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【小説】望郷の形(14)

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「こんな時ですが、ご依頼の話をしましょうか」

 肩を落としたシーさんに促され、再び城へと赴いた。捜索は陸から出た救助隊が行っているらしい。私たちにできるのは、ただ待つこと以外に無かった。

 通されたのは明るく陽の射し込む最上階の小部屋だった。壁際の棚には絵や幾何学的な装飾で彩られた大小の壺が並び、窓の近くの丸テーブルには木製の小箱が三つ置かれている、シーさんに断って蓋を開けると、前回と同じように白い塊がいくつか入っている。

「遺骨を彫刻するのは、故人を偲ぶためですか?」

 私の質問にシーさんは顔をほころばせた。

「それもありますが、たとえ死後であっても心に描き続けた形に戻れるのが私たちの希望だからですよ。ここにある骨は、世界中の仲間たちのものです。私たちは遺骨を宇宙空間に飛ばす、いわゆる宇宙葬をしようと考えています。現在一般に行われているよりも、もっとずっと遠くへ。希望者たちが遺言で自らの遺骨をここに送ってもらうんです。火葬された骨は脆くなってしまうので仕方ありませんが、そうでない場合には理解のある医師の協力で彫刻に適した部位の骨をいくつか摘出してもらっていたんです。いつか故郷の星に辿り着くのなら、その時は本当の形で、と。この骨たちはずっと彫り手を待っていました。あなたになら、安心して託せます」

 一際大きな骨の塊を手に取り、指を滑らせた。形状からして骨盤の端の部分だろうか。削るべき箇所が指先から伝わってくる。魂の形に戻りたがっているのを感じる。

「確かにお引き受けします」

 私が頷くと、シーさんは嬉しそうに目を細めて頷き返した。


 城の一室を借りて昼も夜もなく作業に没頭していた三日目か四日目の晩。手元灯を頼りに細かい造形を彫り出していた私の背中で控えめなノックの音が響いた。入ってきたのはシーさんとワタさんだった。

「遺体が、見つかったそうです」

 言うなりシーさんはベッドに座り込み、両手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。

 立ち尽くしている私にワタさんはのっそりと幽霊のように手招きした。誘われるままに星明かりの廊下に出る。ひやりとした秋の気配が足元にまとわり付く。暗い海に引き込まれるようだ。呑まれた命は二度と戻っては来られない。海はこの星の生命の始まりと終わりを孕み続けているから。

 ワタさんがゆらゆらと向かった先は、最上階よりもさらに上、屋上のドームの内側だった。狭いドームの真ん中に据えられた細長い筒が、ドームに開いたスリットから星空を見上げている。

 筒の下端をワタさんは指し示す。私はウミさんの細い指の先にある覗き窓に目を当てた。

 濃紺の丸い視界に楕円形の光の雲が浮かんでいる。雲を形作る光の一粒一粒は燃え盛る太陽。望遠鏡越しにしか感じられないほど遥か遠い銀河。今私の目に映っている星屑のどれかが、この島の誰かの魂と繋がっているのだろうか。

「彼の魂は、故郷に帰れたでしょうか」

 無意味と思いつつ問わずにはいられなかった。

「旅立ちに、祝福を」

 ワタさんの声に思わず銀河から顔を上げた。

 数百光年の彼方からの光を浴びたワタさんは、かすかに微笑みを浮かべてるように見えた。

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