#79. 考え方の違いってことで
ついこの間の話だが、職場に着くやいなや、「いやでもそれは絶対違うと思いますよ」という怒鳴り声が耳に入ってきた。
どうやら二人の同僚(といってもどちらとも話したことはない)がなんらかの件でもめている。
デスクで今日やるべきことを確認しつつ、しばらく二人の口論に耳を傾けていたが、結論から言うとそれは、両者の価値観が根本的に違うがゆえに着地点を見つけられない水掛け論だった。
(ぼくと彼らのプライバシーに配慮して)極端な例え話にすると、「コーラが一番美味しいと思っている人」と「ペプシが一番だと思っている人」が大声で持論をぶつけ合っているようなもので、「どちらの意見が妥当か」なんて話し合っても、その議論は永遠に解決を見ないだろう。
それでもそのうち一人の方は、定期的に「はい、だからさっきからそれでいいって言ってるじゃないですか」と言って口論を終わらせようとするのだが、
するともう片方が、「いや開き直らないでください」とか「納得いかないです」、「ちょっと怒らないでくださいよ」みたいなことを言って話を止めようとしないので、その後も二人の「議論」はしばらく続いていたのだった。
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「意見を言わない日本人」対「意見をはっきり言う英語ネイティヴ」のような二項対立をこれまで見聞きしたことのある人はきっと多いだろう。
もちろん、「日本人」や「英語ネイティヴ」をひとくくりにしたこの一般化が極めて乱暴であることは言うまでもない(上記した同僚は意見を言うタイプの日本人だし、英語ネイティヴでも婉曲的な言い回しをするというのは、当ブログでもたびたび取り上げるイギリス人の記事を参照してほしい)が、
それでもたしかに、日本人の平均と比べたときに、「(言いはしなくとも)自分の意見を持っているかどうか」とか、「(発言するよう求められたとき)心の中にある自分の意見を、他人の前でも言うかどうか」みたいな割合は、
やはり英語圏にいる人たちの方が高いのではないかと、自分のいままでの経験に照らして、なんとなく感じるところはある。
ただだからこそ(なのかもしれないが)、英語ネイティヴはその「言い方」に、より気を配っているような節がある。
これは完全に肌感覚だが、なにか波風を立てるような考えが自分にあったとき、それを「言うか言わないか」の選択で、迷った挙句「言わない」を選択する人が多いのが日本で、
持論 →(言う or 言わない)→ 言わないでおこう
それとは違い、英語圏の人たちは、「言うか言わないか」の選択では「言う」と即決する代わり、その先で「ではそれを(なるべく波風を立てないように)どう言うか」という部分に時間をかけているように思う。
持論 →(言う or 言わない)→ 言おう
→ よし、それならどう言うのがベストかな
たいがい「言わない選択」をする日本人に対して、普段から「言いたいことや言うべきことをどう言うか」の方に気を遣っている英語ネイティヴは、やはりいつも口が巧いし、表現の幅が多彩である。
どう言えば角が立たないか。
どう言えば相手を説得できるか。
どう言えば相手の心を動かせるのか。
そういう風に考える習慣がないと出てこないような「名言じみた表現」が、小説家やコピーライターでもない一般人の口から日常的に飛び出してくるのを、これまで何度も耳にしてきた。
ぼくが大学院時代に教わっていた先生が「英語には名スピーチがたくさんあるけど、日本語の名スピーチってあんまり聞かない」と言っていたことがあるのだが、それもある種このような慣習の違いから来ているように感じる。
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冒頭で示したような、永遠に着地点の見つからない水掛け論に終止符を打つための慣用表現も、英語にはちゃんと用意されている。
だれかと議論をしていて決着がつきそうにないときは、“agree to disagree” という表現を使うと便利だ。
文字通りには「不同意に同意する」ということだが、これで「見解の相違を認め合う」という意味になる。
まあ、考え方の違いってことで。
議論をしていても、お互いが持論をぶつけるだけで全く深まっていかないことはよくあるので、そんなときにこれを使って場を収めるとお洒落である。
もしも日本語にこれに相当する慣用表現があったなら、大きな声で言い合っていた同僚二人も、きっと平和裏に落ち着くことができたかもしれない。
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ちなみに、ぼくがこの “Let’s agree to disagree” を初めて生で聞いたのは、自宅の近くにあるアイリッシュバーでのこと。
アイルランド人のバーテンダーと、アメリカ人の常連客が、アメリカの政治について、カウンターを挟んであれこれ話している中で、
突然その客が “Which of us hates Trump more?” (わたしたちのうちどっちの方がよりトランプを嫌っているか) とかいう、全くもって不毛な議論をふっかけたのだ。
その質問を聞いた瞬間、ぼくを含めたバーにいる者全員がすぐに確信したのだった。
「 ...... これ絶対最後 “Let's agree to disagree” で終わるやつじゃん」