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劣等感=反骨心

劣等感と育つ

私は次男として生まれ、兄から時々殴る蹴るの暴力を受けることがあったため、立場が上の人に対して取り入れられるようにしようとする習慣がついた。おかげで、社会人になってからは職場での上司との付き合いで、呑みに誘われたりすることが多かった。

また野球部であったが、パワーがなく強打者になれなかったため、バントやピッチャーが嫌がるこざかしいプレーを多くした。結果的にチームに貢献できた(犠打が多いからね。。)

学業は賢い方ではなかったが、とある先生から「3バカ」と言われたことに腹を立て、先輩たちに取り入り過去問を10年分をゲット。夏休み猛勉強し看護模擬試験で学年3位になった。「3バカでも3位になれました」と言えた瞬間の先生の引きつった顔を見たときは胸が踊った。

劣等感に宿る反骨心

アドラー心理学では劣等感を↓のように表現する。
①目標を持ち、よりよく生きようとすることに伴う感情
②あなたが今日あるのは劣等感のおかげ

「自分を成長させる機会がやってきた」と捉えることで、自信と勇気が沸いてくるんだそうな。

私としては、そんな殊勝な想いは全くない。


痛い想いをしたくないから兄からは遠ざかり、飲み会での作法やお酒について学び、目上の人に取り入れられようとしただけ。

非力だから、バントやピッチャー心理の把握、走り込みを行っただけ。

バカにされたら、バカにしてやりたい。バカ返しだ!と思っただけ。

つまり反骨心から来るものが多かった。
だから、アドラーの言う対他的劣等感の定義には当てはまらないなと思った。

ただ、相手との比較の差を埋めようとする。分野を変えて、その分野で優位に立とうとする。という対応の定義は合ってると思う。

対自的劣等感

劣等感には対他的と対自的があるそうな。
上に書いたように誰かとの比較だったり、誰かからの評価では対他的になる。

対自的劣等感は、自分の中の理想(目標)と現実のギャップに抱く陰性感情である。
これについては、
①目標事態のハードルが高すぎないか
②今自分はどの段階にいるのか
③いらない情報や動きはないか
④必要なものは何か
と瞑想後に紙に書き出すことでスッキリした。

「あー私全然頑張れてない」とか「私ってダメだなぁ…」と悩む人がいたら必ず言う言葉がある。
「悩んでることは真剣な証だから頑張ってるよ」

「きっと目標や理想を追えるあなただから、周りが頑張れって応援したくなるんだね。」

そう言うと、少しだけ「勇気づけ」ができたような錯覚に陥る。

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すーぱーらっかんてきな退院支援看護師。 余裕が優しさを生む。 心理カウンセラー&終活ライフケアプランナー。