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うまい野菜は筋トレが9割!

長年、腰痛に悩まされてきた久松さんは、コロナ禍の春から筋トレにとり組むようになりました。収穫の様子を撮影してもらいましたが、体への負担は相当なものです。農業者は体のケアについてどう考えているのでしょうか。4回目のnoteは、話題をがらりと変え、仕事と体についてじっくりお話を聞きました。聞き手・書き手は久松農園サポーターの大久保朱夏です。

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コロナ禍をきっかけに体と向き合った

ーあるときから久松さんのFacebookに「ジム」や「筋トレ」という言葉が出てくるようになり、気になっていたのですが、筋トレをはじめたのはなぜですか?

久松:新型コロナウイルス感染症の緊急事態宣言で、消費者が家庭で食事をする機会が増えたため、個人向けの野菜セットの注文件数が、少ないときの3倍くらいに増えたのです。それまでは、少し大根を抜くだけで腰が痛くて…。急に出荷が増えた4月に肉体的な負荷が一気に高まり、正直、このままでは体が持たないと危機感を抱きました。きちんと向き合おうと考え、まずは収穫の負担を軽減するために、必要な道具を整えて収穫の体制を見直しました。自分の体も改善の対象です。

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(大根は5mおきに軽トラに積んで収穫の負担を軽減したそう)

ー注文数が増えても、うれしい悲鳴と単純に言えないところがありますね。

久松:友人の医師に相談をしたら、年齢とともに筋力が落ちて、仕事の肉体負荷に耐えられる筋肉が足りなくなっていると指摘されました。これまでは、体が張ったり痛くなったらストレッチやマッサージでほぐすものと考えていたのですが、そもそも必要な筋肉が足りていないので鍛えなければならないという発想に変わったのです。今考えれば当たり前ですが、当時は目からうろこでした。

ーいつからとり組んだのですか?

久松:コロナのこともあって、外出する仕事がなくなり時間ができたので、先の友人のアドバイスに従って毎日筋トレとストレッチのメニューをこなしていくと、2カ月ほどで農作業に効果が表れました。その後さらに、7月末から週2〜3日「初動負荷トレーニング」のジムに通うようになり、劇的な効果が出ました。

久松さんのトレーニング動画 その1
久松さんのトレーニング動画 その2

ーそのほかに生活習慣で変えたことはありますか?

久松:コロナをきっかけに晩酌もやめました。お酒は夜、考えごとをするときのパートナーだと思っていたんですが、肉体から不健康なところを切り離すことにしました。朝のスッキリ度が違い、社員から顔つきが違うと言われます。体重も落ち、お腹まわりがスッキリしました。

ーいいことづくめですね。ところで、腹筋は6つに割れているんですか?

久松:そういう「見せる筋肉」には、興味ありません(笑)。あくまでも目的は仕事に必要な体づくりなので。

ー筋トレで収穫はラクになりましたか?

久松:いままで収穫そのものは楽しいのに、腰が痛くてしんどい、中腰姿勢を維持するのが辛いと思っていたのですが、そのような感情がなくなりました。おっくうだから片づけはやめようとか、そういう気持ちもなくなったんです。明らかに行動が変わったと思います。

ー成果が出るまでどのくらいかかりましたか?

久松:2カ月ほどです。腰痛だけでなく、肩こりも頭痛もなくなりました。仕事が終わったときの疲労度が明らかに違って、「余力」が生まれました。

ー管理栄養士で食コンディショニング・プロデュサーの小島美和子さんも、心身のコンディショニングがよくなると、余力が生まれ、人生がより豊かになると言っています。

久松:収穫が楽しい、家事もできる、映画も観に行ける、これだけ成果が得られれば、楽しいですよ。気力が弱いのは事業のせいとか、人間関係のせいとかぐるぐる考えていましたが、何のことはない、肉体の健康が大きく影響していたんですね。

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(発送日の集荷場。キャベツは1箱15〜20kgになるという。ハードだ)

体調不良にもがいていた35歳、45歳のころ

ー久松さんは10月に50歳になりました。若いころと比べて体はどうですか?

久松:少なくともここ10年では50歳のいまが一番健康です。今の農園メンバーの中でも自分が一番元気かもしれません。

ーそう自信を持って言える50歳って、なかなかいない気がします。

久松:29歳で農業をはじめて、ぎっくり腰をやったのが34歳。整形外科はもちろん、ヨガ、鍼灸、マッサージに通い、自分なりにメンテナンスをしているつもりでした。でも、季節の変わり目や疲労が蓄積してくると、たちまち腰や肩甲骨の不調に苦しみ、ひどいときは、靴下を履くのがつらい状態がひと月も続くほどでした。

ー1人で農業をやっていたころですか?

久松:そうです。長女が産まれるなど環境の変化があり、家族との関係もよいとはいえませんでした。がんばっているのに周囲にも家族にも理解してもらえず、フラストレーションがたまって辛かったですね。かといって自分の心や体と向き合うこともせず、いろいろめちゃくちゃでした。まわりの農業者を見ていても、特に男性が、35歳から40歳ころに問題を抱える人が多いように思います。

ーこれまで久松さんから「辛い」という言葉をあまり聞いたことがありませんでした。

久松:腰痛、頭痛、肩こりなど慢性的な体調不良をごまかし、ごまかし昨年までやっていました(笑)。

ーええっ! 結構ネガティブな時期が長かったのですね。

久松: 45歳ころは不眠に悩まされていました。以前、人から「あなたは食事や睡眠など生活の基本を大事にしていない」と言われたのですが、確かにそういう面があったと思います。45歳からは歯とか体の基本的なことに、時間やお金を投資しようという考え方に少しずつ変わりました。

