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【小説】望郷の形(10)

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 眩い海岸線に沿って、島の中心よりもやや奥にある丘へ向かって歩く。城は丘の裏側にあると初日に聞いていたが、こちら側からはそれらしい建物が見えるどころか、行く手は人工物も無い野生の土地としか思われなかった。

「干潮の時は道ができるんです。濡れないように早く渡ってしまいましょう」

 シーさんが指差した先には切り立った崖があり、その下は細長い砂浜になっていた。ここを通れば、険しい坂道を通らずとも丘を回り込んで反対側に出られるわけだ。

「あれは……」

 崖の近くの岩場に、灰褐色のもじゃもじゃとしたものが落ちている。大型の鳥の巣――あるいは巨大な蓑虫の抜け殻。

「彼が脱ぎ捨てたんでしょうか。何故……」

 困惑する私を尻目に、シーさんは岩に上って小枝の束に手を触れる。

「彼にとってはその程度のものだったということでしょう」

 指から滑り落ちた枝はタンタンと寂しげに鳴って、朽ち行く木の死骸に戻った。


 崖の下を抜けると一面緑の斜面、その中腹に突き出た白い四角の建物と屋上に乗った銀色の半球が目に飛び込んできた。

「あれが、城ですか?」

 城という響きにはおよそ似つかわしくない。半球を除けばまるで病院か学校、あるいは市役所のような、質素で事務的な建物だ。

「そうですよ。後でご案内しますので、先にこちらへ……」

シーさんが示したのは、今にも風に攫われて海に呑まれてしまいそうな小屋だった。

「ナチャさんは――彼がこの星の人間を自認していることはほぼ確定なので人間名で呼ばせていただきますが、彼、スバルさんは、外から来たあなたには心を開いているようでした。なので少し話してみていただきたいんです――」

 薄いドアが開かれる。カーテンもない窓から射し込む西日の陽だまりの中に、ワタさんが転がっている。

「ワタさん?――スバルさんはどこへ?」

 ワタさんはいつものように緩慢に眼球を動かす。

「潮の流れは、ひとの手では、とめられない」

 シーさんはもっちりとした手を額に当てた。

「もう、見張っといてくださいって言ったじゃないですか――」

 くるりと向き直ったシーさんは私を小屋の外へ押し出す。

「とにかくスバルさんを探しましょう。当てはありますから」

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