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【台湾建築雑観】梁のない建築

普段、僕は台湾の建築文化は日本と異なるという趣旨の文章を書いていますが、実のところ世界を見渡すと、台湾と日本の建築の設計や施工に関する考え方は非常に近いと考えています。
というのは、僕はタイのバンコクの建築現場の様子を視察に行ったこともありますし、この間はカナダのバンクーバーに旅行に行きました。これらの国では建物の構造の考え方が全く異なります。

地震に規定される建築様式

日本では、明治初期に西洋の建築文化の模倣から初め、次第に日本独自の方法論を創出していく過程を踏んでいます。
その中でもエポックメイキングだった出来事は、関東大震災です。ヨーロッパの建築様式を必死に学び、イギリスやドイツの建物を模範として明治時代に沢山の洋館が建てられました。それらの建物の多くが、関東大震災で瓦礫と化してしまったのです。特に悲惨だったのは銀座の中心街や浅草でした。最新式のデザインと考えられていた洋風建物が、ほとんど使い物にならなくなってしまったのです。

これは、ヨーロッパの建築文化が地震を重視してこなかった結果です。ヨーロッパの組積造の建物は、石を垂直に積み上げて行きます。空間が大きくなると、ヴォールトを使うとか、フライングバットレスを用いるという工夫をしますが、いずれも垂直荷重に対する検討をしているだけです。日本で組積造の建物が地震で崩壊してしまったのは、垂直の固定荷重だけではなく、横向きの地震力が加わったからです。

日本の建築学会では、この関東大震災の被害を踏まえ、地震に対する構造的な配慮を加えていく様になります。地震力を加速度で捉え、水平の力が加わると想定し、それに対する対策を講じる。この様な構造計画を地震に対して充分に行うというのが、関東大震災後の日本の建築界の構造計画の考え方になります。このことは、日本の建築計画が欧米と異なる一面を持つことに繋がりました。

例えば、日本の建築教育では構造計画はとても重要な科目の一つに挙げられています。意匠性と構造合理性のどちらを重視するかと言えば、まず構造的に整合の取れたものを設計し、その上で意匠性に配慮すると言った具合になります。
また、そもそも日本の建築学科は工学部の中にあることが多い。僕は芝浦工業大学の卒業生ですが、もちろん工学系の学校です。日本では芸術大学の中にある建築学科は変わり種と見られます。東京藝術大学や武蔵野美術大学に建築学科はありますが、これらの学校では、構造計画は比較的軽く扱われ、あくまでも芸術としての建築の側面を掘り下げる勉強を重視すると聞いています。

バンコクの建築現場で

2019年、プライベートでバンコクに旅行に行ったのですが、その際に台湾と同じディべロッパーの建設案件があるというので見学に行きました。半日使って、2つの建築現場を見させてもらいました。
このバンコクの現場はお国柄、色々と日本とも台湾とも異なった箇所があったのですが、特に驚いたのは構造形式です。

このバンコクの現場ではプレキャストコンクリートで柱、壁と床を組み上げていたのですが、驚いたことに、梁がありませんでした
クレーンで柱と壁を次々に持ち上げ、取り付けていきます。日本では、この次に梁を持ち上げ、柱と鉄筋で緊結させる作業が出てきて、それが大変なのですが、バンコクではまるで積木を積むように載せていきそれで終わってしまうのです。柱の頂部には床を載せるためのハンチが出ていて、そこに載せるのですが、その際の主筋の継手長さなどはとても短いものでした。

そのようなディテールの問題もありますが、基本的に梁がないという構造形式が日本の常識では考えにくいわけです。
その理由は、この地では地震が起こらないことだと聞いています。地震を考慮する必要がないので、建物が横揺れしないと考えるわけです。そのために柱と梁を緊結して固い構造にし、横揺れによる建物の変形を抑える必要がありません。垂直荷重だけ考えれば良いわけです。

構造の考え方をそのように整理すると、梁はなくても良いことになり、柱+スラブのみで建物を建てることができ、実際そのようにバンコクの高層住宅は建てられていました。

タイの、梁のないコンクリート構造

カナダ、バンクーバーにて

2024年のゴールデンウィークにカナダのバンクーバーに遊びに行ってきました。基本的に現地の友人家族を訪ねることと、観光が目的だったのですが、この街は建設ラッシュであることもあり、街のいたるところで工事現場を見ました。そして、この街でも梁のない建物が多いことを発見しました。バンコクと同じ考え方で、建物の構造は計画されています。
(表紙に使っている写真が実際に見た工事の様子です。)

たまたま、現地の友人は建築設計事務所で働いている、元日本の設計事務所の同僚だったので彼にこのことを聞いてみました。カナダの西海岸というのは、ロサンジェルスなどと同じ地質条件だから、地震はあるのじゃないのか。これについてはどう考えられているのだ?という質問です。彼は国籍は中華民国の人間なので、台湾や日本における地震に対する配慮は十分に把握しています。その彼の返答は次のようなものでした。

この土地に地震があるかもしれないということは、皆情報としては知っている。しかし、ヨーロッパ人が入植してい以来、ヨーロッパの構造に近い形式のままで設計が行われており、これまで大きな災害が起こっていない。そのために、構造計画の見直しはされておらず、依然と同様の法規制のままで設計は行われている。

ですので、日本の明治維新の時代と比較すると、明治の初めからヨーロッパの建築がもてはやされ、洋風建築が一世を風靡して、関東大震災の起こる前の状況の様なものかもしれないと考えました。地震に対する構造規制の強化というのは、日本でも災害が起こるたびに強化され、レベルアップしていっています。これが起こらないと、建物の構造の考え方をドラスティックに変えるという風にはなりません。何しろ法的規制を変えるのですから、社会的にその意識が共有されないといけません。

或いは、バンクーバーは地震の起こりにくい土地なので、このままの構造のルールでこれからも建物が作られ続けていくのかもしれません。バンクーバーではヨーローッパからの本格的な移民が始まって200年足らず。その間に大きな地震を経験していないので、これからもないだろうというのが基本的な想定なわけです。

これは木造のプレキャスト部材で作られていますね。
柱とスラブだけのコンクリート構造。柱も細いですね。

台湾と日本の共通点

この文章で伝えたいのは、地震のない国の構造の危険性ではありません。これら僕が実見したバンコクやバンクーバーの建物と比べると、台湾と日本の建物の作られ方はとてもよく似ているということです。

建物には梁があること。柱と梁は鉄筋で緊結されていて、その際の鉄筋の継ぎ手の施工規範もよく似ています。地震に対して、制振構造、免震構造などという手法が駆使されることも同じです。構造様式が似ているということは、工事の際に気を付けるポイントもよく似ており、工事監理者としてチェックする内容も同じです。
これら諸々のことは、日本と台湾で建築技術として共有していると言ってもよいほどです。ですので、日本の建築技術者が台湾に来て工事を確認する際に、ほとんど同じ技術水準の土俵で話をすることができます。

例えば、中国とかトルコなどで地震の際に大きな被害が出ているというニュースを聞くと、それは建築の構造基準の未整備、あるいは未熟さによる問題、ある種の人災なのだろうと考えています。とは言え国を挙げて耐震基準のレベルを上げるというのはとても大変なことなので、それを実施するのも難しいことは分かります。

その点、台湾と日本は常に大きな地震にさらされている国なので、それに対する対応をきちんと考えている。その点で基本的な構造計画の点でよく似ています。

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