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【人事】戦略人事が企業変革を推し進めるキーワードである

人事こそが、デジタルトランスフォーメーションをはじめとした、技術革新の波に対応する企業の変革を、ビジネスリーダーと一緒にリードするべき人たちだと考えています。

それ以外のファンクションの方も、人事に何を期待するべきなのかをご理解いただくのに有用な考察をいたしましたので、ご参考にしていただければ幸いです。

破壊的イノベーションと失われた30年

「イノベーションのジレンマ」という1997年にクレイトン・クリステンセン(1952 - 2020)という経営学者が記した書籍があります。イノベーションに関しての言説として非常に著名なもので、産業界にも大きな影響を与えたので、ご存じの方も多くいらっしゃるのではないかと思います。

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この書籍の中では、「破壊的イノベーション」により、既存の大企業が淘汰されていく仕組みについて解説がされています。

「イノベーションのジレンマ」については、後日、別のnoteを書きたいと思いますが、ここで「破壊的イノベーション」を簡単に説明すると、それは従来製品・サービスの価値を破壊して、新しい価値を提供するようなイノベーションを指します。例えばデジタルカメラは銀塩カメラ、写真フィルムの市場を破壊しましたが、今日ではスマートフォンのカメラ機能によってデジタルカメラ市場も大きく縮小しています。

こうした「破壊的イノベーション」が、社会のデジタル化やグローバル化の進展により頻発したのが、1990年代から今日に続く20~30年です。これは日本にとっての「失われた30年」とも時期を同じくしています。
(「失われた20年」ではなく「失われた30年」に踏み込んでしまっていると解釈しています)

この「破壊的イノベーション」の頻発は、企業の事業ライフサイクルを短くし、事業構造をアダプティブ(適応)に見直しながら経営戦略を立てていかなければ、事業継続が難しい環境へと変化させました

一方で、日本の企業社会は、新卒一括採用、職能給制度など年功序列の同質性、連続性を前提とした組織モデルを引き摺ってきました。このことにより、環境変化への適応から取り残されたことが、「失われた30年」を迎えてしまった本質の一つではないかと考えています。

イノベーションのジレンマを超えるために

前述した、主に大企業が直面する破壊的イノベーションへの対抗として、一定の解決策を提示しているのが「両利きの経営(Ambidexterity)」という理論です。

「両利きの経営」はチャールズ・A・オライリーという、これも経営学者による書籍で、早稲田大学ビジネススクールの入山教授によって訳され、広く紹介されています。本の帯には「クリステンセン教授 激賞」という文字も並んでおり、生前にクリステンセン氏も高く評価していた理論のようです。

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「両利きの経営」とは企業は既存の中核事業を維持しながら、イノベーションを起こし、新たな事業を生む必要があり、そのためには前者のための「知の深化」と後者のための「知の探索」を、あたかも両利きのように同時に推進することが肝要という経営理論です。

「破壊的イノベーション」を定義した「イノベーションのジレンマ」では、「破壊的イノベーション」に対応する組織を企業からスピンアウトさせることを勧めていましたが、「両利きの経営」では既存事業と同じ組織内で、経営リソースを共有することを求めています。ですが、既存のビジネスやオペレーションを磨く「知の深化」に対して、新規事業で新しい知を生み出すための「知の探索」は求められる組織の特性が異なります。

こうした「知の深化」と「知の探索」の両面を持ち得て、変化に対応することができる組織を「ダイナミック・ケイパビリティ」、訳すと「変化に適応できる組織的能力」を有する企業と著者は言っています。

また著者は「ダイナミック・ケイパビリティ」を、主にリーダーシップの面から解説をしています。ただ、これを企業側からアプローチするときには、リーダーを作ることも含めた、人事・組織戦略からの切り口が有用であるはずと考えました。

そこで、キーワードになると考えているのが「戦略人事」です。

戦略人事とは何か?

「戦略人事」は、これも1990年代にデイビッド・ウィルリッチという学者によって提唱されました。考え方の要諦は「MBAの人材戦略」という著書にまとめられています。

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「戦略人事」とは、人事をオペレーションとしてのみとらえるのではなく、経営戦略の目標を達成するために、人や組織を方向付け、連動させるもの、ということです。1990年代の著書ですので、競争戦略と関連付けて考えられることが多いですが、今日の運用においては、イノベーションを意図的に生む企業戦略、事業戦略と結び付けて考えるべきです。

なお、この著書の中で定義された人事の役割のフレームワークが、以下の4分類です。

1. 戦略的パートナー(Strategic Partner)
2. 管理のエキスパート(Administrative Expert)
3. 従業員のチャンピオン(Employee Champion)
4. 変革のエージェント(Change Agent)

特に外資系にお勤めの読者の方は、人事にHRBP(Human Resource Business Partner)という役職があるという方もいらっしゃるのではないかと思います。これは1の戦略的パートナーを意図し、経営戦略にアラインした人事戦略や組織設計を行う役割を持つ人です。

