#2 綺麗なあの頃には戻れない
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"誕プレ渡したいし早く遊びにおいでよ"
私の誕生日にメッセージの1つすら送ってこなかった男が言う。
"バイク買ったから今度ふたりで江ノ島行こ"
2人で過ごしたクリスマスのあの日、私が江ノ島のイルミネーションを見たいと言ったのに連れて行ってくれなかった男が言う。
遅えよ馬鹿。
満更でもない私は、もっと馬鹿。
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時は12月。
予定が合わなかった親友を除いて、私たちは3人で集まることになった。
「お待たせ」
「寒くね?」なんて言いながら土曜の渋谷で22歳の女を平気で待たせる、そういうところが嫌い。
今思えば、こいつは初めて出会った時からかなり適当な男だったと思う。
「ほんとにね」
「ごめんって、ほら」
良く言えば自由奔放か、気まぐれと言うべきか。
そういうところに惹かれたのも、事実。
彼に渡されたのは、プレゼント用のシールが貼られた真っ黒のショッパーだった。
最後に会ったあの日、私が彼にプレゼントとして渡したTシャツと同じブランド。
「見てもいい?」
「いいよ」
人が行き交うスクランブル交差点で、ショッパーの中に入った箱のシールを丁寧に剥がす。
彼は、まるでプレゼントを待ちきれない子供のような私を見ながら笑っていた。
「キャップだ!かわいい」
8ヶ月前に振った女に誕生日プレゼントを渡すこの男の心理を考えてしまう、素直じゃない自分が嫌いだ。
けれど私だって、今更お前が私のことを考えながらプレゼントを選んでいたことなんて知りたくもなかったよ。
「似合う?」
「めっちゃ似合う!店で見た瞬間にビビッときたんだよね」
こんなにも嬉しいのは、久しぶりに母親以外の人からプレゼントをもらったから。
ただ、それだけ。
数分後にはもう1人の男友達も合流して、次々と焼かれていく肉をつつきながら2時間ほど話をした。
「クリスマス何するの?」
「男2女2で遊ぶ」
「彼女候補か〜」
「いやマジでそういうのじゃない(笑)」
なに笑ってんだ。
「写真写真!」と急かす私たちに、彼がスマホのカメラロールを遡る。
「はーい、今の女の子とのツーショ、どう見てもベッドで仰向けになってるアングルでした」
「お前やってんね〜」
「違う違う!床に友達2人いるから!」
顔が赤いのはお酒のせいか、図星だからか。
今日会ったことによりまだ彼への気持ちが完全に消化しきれていないことを確信した私は、彼に彼女ができてしまえばいいのにとさえ思っていた。
拗らせに拗らせまくった私の恋心は、そう簡単に過去の恋愛を忘れられるほど単純に出来ていなかったからだ。
お腹も満たされ程よくお酒も入った私たちは、飲食店を出て横浜のシーシャへ行くことになった。
先程の飲食店が禁煙だったため、シーシャバーに着いた私はすぐ電子タバコを手に取る。
1年前に私に「吸ってみる?」と勧められてむせていた彼も、いつの間にか喫煙者になっていた。
なんとなく紙タバコが吸いたい気分で、彼から1本もらった。
火を付けたのは、ライターではなく彼が吸うタバコ。お互いにタバコの先をくっつけて息を吸う。
これ、シガーキスとかいうやつなんじゃないの?
しばらく私は彼の顔をちゃんと見られないままだったけれど、なんとか気を逸らしたくて男友達が席を外している間にぶっちゃけた質問をした。
「てかさ、さっきの女友達は付き合おうとかないわけ?
男女が同じベッドで寝て何もないとかありえないでしょ」
「ないって!友達だからそういう目で見れない」
「……私とはそういうことしたくせに」
うわ〜〜〜!私、今すごく嫌な女です!!
