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#1 好きになった方が負け

21歳の冬、人生で一番好きになった人がいた。
お相手は横浜に住む歯並びがいい犬顔系男子。

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ただの友達から特別な存在に変わったのは、初めて出会った日からたった9日後のことだった。

その日は私と彼を含め4人で朝まで飲んでいた。
4人で集まるのも彼に会うのもまだ2回目だったけれど、既に宅飲みをする仲になるほどに。
とにかく気が合う4人だった。

朝8時頃だっただろうか。親友と男友達は帰る支度をしていたが、眠すぎた私は親友の「ちょっとだけ寝かせてもらえば?」というお言葉に甘えて、彼の家に残って少し眠ることにした。

しかし、さっさと布団に潜り込んだ私を見た彼が、なんと床で寝ようとしているのだ。
「一緒に寝る?」なんて言えるわけもなく、私に出来ることと言えば壁際ギリギリまで寄って彼の分のスペースを空けることくらいだった。

それにいくら男女が同じベッドで寝るとは言っても、現時点で私は彼に対する恋愛感情は全くなかった。
顔はまあ悪くない。なんなら好きなタイプだ。服装もオシャレだし。
けれど私はどちらかと言えば…というかめちゃくちゃドMだし、年上みたいにリードしてくれるタイプが好きだ。
わんぱく小僧とまではいかないが、少年のような性格の彼は多分友達止まりだろうなと思っていた

はずだった。

窓から差し込む日差しがオレンジ色に変わる頃。
目を覚ませばなぜか抱きしめられている私。
少し顔を上に向けると、眠そうな顔をした彼と目があった。

「おはよ」

寝起きの少し掠れた低い声、至近距離にある整った顔、やけに心地良い彼のにおい。
おまけに目覚めのキスまでされてしまって、こんなの恋に落ちない方がおかしい。

「次は2人で遊ぼうね」

俗に言う"ワンチャン"というものが、聞いたこともない音を立てて近づいて来た気がした。

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それから数日後。

「夜勤明けで次の日も休みだから」なんて言われて察せないほどピュアなわけもなく、しっかりお泊まりセットを持った私を彼がジムニーで迎えに来た。
ばかみたいな高さの厚底を履いた私のために、車のドアを開けて手を差し伸べてくれる優しい彼が大好きだった。

前回の先輩のことがあってから、私は【男は付き合う前にヤった女のことは好きにならない】というジンクスのようなものを完全に信じきっていた。
とは言え所詮相手は好きな人なのだ。いざ求められてしまえば拒否できる自信など1ミリもなかった。

そんな私の心配とは裏腹に、彼はお泊まりルートへ誘導してくる割にキス以上のことを求めることはなく…は言い過ぎだな。
彼の手が私の肌に直接触れたことだってある。ブラジャーのホックはいとも簡単に外されてしまったし、頭のてっぺんから爪の先まで熱くなった感覚は今でも思い出してしまう。
それでも彼は私を抱くことはなく、ホワイトムスクの香りに包まれながら一緒に寝るだけ、という所謂ソフレみたいな関係が続いた。


クリスマスの夜、2人で映画を観に行った帰りにコンビニに寄った。
真冬の寒空の下、なかなか溶けないパピコを食べながら歩いている時に彼がこんなことを尋ねてきた。

「今年あった中で一番嬉しかったことって何?」

「んー、難しいな。先に答えてよ」

彼は特にふざけた様子もなく、「私ともう1人の男友達に出会えたこと」だと言ってのけた。
なんだそれ。ガチなやつなの?

「私たちのこと大好きじゃん」

夜で良かった、と心底思う。
きっと私の顔は真っ赤だ。

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その後、色々あった私は年末に実家へ帰省してから横浜に戻ることはなく、そのまま地元へと帰ることになった。

元々お互い頻繁に連絡を取るような関係ではなかったし、彼のことが大好きだったけれど自分からLINEをする気にはなれなかった。
きっと彼にとってのLINEはただの連絡手段でしかなく、わざわざくだらないやりとりをするのは嫌いなタイプだとあの頃からなんとなく感じていたからだ。

とりあえずは地元に帰ったものの、2年ほどすれば私もまた横浜へ戻るつもりだった。しかしいつまでも住んでいない家の家賃を払い続けるわけにはいかない。
そろそろ一度横浜に帰って引っ越しの手続きをしなければいけないなと思っていた頃、珍しく彼からLINEがきた。

"これ観たことある?"

