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お父さんの鼻歌

わたしの父の鼻歌は、鼻歌レベルでは結構、ない。

お風呂場で
キッチンで
運転中に
父はよく歌を歌う。

とても上手で、仲間内でも有名らしい。

わたしの歌好きは完全に父譲りだと思っているし、何よりも引き継いでいるのはその歌の「心」のぶぶんなのではないかとふと思った。

年子の兄姉から5つ離れた末っ子の私は、0歳から保育園だったし、かぎっ子だったし、けっこう一人でいることが多かったと思う。
特に姉には煙たがれながらもずいぶんとお世話になったわけなんだけど、だったらひとりのほうがいいっていうくらいに怖かった(笑)
母は看護師で土日も仕事だったから、水曜日の母のお休みに、わたしはよく学校を休みたがった。父は車会社に勤めていて、時代もあったろう、特に平日は帰りが遅くて、土日も家にいた記憶はない。

兄姉の小さかったときはまた違う生活のパターンがあったようだけど、わたしが小学生の頃は、もう中学生以上となっている兄姉は部活なども忙しく、夏休みの家族旅行の記憶も、正直、一回くらいしか覚えてない。

そんな少女時代ではあるけど、父が、年に一度、平日わたしを学校を休ませてディズニーランドに連れて行ってくれた。何年続いたことなのかおぼえてないけれど、罪悪感に多少むねを痛めながら、やっぱりこれは嬉しかったし楽しかった。

わたしはディズニーランドが大大大大大好きだったし、満足感でいっぱいの帰り道、首都高をドライブしながら父が歌う歌をいつも聴きながらウトウトしたそのときの感覚こそがふしぎとはっきり懐かしい。

そういえば、わたしは小さいころ特にひどい車酔いをするタイプだったのだけど、ディズニーランドの少なくても帰り道にはその記憶だけがなくなっている。今じゃすっかり乗り物酔いを克服できているのは、この記憶と体験の上塗りの賜物なのかもしれない。

で、父が歌う歌でよく覚えているのは
コスモス

なごり雪とか
いわゆる昭和の歌謡曲。

これらはわたしもすっかり歌詞を全部おぼえているし、それなりに歌いあげる自信すらある、父のように。

そんな父は、国内をあちこち旅した思い出話や貧しかった子ども時代のエピソードに絶えない人で話を聞くのがいつも楽しいのだけど、そしてどこまでが本当でどこからが嘘なのかがわからないくらいで、これについてはまた別に書きたい。わたしはいろんな嘘をたぶんおもしろがって吹き込まれて、今でもそれがわたしの真実になってしまっているようなことがたくさんある(ひゃっくりは百回繰り返すからひゃっくりであって、しゃっくりではないとか)。

父は7人兄弟の下から2番目で、末っ子はかわいがられるし、父のひとつ上のお兄さんは身体に不自由があったから、そのうえのお姉さん(ここが女の子が3人続いていて一番下のお姉さんが父にとっては一番年が近く、まあ仲が良かったのだと思う)をいじめては、長兄たちにこっぴどく叱られたり、とにかくずいぶんと悪いこともしたいたずらっこだった。そのお姉さんも早くに亡くなって、わたしは、切なくもこのきょうだい話を聞くのも大好きなのだけど、

父が、母親を(祖母を)車に乗せて夜景を見せに首都高をドライブしたことがあったらしい。何度かあるのか、たった一度なのかわからないけど、祖母がそのキラキラと煌めく夜景をよろこんでみたことは、話で聞くもなくしみじみと伝わる。父は車屋さんになったわけだから、これは大きな父の母親孝行だったのだろうし、しょっちゅう乗る車が代わっていたわが家だからそのときは、おばあちゃんのためにどんな車種を選んだのかな。と思ってしまうとちょっとたのしい。

そして、思うのです。
父は歌を歌ったのかな。わたしを乗せて、歌ったみたいに。

おおきな声で熱唱するでもなく、でも、しっとりとどっしりと、こころをこめたやさしいうたを。美しい日本語の歌。まるで情景が目に浮かぶような歌い方で、でも、おばあちゃんのために歌っているわけではなくて、僕が歌いたくて歌っているんですっていうようなやりかたで。

コスモスが揺れる頃になるとわたしは、コスモスをふと口ずさむし、星空をみあげるとすぐに昴をみつけては歌ってしまう。

さだまさしや山口百恵や谷村新司さんが歌ってきたあの歌を。父だけじゃなくてたくさんの人が愛している日本の名曲が、季節の花や夜空を見てたくさんの魂と共鳴させてくれるような気がする。
これが、時代というものでしょうか。

そんな歌をひとり歌うとき、わたしはなぜかとても、大きな誰かを感じるし、たくさんのひとたちと歌っているような気がする。
そして、ここにはいないひとたちに届けるように、こころをそっと熱くしてうたってしまうのです。贈り物みたいに。わたしが忘れていませんよって、伝え讃えたくなるのです。




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