【ノンフィクション #01】ないがしろにされたコミュニケーション。果ては暴言も。
唐突ですが、障害を持つ方々が就労移行支援に求めるものはなんでしょうか。
多くの方は働くために必要なスキルを身につけるトレーニングで利用したいであったり、就職活動のサポートを受けたいを目的としていると思います。
利用者に就職してもらうことが目的の施設なので、それらは当然なことです。
しかし、そういったスキルの習得や就活のサポート、いわゆる職業訓練としてのサービスばかりで、福祉の部分である利用者への寄り添いが軽視されたら…。
例えばスタッフが利用者の障害特性を理解してくれない、不安や悩み、困りごとのヒアリング面談が行われないなど。
私は就労移行支援、ひいては福祉事業はサービス提供と寄り添いの両輪が正しく機能してこそ事業として成立すると思うのですが、皆さんはどう思いますか。
その両輪のバランスが崩れていると、このようなことになってしまうという最悪のエピソードをこれからご紹介します。
1. 就労移行支援事業所M・島田さん(33)の場合
うつ病と闘いながら就労移行支援事業所を経て、障がい者雇用で事務職として働いていた島田さんは、就労中にうつ病が再発し1年ほど休職したものの病状が良くならず、やむなく退職されました。
しかし、昔から大好きなゲームを開発したいという思いから、ゲーム開発のスキルを学ぶことができる就労移行支援事業所Mに通うことで、再出発を目指したそうです。
事業所Mは開所から1年未満でしたが、ゲーム開発のスキルを学べる数少ない就労移行支援ということで頑張ろうという気持ちが高まったと言います。
通所を開始して間もなく、島田さんはあることに違和感を覚えました。
通所開始時はサービス管理責任者*1(以下、サビ管)による個別支援計画書*2 の作成など事務的な面談は行われたものの、利用開始から1か月ほど経過しても、体調の変化や生活での困りごと、訓練の進み具合などについての声かけや面談の時間が設けられません。
そういった状況は島田さんに限ったことではありませんでした。
その証拠に島田さんの席から見える面談室の扉は常に空いている、すなわち面談が行われていることはほとんどなかったようです。
以前通所していた事業所では、スタッフからの呼びかけで週に一回ほどの面談や月次面談など頻繁に行われ、また何気ない世間話など支援ということを抜きにしてもスタッフとの自然な関係性が当たり前のように築かれていました。
しかし、事業所Mではまったくと言っていいほどコミュニケーションがない。そんな環境に不自然さを感じたと言います。
2. 違和感は不満に変わり
通所に慣れてきたころ、島田さんは半年ほど前から利用しているTさんとKさん2人と仲良くなりました。
2人も同様に、体調の変化や困りごとに対しての声かけや面談の声がかからないことに疑問を感じていて、次第に3人はサビ管の乱暴な言葉遣いなど事業所に対する共通の疑問や不満を話し合うようになりました。
そして、利用者に寄り添うとはどのような姿が望ましいのかを議論していったと言います。
ある日、この募ってしまったモヤモヤを解消したいと思い
「なぜ面談の呼びかけがないのか」
とサビ管に話したところ
「そちらから言っていただければ、面談はしますよ」
とぶっきらぼうに返されたそうです。
その言い方と返答が腑に落ちず、怒りすら感じたと言います。
怒りを抑えながら
「私は最低月1回は面談して欲しい。面談の呼びかけはそちらからお願いしたい。あとスタッフによる利用者への声かけは日ごろから行った方がいいと思います」と島田さんは訴えました。
それに対し、サビ管も承知したと返答したそうです。
折をみてスタッフに何度も面談はいつするのかを尋ね、同時に仲の良い利用者も声かけや面談を望んでいることを伝えました。
それでもスタッフの行動に変化は見られなかったそうです…。
3. 仲間の精神が蝕まれていく恐怖
Tさんはコミュニケーションの問題とは別に、技術的なサポートについても問題を感じていました。
その問題について話し合う席を設けてもらい、サビ管に事業所としてこの問題をどのように考えているかを聞きました。
しかし、その問いへの返答はただぞんざいに
「うちのやり方が気に入らなければ辞めてもらって結構ですよ」
というものでした。
