#94. 最初から優しいなんて嘘じゃん
高校時代に友だちから「なんかそれ、人殺しそうだね」と言われて以来、冬でも素手で過ごしてきたが、近ごろグッと冷えてきたので、たまらず手袋を買ってしまった。
道ばたで見る小学生は、こんな時期でもなぜか半ズボンだったりする。中学生のとき、体育の授業を半袖でやっていたのが信じられない。
ヒトは明らかに、年々寒さに弱くなっていく。「殺人を犯しそうだ」とかそんな見かけの問題はもうどうでもいい。ぼくはそんなことしない。そんなことより、かじかむ手をただ温めたかった。
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手袋に関する英語表現といえば、"iron fist in a velvet glove" というものがある。
直訳すると「ビロードの手袋に(隠れた)鉄の拳」ということだが、これで「外面的な優しさに隠れた厳しさ」という意味になる。
Tom is in for it now with his wife. She might seem like a nice lady to us, but she's an iron fist in a velvet glove.
トムはいま奥さんと厄介なことになっている。彼女は、わたしたちには親切に見えるが、実際は厳格な女性である。
たしかに、一見優しそうなのに、ふたを開けてみたらまったくそんなことはなく、さまざまな地雷を抱え込んでいたりする人はいる。
何日か前に、若手俳優が年下の恋人にひどい暴力をふるっていたという報道があったが、あの俳優も、そんな「ビロードの手袋をはめて鉄の拳を隠している」ような人間だったということだろう。
最初から優し過ぎるのなんて、たいてい裏があるものだ。
似たような慣用表現として、日本語にも「衣の下から鎧が見える」というのがある。
やわらかな衣をまとっていながら、実はその下に硬い鎧を着込んでいるという様子から、「穏やかな姿勢の裏に威圧的態度が透けて見えるさま」という意味で使う。
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「優しいと思っていたのに実は厳しかった」という人が良い印象を与えることは、おそらくほとんどないだろう。
人間であれば、柔和な部分と厳格な部分を併せ持つのが常だとしても、どうせなら「厳しいと思っていのに実は優しかった」という印象を与えられた方がマシである。
鉄の鎧のその裏に、スーツの紳士が隠れているような男性を、個人的には目指したいものだ。
現状はといえば、よく周りからは「話しかけんなオーラが出ている」と言われるので、鎧はしっかり身につけられているようなのだが、
本質的にはだらしないだけの人間なので、近づいて鎧の中に目を凝らすと、パジャマくらいしか着ていないのがバレてしまう。
人と人とが近づきすぎない「ソーシャル・ディスタンス」の時代が終わる前に、こっそり中身を磨いておかねば。