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【小説】生きるお守り(生まれたくなかった僕が生きるために持っている切符の話)

 生まれてこないほうが幸せだった。

 絶望でも自己憐憫でもなく、ひたすら冷静に事実としてそう思う。

 みんなと同じことに興味が持てない。

 同じように笑えない。

 嘘の笑顔がバレて嫌われるのはマシなパターン。僕が嫌われるのは当然のことで、自己認識との合致にむしろ安心する。

 一番自分のことが嫌いになるのは、相手が僕に好意を持ってくれたとき。

 こんな僕と友達になろうとしてくれるなんて本当にとてもありがたいことで、その好意に喜んで感謝して報いなければならないと必死になった。

 その子の言うことは全部全部肯定した。褒めて、受け入れ、慰め、励まし——限界を迎えて爆発した。

 友達だった人は「そんな奴だとは思わなかった」と言って僕から離れた。僕の心が狭かったから。好かれようとして偽りの自分を演じていたから。

 本音を言えば楽しい空気に水を差す。建前を作り込めるほどの技量もなく、すぐにボロを出してしまう。どちらにしてもそこに存在するだけで迷惑なのだと自分を責める。

 撒き散らす害悪を最小限にとどめるために、できる限り気配を殺す。孤立していると和を乱すから、ぎりぎり会話に参加しているような顔をして、何となく笑みを浮かべてやり過ごす。

 こんな日々がこの先何十年も続くのか。こんな自分と一生付き合っていかなければならないのか。そう考えると今すぐ消えてしまいたくなる。

 消耗し切った一日の終わり、両耳にイヤホンを差し込む。短い前奏の後、張りのある歌声が流れ始める。

 彼女が歌い上げるのは僕と同じ色をした絶望。

 劣っていることを懺悔し、ここにいさせてと懇願し、ふさわしい罰を待ち望む。

 しかし曲の盛り上がりと共に様相は一変する。罪悪感から激しい怒りへ。服従から反逆へ。

 我が物顔の奴らだって、お前と同じくらいしょうもないんだ。

 それが罪だと刷り込んだのは誰だ?

 自分の人生を奪還せよ。

 血を吐くように歌う彼女は、一ヶ月前にビルから飛び降りた。

 生まれることは望まなくても勝手に決められてしまうが、この人生をいつどうやって終わらせるかは自分一人の意思で決めることができる。彼女が身をもって示したように。

 どれだけ心を踏み荒らされようとも、死に対する主導権だけは密かに握りしめ守り通す。いつだって僕は好きなように僕を終わらせることができる。その点において僕は完全に自由だ。だからその時は今じゃなくてもいい。

 終わりへの切符をお守りに、僕はまた明日を生きる。


※本作品はmonogatary.comのお題「明日も頑張ってみるか。」に沿って執筆したものです。

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