この言葉を受け、事業所を追い出されるかもしれないという不安から精神的に病んでしまったTさんは睡眠薬を過剰摂取。
ソーシャルワーカー*3 の助けなくして生活できない状態になってしまったそうです。
Kさんも、いくつかの理不尽な注意(例えば訓練時間中にトイレに行くことをKさんの体調管理不足とした理不尽な指摘)など日ごろの不満と人間不信から塞ぎ込むようになっていました。
仲間の精神がどんどんボロボロになっていく異常な事態。
そして生命が危ぶまれている瀬戸際の状況に恐怖を覚えた島田さんは、ついにこれ以上サビ管の雑な対応や職務怠慢を黙って見過ごすことは出来ないと思い、サビ管に詰め寄りました。
4. 思わず息を飲んだとんでもない暴言
奇しくも念願の面談は、望んでいたものとはまったく違う、ため込んでいた不満や怒りを爆発させる場に変わってしまいました。
その面談で島田さんはサビ管と3つのことについて問答したそうです。
はじめに「仲間が精神を蝕まれ、生命の危機に晒されている異常な状況を知っていますか」と聞くと
Kさんが塞ぎ込んで人と話さなくなっていることやTさんが睡眠薬を過剰摂取をしたことは知らなかったと言います。
さらにTさんがソーシャルワーカーの助けがないと生活ができなくなっていることもまったく把握していなかったそうです。
続いて「そういう異常な状況はコミュニケーションをないがしろにした結果ではないか」という問いに対して「私はTさんにここを辞めろなんて言っていない。ちゃんと丁寧に説明している。発言の捉え方の問題だ」と説明。
最後に「すべてのスタッフが利用者に寄り添い、面談やコミュニケーションの機会を増やすようにはならないのか」
に対しては
「私たちは声かけも面談もやっている」
と何度も繰り返したそうです。
サビ管の発言は同じことの繰り返しで埒が明かなかったため
島田さんは「利用者ファーストで寄り添うことが一番大切なのではないか」
と投げかけたところ、とんでもない暴言が飛び出したと言います。
「利用者は金にしか見えないね」
その言葉に思わず唖然としたそうです。
しかし、その時島田さんは怒りをぶつけることよりも、自分たち以外の利用者のためにも、今の事業所の状況を改善することを最優先に考えたそうです。
サビ管による1週間以内のスタッフ全員への改善指導を約束させ、併せて改善が見られない場合は行政に苦情として訴えることも伝えました。
こうしてその日の面談は終了しました。
5. もうこの事業所にはいられない
改善を約束させた1週間を過ぎても、事業所では何一つ利用者に寄り添った行動を見ることができなかったそうです。
島田さんはすごく失望したと言います。
サビ管に尋ねても「やっています」の一辺倒は変わらず、スタッフも「私たちは常に寄り添った行動をしているという自負があります」と主張。
それどころかあるスタッフは、まるで3人の行動を監視するかのように、今どんな訓練をやっているのか執拗に聞いてくるという、寄り添いとはかけ離れた行動を取るようになったそうです。
「この事業所はダメだ。もうここにはいられない」
と3人は話したそうです。
とは言え、これ以上犠牲者を出さないためにも、すべきことをやってから去るべきだろうと話し合い、先日の面談の際に予告した通り、福祉部指導監査課*4 への苦情の申し出を実行したそうです。
その後、Kさんは精神的ダメージから通所が不可能となり退所。
Tさんに至っては、通所することで体調に悪影響を及ぼすというソーシャルワーカーの判断で半ば強制的に退所となったそうです。
島田さんも大きな失望から体調を崩し、自然消滅的に退所するという結末になってしまいました。
そんな大量退所者を出したにも関わらず、事業所Mは利用者とのコミュニケーションをないがしろにしながら、今も新しい利用者を募っている…。
*1 サービス全体を通してトータルサポートを行う職種。サービス内容や提供手順を明確にし、個別支援計画書を作成して利用者が自立した日常生活や社会生活を送れるようサポートする。
*2 就労移行支援では、一人ひとりの希望や課題解決に合わせた個別の支援計画や目標を設定する。
*3 問題や悩みを抱えている人の支援や援助を行う生活相談員のこと。
