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【小説】望郷の形(11)
ごろごろと岩の露出した山道をシーさんの先導で上る。
こうしていると、神木に会うために山頂へ通っていた日々を思い出す。平地よりもずっと大きく感じられる重力。この重さを感じるために汗を流し、息を切らして身体を上へ上へと運んでいたのかもしれない。私の足に当たって転がり落ちていく石の高揚を感じる。私は石になりたかったのだ。みっしりと充実した実体として、古木の懐に抱かれていたかった。
「どうぞ」
いつの間にか建物の前に着いていた。ガラスの扉を押し開けたシーさんが私の通過を待っている。
「失礼します……」
背後で扉が閉まると草木のざわめきが遠退いた。無機質な廊下には、宇宙空間のような静寂が充満している。
ひたりひたりと湿った音が何も無い空間に反響する。毛布を被った人影が奥から歩いてきて、並んだドアを一つひとつ開けては、中を覗いて、閉める。
「勝手に入らないでくださいと言ったはずですよ」
珍しく厳しい声色でシーさんが声をかけた。部屋に突っ込んでいた頭を出したスバルはシーさんを睨み付ける。
「人の家族を監禁しといてよく言えるな。あんたらの許可なんか求めちゃいない。俺は兄貴を連れて帰る」
「それが目的でこの島に……?」
スバルの視線が私へと移る。光を拒絶する目だ。昨日までの、相手のご機嫌を伺うような態度は、もう跡形も無い。
「あんたはお気楽でいいよな。何も知らない、呑気なゲージュツカさん」
スバルが次の扉に手を掛けたのと、シーさんが駆け出したのは、ほとんど同時だった。
「お兄さんは会いたくないと――」
「あんたらが会わせたくないんだろ」
言い放ちながら扉の向こうを見たスバルは一瞬目を細め、そして見開き、シーさんの手をすり抜けてするりと部屋に入っていった。シーさんがそれを追う。
私はシーさんを追いかけ、室内を覗き込んだ。刺すような白に視界が奪われる。太陽がいくつもあるかのような明るさで天井のライトが部屋を照らしているのだ。
徐々に目が慣れて中の様子が識別できるようになる。窓の無い白い壁。大小の意思が敷き詰められた荒野のような床。中央に鎮座する巨大なパッチワークの卵。その後ろに立ち、毛布の下に隠し持っていたのか、銛の先のような三又の刃物を構えているスバル。
「迎えに来たよ、兄貴。こんなおかしな奴らばっかりの島なんか捨てて、一緒に帰ろう」
卵の継ぎはぎが割れ、中から人の顔が現れる。その顔には鼻が無い。顔の中心にあるのは大きな傷跡だ。
「嫌だ……病院には戻りたくない。僕は病気じゃない。ここのみんなが証人だ」
卵の中の人の声は震えていたが、固い意志が感じられた。
スバルはうんざりした顔で溜息を吐いた。
「あんたはずっと妄想に取り憑かれてるんだ。ここの奴らも。こんなところにいたら悪化する一方だ。わかってくれよ。俺はあんたを守ろうとしてるんだ」
割れた卵の中にスバルは手を突っ込み、兄の悲鳴にも構わず彼の手を引きずり出す。指が一本も無い、しゃもじのような手。
「ほら、また指が減ってる。あんたがこれ以上自分を傷付けないように、俺たち家族はずっと見守ってきたのに。父さんと母さんはあんたを見捨てたけど、俺は諦めない。あんたを救ってみせる」
「もう諦めてくれよ……。お前がそんなだから、俺は――」
卵の人は声を詰まらせ、卵を構成する布の塊に顔を埋めた。
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