【小説】望郷の形(13)
出立は明日ということになった。
スバルは兄の部屋から動こうとせず、私は何かできることはないかと同じ部屋に泊めてもらうことにした。シーさんはご依頼の話ができなくてすみませんと頭を下げながら慌ただしく出て行った。
小石を除けて床に平らな場所を作り、卵の殻を形作っている布を分けてもらってその上に横になった。部屋の中はずっと白く照らされていて時間がわからない。スバルは壁にもたれて座り、目を閉じている。話が付いた後はずっと黙ったままだ。
「本当にいいんですか? ここを離れてしまって」
この「城」は、人間のように生きるのが特に難しい島民たちのための施設のはずだ。彼もまた地球から逃れたくてここに辿り着いたのだろうに。
「もう決めたことだから」
卵の中から返ってきた答えは、穏やかで物憂げだった。
「あなたは誰の指図も受けなくていい。――この国の王なんだから」
卵の中の彼は吐息混じりに「そうだね」と言って目を閉ざした。
船出は朝だった。見送りには外見にまるで統一感の無い数十人の島民が集まり、歌ったり踊ったり泣いたり意図不明の工作物を船に乗せようとしたり、送別会と呼ぶにはあまりに混沌とした様相を呈していた。ただ彼らが別れを惜しんでいることだけは伝わってきた。集団の中にはワタさんもいて、やや猫背で風に揺られながら佇んでいた。
すっかり人間の衣服に身を包んだ卵の彼が、小さな包み一つの荷物を持ってボートに乗った。憮然とした顔のスバルが続く。
ワタさんが後部の紐を引いてエンジンをかけてやり、簡単に操縦方法の最終確認をした。最初はワタさんが陸まで送っていく予定だったのだが、信用できないとスバルが突っぱねたのだ。
ボートは滑るように海岸を離れる。叫んだりただじっと見つめたりしている国王たちに見送られて、彼は少しだけ笑って、砂粒よりも小さくなるまでずっと島のほうを見ていた。
スバルの兄が海に落ちて行方不明になったとシーさんの持つ衛星電話に連絡が入ったのは、未だ別れの余韻の残る昼下がりのことだった。
知らせを受けた喫茶室は水を打ったように静まり返った。こうなることを誰もがうっすらと予感していた。不安を打ち消すようにあえて楽しげに送り出したのだ。
中空に虚ろな視線を留めているイナミはいつにも増して人形じみていた。
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