また、4の変革エージェントとして、ミッションやビジョン、近年でいえばパーパスを、行動規範に落とし変革の推進をリードすることも、ここでハイライトしたい戦略人事の重要な役割です。

「両利きの経営」でのイノベーションを生むための「知の探索」は、既存事業を磨く「知の深化」に対して失敗が多いという特徴があります。トライ&エラーで実験しながら立ち上げていく組織を、既存事業と同じ評価制度を用いて評価しても機能しません。例えば、この評価制度を含めた組織設計はHRBPの役割であると考えます。

また成果が出るまで時間がかかる「知の探索」に対する投資や既存資源へのアクセスについて、社内で従業員はじめステークホルダーに腹落ち、理解してもらうことも変革を進める上では重要です。ここでは変革エージェントとしての役割もハイライトされるはずです。

人事がリーダーを発掘し、育てる

元Lixil、GE等で人事の要職を務められた八木洋介さんという方がいらっしゃいます。八木さんの講演をお聞きする機会が以前あり、そこで印象に残っているのが、「人事の仕事はマネージャを育てるのではなく、社長を育てることだ」というお話です。

「両利きの経営」では「知の深化」に必要なのはマネジメントで、「知の探索」に必要なことはリーダーシップと喝破しています。そしてリーダーシップは、日本の企業では中々、育てることができていないのではないかと思います。

以下、八木さんのお話を要約いたします。

最高のパフォーマンスを出すには、できるやつに仕事をさせる
できるやつを見つけるには、ストレッチさせればすぐにわかる

そして本物のリーダーは大体、1,000人に1人
GEはリーダーを育てるのがうまいといわれるが、1,000人に1人を年齢、性別、人種等関係なくリーダーにするからGEは勝ってきた
1,000人に1人を中間管理職にしても機能しない

ここでのリーダーシップについては、トランスフォーメーショナル・リーダーシップを念頭に置いています。
(リーダーシップの類型については、過去にnoteを書いています。)

そのリーダーシップの素養を磨くのに必要なことは、ビジネス上の困難な事象を、自分で解釈・定義し課題設定した上で、根拠を求め、根拠に対して意思決定を行うという経験の蓄積によるものと考えています。与えられた命題を解決することではありません。ストレッチとは、若いうちから、こうしたチャレンジを続けさせることと捉えています。

このビジネス上の困難な事象というのは、定型的、漸進的な状況下ではありえないので、不確実性下での「知の探索」を促しているはずです。その先の意思決定は、結果として成功することも、失敗することもあると思いますが、経験から学ぶことが重要です。

そして、人事としてのコーチング等を通じてタレントの中から、本物のリーダーを見極め、そのタレントを大胆にリーダーとして抜擢することで「できるやつに仕事をさせる」そして「リーダー(社長)を育てる」ということに繋げていくものと理解しています。

目標に向けて人を動かす

これはコンサルタントとしての経験からでもあるのですが、人を目標に向けて動かそうとしたとき、「感心」させても人は動きません。例えば、我々コンサルタントが提案プレゼンの結果として「凄い」とお客様に言って頂くのは、決して成功ではありません。

人が動くのは「納得」したときです。「なるほど、これだったら確かにうまくいきそうだ」と思っていただいて、初めて能動的に動いていただけるようになります。

ミッションやビジョンがどれだけ高尚かつ明確で、そこに連なる経営計画などがロジカルであったとしても、それだけでは従業員はついてこないと思います。「確かにこれが今の自分の会社にとって必要なこと」と納得してもらう必要があります。

人事の変革エージェントとしての仕事は一言でいえば、この「納得」を生むことです。

前述の八木さんは、「人事に必要なのは、権限ではなく見識」とおっしゃっていました。人事部門は社内で政治的な権力を持ちがちですが、右から左に人を動かすのではなく、経営目標に対して自律的に人に動いてもらうことが重要で、そこで必要なものは決して権力ではありません。

失われた30年を取り戻すカギは人事にあり

日本企業はどちらかといえば「知の深化」、つまり既存事業やオペレーションの磨きこみのほうが得意であったのではないかと思います。

一方で、破壊的イノベーションの波を乗り越えるためには、「知の探索」を行うためのケイパビリティの獲得が急務です。今回は人事のリーダーシップについて考察をしましたが、組織へのアプローチとしては、加えて同質人材ではなくダイバーシティを重視することも重要です。

人事の方は経営戦略、事業戦略とは距離がある方も多いのではないかと思いますが、人事こそ、企業の真ん中で事業戦略を人材・組織の面から構築する主役であるべき人たちです。

企業の変革は、人事のリーダーシップを抜きにはありえず、それを企業社会で認知していただく事が、「失われた30年」を取り戻す最初の一手となると信じています。

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