*4 サービス事業者等の支援に対し、必要な助言及び指導・是正の措置を講ずることで、利用者の保護や指定基準の遵守、保険給付請求等の適正化を図ることを目的とし実施する行政機関。
注意:
このエピソードは実話に基づいて編集していますが、実在の人物や団体などとは関係ありません。
6. あとがき
はじめにも書きましたが、まさに今回の事例は、サービス提供と寄り添いのバランスが全く取れていない象徴的な例と言えます。
インタビューを終えて
「事業所Mはソフトの面では最悪だったかもしれませんが、サービスの面は魅力的だったのでしょうか?」
と島田さんに尋ねると
「実はIT特化と謳っているけれど、実情はとてもお粗末なものでしたよ」
と苦笑まじりに語っていました。
事業所Mの技術的なサポート体制はひどいもので、訓練で使用するゲーム制作ソフトをまともに扱えるスタッフが誰一人いないばかりか、フランチャイズに加盟している事業所らしく、本部の遠隔サポートのみに頼っている状態でかなり不十分だったそうです。
事業所Mはサービスの面でも質が低いことが想像できます。
問題のコミュニケーションの面ですが、事業所Mのスタッフには、福祉の根幹である歩み寄りと寄り添いを理解するところからやり直してほしいと切に願います。
たとえ就労移行支援事業所が働くためのトレーニングや就活のサポートを受けれる施設であるとしても、大前提としては福祉施設であり、コミュニケーションによる支援が最優先であると考えます。
何気ないことや世間話を持ち掛けて利用者に声かけをすること。
週に一度と言わないまでもある程度定期的に面談をすること。
それはそんなに難しいことでしょうか。
私は難しいとは思いません。
なぜなら私が通う就労移行支援ではそれが普通に出来ているからです。
私も単に事業所Mのスタッフは島田さんたちも考えた職務怠慢でしかないと思います。
少し中立的に考えて、スタッフも利用者とのコミュニケーション以外の事務仕事などで忙しいことは理解できます。
しかし、一日中利用者と接点を持たず、PCにしがみついていることは支援員の本来の仕事でしょうか。
利用者はスタッフの動きをよく見ていることをどうかお忘れなく。
そして、大問題のサビ管の「利用者は金にしか見えない」発言には、私も同じ障害者として怒りを禁じ得ません。本当に恐ろしい暴言です。
そもそも福祉施設においてサビ管は、利用者と支援者との間の中立的な姿勢を取るべきだとされていますが、この暴言をはじめ、横柄な態度や雑な言葉遣いはサビ管ということ以前に福祉従事者としての資質を問われるということすら超えて、もはやレッドカードです。
さらにスタッフも失格だと思います。
面談をしてもらっていないという事実と訴えがあるにもかかわらず、自負があると言っている始末。
開所から1年ほどというまだ手探りの時期にもかかわらず、すでに慢心してしまっている状態なのでしょう。
結果として、まったく自浄作用が効いていないばかりか、むしろ暴走してしまっている組織の姿が露わになっています。
このような福祉従事者として失格とも言える人たちと志を高く持って障がい者を支援している方々、例えば私が今通っている就労移行支援のスタッフの方々が同列に見られてしまう可能性があることに、私はやるせなさしか感じません。
正直、こういう悪質な事業者にはいち早く業界から退場して欲しいものです。
最後に島田さんに
「この暴言を心理的虐待発言として障害者虐待防止センター*5 に相談してみましたか?」と尋ねたところ
「指導監査課に苦情を申し出た際に、担当の方から勧められて相談しました」
と言っていたことが、せめてもの救いでした。
とは言え、指導監査課への苦情や障害者虐待防止センターへの虐待の申し出も、その申し出がその後どのような経過を経て、どのような結果になったのかなど、一番肝心なことは申し出た人間には教えてもらえないという実情、私はこれについても閉塞感を感じずにはいられません…。
(この苦情などに対する閉塞感については機会があれば改めて取り上げたいと思います)
*5 障害者虐待防止法に基づき、障がい者への虐待の防止や早期発見・早期対応など、障がい者の尊厳の保持や権利利益を養護するための相談窓口
ここまで読んでくださりありがとうございました。
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