「それはまあ…友達は友達でも、ちゃんと女として見てたし」
「………………」
カーッと顔に熱が集まるのがわかる。
薄暗い店内でも彼に今の顔を見られたくなくて、手で顔を半分隠しながらちらっと彼を見た。
「今更こんなこと言うのズルいか」
きっとこの辺りから、私と彼の距離感は完全にバグっていたと思う。
もっと正確に言うと、1年前の私たちに戻っていた。
ハウスダーツを渡す時、必ず彼の手が私の手に触れることに何とも思わなくなるくらいには飲んだ。
そして日付が変わる頃、彼氏から1件のLINEが届いた。
しばらく連絡のない私のことを気にかけているような内容だったけれど、”もう友達の家だよ。今日は寝るね”と返事をしてスマホをバッグに仕舞う。
男友達2人と遊ぶことは事前に言っていたけれど、終電を逃してバーにいるなどと言えるわけがない。
女友達の家に泊まる、なんて大嘘までついて。実際は男友達の家に泊まるのに。
彼ではなく男友達の家を選んだのは、クソ女である私なりのせめてもの抵抗だった。
彼氏に返事をしてから、先ほどと変わらないはずの店内の音楽がやけにうるさく感じた。
体の中から揺さぶられる気持ち悪さに加えて、急激に酒が回る感覚までする。
テーブルに並べられた塩とライムが付いたいくつものショットグラスを横目に、「ちょっと外出てくるね、すぐ戻る」とだけ残した私はバーを出た。
店の前の段差に腰を下ろす。
あまりの寒さに思わず身震いしたけれど、おかげで気分の悪さは一瞬で消えた気がした。
晴れているはずの空には全然星が見えなくて、少し向こうからは泥酔しているであろう男の怒鳴り声が聞こえる。横浜ってこんな感じだったなと思い出す。
ぼーっとしていると、店内から彼が出てきた。
「どうしたの、酔った?」
「音楽がうるさくて」
「寒いでしょ、上着は?」
「忘れた」
「まったく…そろそろ店出るか。
ほら、中入るよ」
すぐ戻るって言ったのに。
心配してくれただけで嬉しいなんて、中学生じゃあるまいし。
お会計を済ませて店を出る。
さすが横浜、と言ったところか。土曜の夜中に空車のタクシーが1台も見つからない。
15分ほど歩いていると大通りへ出た。男友達がトイレに行きたいと角にあったコンビニに入って行ったため、彼と私はコンビニの前で腰を下ろした。
本日二度目の構図だ。
さっきまでと違うのは、彼の手が私の手を握っていること。
「手あったかくね?」
「そうかな」
少し私の声が震えてしまったことには気付かれていないと思う。
落ち着け、私。
こいつは完全に酔ってるだけだ。
「なんで手握ってるの」
「寒いから」
ベッドの中でしか私の手を握ることなんてなかったのに、今更そんな理由で私の手に触れるなんて。
酔ってるね、私もお前も。
「今日、本当に会えてよかったと思ってるよ」
「うん、私も。会えてよかった」
半年前に枯れてしまった恋心が、再び私の中で芽生えようとしている。
それを刈り取る勇気も方法も持ち合わせていない私が出来ることと言えば、再び自ら枯れていくのを願うだけだ。
「もー……まじで勘弁してよ…」
「好きになりそう」なんて、くだらないことを口にした彼の言葉には聞こえていないフリをして、立ち上がるついでに握られていた手を振り解いた。
そのまま私のことを好きになっちゃえばいいのに。
あの時、私を自分のものにしなかったことを後悔しろ。
逃した魚が大きすぎたとお前に思わせるために、私は今日ここへ来たんだよ。
その後、無事タクシーを捕まえた私たちは3人で男友達の家へと帰った。
部屋の主である男友達が床に座り、私と彼は偉そうにベッドの上で寝転んでいた。私ときたら相変わらずの図々しさである。
よくわからない海外の映画を観ながら、家に着いた安心感からかだんだんと眠気が襲ってきた。
時刻は夜中の3時を過ぎた頃だったと思う。
「寝た?」
彼の言葉が聞こえたけれど、返事をする気力もない。
寝たのだと思ったらしい彼に抱き寄せられて、そのまま私は眠りについた。
鼻に落とされたキスには気付かないフリをしたし、
鼻にキスをする男性心理を調べて後悔したりもした。
-
彼のことを好きじゃなくなったら、またただの友達に戻れると思っていた。根拠のない自信などではなく、今までの経験上そうだったからだ。
全くもって説得力のない話だけれど。
私にとって彼氏が毎日食べる白米だとするなら、彼はたまに食べたくなるアイスクリームのようなものだと、ある時ふと思った。
1年に2.3回しか会わないし、連絡も全然取らない。
それでも会うたびに差し出されるとびきり甘いデザートに目が眩んでしまう。
そして、ずるい立ち位置にいることをきっと彼自らも理解しているに違いなかった。
彼に振り回されていることは事実だけれど、垂らされた釣り針に自ら寄ったのは間違いなく私の意思だ。
彼ばかりを悪者にするつもりはないし、私にはそんな資格もない。
それなら、私もとことん付き合うよ。
私たちには、これくらい汚い友情がよく似合う。
クズなあんたもそう思ってるから、こんな中途半端なことばっかりしてくるんでしょ?
〈to be continued〉
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