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【小説】望郷の形(8)

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 草原に据えられたカフェテーブルを、てんでばらばらな格好の十数人が取り囲んでいる。宇宙に散らばる銀河から一人ずつ招かれた使節のような彼らは、借り物の身体を器用に動かし、母語ではない言語を操って思いを伝え合っているように思えた。私が必要な物を載せた盆をもって近付くと、彼らは期待に満ちた眼差しで道をあけた。

 テーブルに黒い布を敷き、浅いガラスのカップを置く。紙に包んできた白い粉末をさらさらとカップの底に落とすと、舞い上がった粉が午後の陽光に瞬いた。骨を削って微細な粉末にするには、イナミの協力が不可欠だった。彼もまた私の後ろで作業を見守っている。

 粉の上から慎重に水を注ぎ、新雪のような層が堆積するのを待って告げた。

「これが、依頼されていた彫刻――の、試作品です」

 数十個の瞳が見つめる水面の真ん中に、高い位置から飛沫を立てないように水の柱を落とす。生まれた水流が沈殿した白い粉を巻き上げ、透明な壁面を伝い、渦を描いて中央へ戻っていく。

「聞いた通りだ」

 誰かがぽつりと口にした。

「流れだ」

「彼の星の」

「煙だ」

 呟きは次第に歓声へと変わった。島民たちは「良かったなぁ」「良かった」と肩を叩き合いながら涙を流している。

「これは一体……?」

 いち早く集団から抜け出して歩み寄ってきたシーさんに尋ねる。

「お渡しした骨は、このコミュニティの最初期のメンバーのものです。彼はこの王国の設立を誰よりも待ち望んでいました。しかし、この島に移り住んだ時、彼の命は既に尽きようとしていたのです。私たちは彼を弔うのに相応しい方法を探していました。あなたのことを提案してくれたのはワタさんです。魂を形にできる人がいると……」

 シーさんは声を詰まらせ、袖で顔をごしごしと拭った。

「あなたが表現した形は、彼が生前口にしていた、彼の本来の姿そのものです。自分は煙のように漂い流れる存在のはずなのに、自分の中を吹き抜ける風を感じられない凝縮した身体があるのが不思議でならないと、いつも話していました……」

「それが彼の生まれるはずだった星での、彼のあるべき姿だったと」

「そうです。その姿はちゃんと魂に刻まれていた。骨の記憶として残っていた。何も知らないはずのあなたがその形を再現して見せた。あなたは、私たちが感じているこの人間の身体への違和感が錯覚でも幻想でもないと、私たちは狂っていないのだと証明してくださったのです」

 興奮気味のシーさんを前に、こそばゆいような後ろめたいような腹の落ち着かなさにうろうろと足踏みした。実際のところ私は何もしていないのだ。与えられた素材を粉砕しただけ。素材自体がなりたがっていた形に戻るのを手助けしただけ。

「こちらこそ……」

 むしろ救われたのは私のほうかもしれない。私が確かに存在を感じ、私に彫れと呼びかける魂の形。それは私の妄想ではなかった。私の魂は本当に彼の魂に触れていたのだ。

 シーさんはワタさんを探してくると言ってその場を抜けた。島民たちが骨の持ち主の思い出話に花を咲かせる中、少し離れて立っているナチャの影が気に掛かった。

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