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【小説】望郷の形(9)

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 ノックの音に目覚めてドアを開ける。訪ねてきたのはフリフリのエプロンを着たマネキンのようなイナミだった。

「もう寝てたのか? 悪いな。日暮れ前からナチャが見当たらなくて心配してるんだ。ここには来なかったか?」

「お披露目の後は見てませんね。しかし彼ももう大人ですし、そこまで心配しなくても大丈夫なのでは?」

 少女はわずかに目を尖らせる。

「この島は人里と違って人間の手が入っていない箇所が多いからな。夜、灯りも持たずに歩いていたら、道に迷ったり足を滑らせたりする危険もある。ここの住民ならまぁ自己責任だが」

「彼はここを出るんでしたっけ」

「ああ、夏休みの間だけという約束だったからな。特にあいつは――こちら側の存在では、ない。無事に帰さなくては」

 それは、私も薄々気付いていたことではあったが。

「彼は嘘を吐いてここに? 普通の、人間なのに」

「嘘かどうかは周りが決めることじゃないさ。本当である可能性が一粒でも存在するなら、我々は受け入れる」

 あんたは夜中に出歩くなよと釘を刺して、イナミは階下の暗がりへ消えた。私は留守番の子供のように心細くなって、ベッドに座って窓の外を眺めた。

 海底のような蒼い野原にいくつかの影が蠢いている。ナチャを探しに出てきた島民たちだろう。手にした懐中電灯を取り落としたり、獣道を右往左往したりしている姿は、遠い記憶から人間のやり方を探り出そうとしているかのように見えた。


 昼まで眠り込んでいて、昼食を運んできてくれたイナミに起こされた。ナチャは一応無事に見つかったらしいと聞いて、さほど心配していたわけではないものの何となく肩に乗っていた重石が取れたように感じた。

 そのまま部屋でぼんやりしていたらシーさんが訪ねてきた。また別の直国の依頼があることは昨日聞いていた。ナチャの一件でばたついて遅くなったとシーさんは詫びた。

「彼、無事で良かったですね」

 何気なく言ったが、シーさんは秋の薄曇りのような顔になった。

「それについても少しご協力いただければと思いまして。一緒に来ていただけますか?」

 シーさんは大きな身体を揺らしてドアを開く。

「ご招待します。我らが城へ」

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