送られてきたのはホラー映画の画像だった。

"観てない。確かちょっと前に映画やってたよね"

"そうそう。2人で観よ"

「2人で」ねぇ。
最後に会ってから3ヶ月以上が経っているというのに、相変わらずこいつは私の気持ちを揺さぶるのが世界でいちばん得意だ。

"いいね"

"我慢して待ってんだから早く戻ってきてよ"

私に会えないことを?それとも映画を観れないことを?
きっと後者だろうとわかっていても、いつでも観れる映画を私なんかと観たいだなんて。
こんなことを好きな男に言われて舞い上がらない女がいるなら出てこい。

"うん。来月まで待ってて"

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会わない間に誕生日を迎えていた彼に似合いそうなTシャツを買った。
プレゼント用のシールが貼られた真っ黒のショッパーを手に持って、待ち合わせ場所にいる彼を探す。

「どこー?」なんて言う電話越しのその声で、既に私の頭の中は最後に会った日の甘ったるい彼を鮮明に思い出してしまうのだ。

今日は絶対、好きって伝える。


初めて会った日と同じ居酒屋で向かい合って座る。
あの日は4人だったのに今は同じ場所に2人きりってちょっとエモい、なんて思った。

ほぼ4ヶ月ぶりに会った彼はパーマをかけていて、黒髪だった髪も茶色に染まっていた。控えめに言ってもめちゃくちゃ似合っている。
しかも今日、私に会う前に美容院に行ったらしい。お前、私のこと好きなの?

「似合ってんじゃん」

素直にそう言うと、彼は持っていた居酒屋のメニューで顔を隠した。
隠しきれていない耳が真っ赤になっている。

「うれしい」

少し上ずった声で彼が言う。
顔はまだ見せてくれそうにない。

────────お前、私のこと好きなの?

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彼は心の底から誕生日プレゼントを喜んでくれた。あんたのことが大好きな私が選んだのだから当然だ。

「似合う?」と早速Tシャツを着る彼を後ろから写真に収める。後ろ姿の写真を撮ってあげるだなんて所詮はただの口実だ。
こっそりと彼とのLINEのトーク背景に設定したのは私だけの秘密。

彼に借りた部屋着を着て、ベッドの上で寝転んで9%の缶チューハイを飲みながらくだらないホラー映画を観る。
こんな完璧なシチュエーションでまだ友達同士だなんて、きっと私たちはどうかしてるね。

【男女の友情についての見解】というのを見たことがある。そこには「どちらかが裏切り者」なんて言葉があったけど
あれは私のことか。

たった二文字が口から出るまでに、3回も彼の名前を呼んだ。


去年、私たちに出会えたことが一番嬉しかったと言った。
いつでも観られる映画を、私と会う日のために1ヶ月も待ってくれていた。
私に髪型を褒められただけで顔を真っ赤にしていた。
「次は2人で遊ぼうね」と最初に甘い種を蒔いたのはお前だろ。

友達としか思ってないだなんて、よくもまあそんな酷いことが言えたもんだ。

本当に、どうかしてる。

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初夏に誕生日を迎えた私にメッセージのひとつもよこさなかった彼は、ボブの髪にハイライトを入れたストリート系の彼女ができていた。
暗髪ロングでミニスカートが好きな私とは、似ても似つかないタイプの女の子。

彼に振られた後も納得いくまで彼を好きでいようと決めていた私は悶々とした気持ちになったけれど、結局私にも彼氏ができた。
今でもその彼氏とはお付き合いしていて、付き合った当初から変わらず私に愛情を注ぎ続けてくれるスパダリなのだけれど、彼氏のことはまた別の機会にお話しするとして。

実は彼氏と付き合うほんの前、久々にあの親友から連絡がきた。

"アイツ、彼女と別れたらしいよ(笑)"

"早くね?(笑)"

ざまあみやがれ。
お前が知らない女とくだらない2ヶ月を過ごしている間に、私は世界で一番好きな人がお前じゃなくなったよ。
2ヶ月前、私を置いて行ったツケを1人で払ってろ。
と、思っていたのに。


"友達と飲んでた帰りなんだけど、家まで暇だから電話しよ"

あれから一度も連絡をよこさなかったくせに。よりによって私が彼氏と付き合った次の日に電話をかけてきたのだ。
私がもう他の男のものだとも知らずに。

それでもこの男からの誘いをどうも断れない私は最低な女だ。
結局私たちは、根っからの似た者同士なのかもしれない。


私が彼を好きになった。
彼は私を好きにならなかった。
私には他に彼氏ができた。

これで、終わるはずだったのに。

彼が垂らす甘い糸に、いつだって私はいとも簡単に釣られてしまうのだ。



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