ー具体的にはどのようなことをしたのでしょうか。

久松:正常ではないところから治療しようと思い、まず口の中を整えました。歯磨きを丁寧にするようにし,次に若いころから気になっていた、いびきの検査をしました。軽度の無呼吸症候群と診断されたので、マウスピースを作ったところ、睡眠や歯ぎしりが改善され、眠りが深くなったんです。どんよりした朝を迎えることが少なくなりました。特に今春、晩酌をやめてからは頭がすっきりして朝を迎えられるようになりました。体に対する投資は結果が見えやすいというこれまでの成功体験が、今回の筋トレにもつながっているように思います。

体自慢の農業者が陥りやすい「病」

ー農業はハードな肉体労働に見えますが、農業者は体のケアをどう考えているのですか?

久松:体のケアを軽視するのは、農業を含む肉体労働者にこそ、よくあることです。農業者は、作物の健康のための設備や機械の維持には細かく神経を払うのに、肝心の自分の体への意識が高いとはとてもいえません。忙しくなると食事をおろそかにする人も多いですね。見えない部分なので、きちんとやっている人も中にはいるとは思いますが...。

ーつまり肉体負荷が高い仕事だという意識がないということですか?

久松:農業者自身はもともと頑丈で体を鍛えている人が多いです。その分、農業は軽作業という意識を持ちがちです。体力があるだけに「こんな仕事できて当たり前」「体力がないのは恥ずかしいこと」「仕事をすればもっと丈夫になる」という考えになってしまうところに「病」があります。家族経営が多く、組織で安全対策を講じる意識も持ちにくいのです。平均年齢が高いこともあって、現実に農作業死亡事故も多くあります。総じて、体を大事にしない業界だといえるでしょう。

ー久松さんでさえとあえて言いますが、5年前までは体への意識が低かったのはなぜでしょうか?

久松:投資効率が悪いと考えていたのでしょうね。今、ふりかえると半年前までは体が少しずつ悪くなっていました。だんだん悪くなっていたので気づかず、痛みやしんどいのが当たり前という低空飛行状態だったんです。酒量も増えていました。月に何度も頭痛薬を飲むなんて、今考えると、おかしいですよね?4月以降は1錠も飲んでいません。

ーコロナ禍で人に会えないさみしさとはありませんか?

久松 たいしてないですね(笑)。むしろ来客対応が負担になっていたことを痛感しています。コロナが、生活全体を含めた健康のことを考える大きなきっかけになりました。

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(体幹を膝で支えながら移動する水菜の収穫。この姿勢を4時間ほど続けることもあるという)

やるべきことをやれば植物も人間も元気になる

久松:植物を相手にしていることが、筋トレをする上で自分の理解に影響しています。やるべきことをやると植物は元気になります。魔法はありません。どんな要因が植物の健康に関係しているかを観察し、寄与率の高い要素を改善すれば確実に成果が出ます。ただし、農業は時間のかかるPDCAサイクルを回しているので、効果が見えるまでに数カ月から数年を要します。そのような仕事をしているので、筋トレの成果が出るまでの2カ月を短時間と思えるのです。仮説に基づいて淡々と作業を行い、記録と検証をくり返すという職業で培ったものの見方が、体の見方にも影響を与えていることに気づきました。

ー農業から見れば、2カ月は短いスパンということですね。

久松:植物が必要としているものを過不足なく与え、「あるべき姿」にするのが有機農業の基本です。体についても病気になったから治すのではなく、必要な措置をとり、健康な状態を維持するのが大事だと深く実感しました。

ー筋トレの話がいつの間にか有機農業論になってきました。

久松:東日本大震災後に糸井重里さんが、「無理をして他人の何倍もがんばる人も、長い目で見れば、ちゃんとメシ食って、ちゃんと風呂に入って、ちゃんと寝ている人にはかなわない」と話していました(この記事です)。
若いころの自分はがんばっちゃうタイプでした。しかし、寝食を忘れて無理をしても、それはただの背伸び。背伸びで歩き続けることはできません。もちろん独立したばかりのころは、何も持っていないので、がんばるしかないのも確かですが、「続ける」ということが何より大事です。きちんと食べて、歯磨きをして寝るという生活の基本を守り健康でいることが、農業を続けることに最も寄与するのです。生活習慣がきちんとしている人は、体にも心にもバッファがあるので、変化にも強いと思います。スタッフの採用に際しても、人のそういう部分に目が行くようになり、昔とは基準が変わりました。結果的にいまのスタッフは、自炊もできるし、きちんとした生活習慣が身についている人です。

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(左から野瀬さん、久松さん、沼田さん、吉本さん。いい顔をしている)

ー久松農園そのものが健康ということですね!

久松:全体的に仕事の進みがスムースです。100%に近いパフォーマンスを発揮できる日が多いですし、調子が悪いときは、そのことに気づけるようになりました。イライラすることもありません。健康であればポジティブ思考でいられると、説得力を持って言えるくらい私自身が変わりました。やるべきことをやれるようになるまで20年かかりました。

ー遠回りをしたという思いはありますか?

久松:そうは思いませんが、30代に戻って今の健康があったらもっと成功したかもしれません(笑)。

ー筋トレの話が採用の話まで発展するとは思いませんでした。個人的なことも話してくださり、ありがとうございました! 次の本は『うまい野菜は筋トレが9割』に決まりですね(笑)。

久松:朱夏さん、あんまりマジに受けとらないでね。
 

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