

「もうなんともないよ。昨日はありがとう。うれしかった、お父さん。」

「でも、遠足は残念だったね。」

 私がそう言うと、娘はちょっと肩をすくめて小さな声で「うん。」とうなづいた。

--やはり、行きたかったよな--

 私は、少しでも遠足気分を味わわせてあげたくなり、近場の公園にお弁当を作って一緒に出掛けたのだ。娘は、ハンバーグが大好きだったので、よく食べている冷凍のハンバーグをバンズに挟み、ハンバーガーを作った。
 私は娘の姿や、ものの言い方を見聞きする内に「なんて優しい子なのだろう」という気持ちから「なんて可哀そうな子なのだろう」そう思うようになっていった。そう思う自分が、そして恥ずかしくもあった。

 結局、彼女との結婚生活は、1年も続かなかった。私は、彼女よりも娘と離れるのが苦しく、この子は大丈夫だろうか、と不安でたまらなくなった。そして、どうすることもできず、何か踏み出すこともできないことに申し訳ないと心の中で頭を下げた。

 別れることが決まり、最後に3人で何か食べに行くことになったとき、私は娘に尋ねた。

「何か食べたいものはある?最近できたハンバーガー屋さんがあるんだ。どうかな?」

「あら、何言ってるの。この子、ハンバーグは好きだけど、ハンバーガーは嫌いよ。」

 彼女がそう言ったので、私は娘に向き直った。娘は、私を見上げ、しばらく黙った後で今にも泣きだしそうな顔をさせて、首を横に振っていた。
 あれから何十年経っただろうか。私が唯一誰かに作った弁当はあの一度だけだった。

               完

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