大手出版社の厚い「壁」 「おカネの教室」ができるまで⑯
1か月半ほど間があいてしまった連載を再開します。「できるまで」その3は、最終シリーズ商業出版編です。出版社への売り込みから、実際の本づくり、あれやこれやのこぼれ話を、思いつくまま、筆任せで綴ります。
筆者ですら流れを忘れて読み返したぐらいですので、リンクから総集編その1とその2をざっと読んでいただけると幸いです。楽しい読み物です。
「それも面倒!」という方には、この文章の最後に超ダイジェストの「おカネの教室 わらしべ長者チャート」をつけておいたので、そちらを。
「これ、本になるよな」
「おカネの教室」の商業出版化について本格的に動き出したのは、2017年の5月からだった。個人出版したKindle版は、3月初めのリリースから2か月半でダウンロード数が前後編合わせて5000~6000、後編のみでも3000近くを記録していた。
「本」の市場で、電子書籍の占めるシェアはアバウト1割だ。Kindleでの実績を強引に紙に換算すれば、数万部のヒットという計算になる。もちろん前編100円、後編400円という価格設定や、読み放題のKindle Unlimitedの読者が多いことを割り引かなければいけないが、それでも、この数字を示せば、「出しても大外れはないぞ」と思ってくれる出版社もあるだろうと考えた。
(以前にも載せたグラフ。改めてみると、最初の勢いがすごい)
これは「作戦通り」の展開でもあった。
総集編1でも触れたが、もともと私の中では、執筆中にカイシュウ先生が「ピケティの不等式」を持ち出した瞬間に、「これ、本になるかも」という予感があった。
ただ、何といっても、「経済青春小説」という変な本なのも確かだ。Kindleでの個人出版には、もちろん広く読んでもらいたいというのが大前提としてあったが、「これは売れる」という証拠を数字で示したいという狙いもあった。
「個人」で勝負したい
商業出版を決めたとき、私には普通の新人さんとは違う選択問題があった。
「自社」から出すか、「他社」から出すか、という問題だ。
私の本業は新聞記者で、勤務先のグループ内には出版社もある。そこから出版するという選択肢もあったのだ。
「自社」の方が話が早いのは間違いない。
この時点で、私は「他社」との接点はゼロで、ツテもコネも何もない。
おまけに私は当時、ロンドンにいた。知人を頼って「他社」を紹介してもらったとしても、原稿はメールで送りつけるしかない。
かように「他社」という選択には無理があったのだが、私は「社内」という選択肢は避けようと決めていた。
理由はおもに3つあった。
まず、自分の作品が商業出版に足りるのか、客観的な目にさらされてみたかった。Kindle版を出してみて、レビューやブログを通じて読者の声・評価に直接さらされる緊張感と楽しさを知った。「身内」ではない、プロの編集者の目で、この本の価値を測ってもらいたかった。
2つめは、この本を「業務」にしたくなかった。誤解を恐れず言えば、「おカネの教室」は、私にとって「遊び」なのだ。私は「真剣にやれ!仕事じゃねーんだぞ!」という逆説的なフレーズが好きなのだが、この本の執筆は手抜きゼロの超がつくほど真剣な「遊び」だった。商業出版となれば、「本づくり」や販促は、個人出版の比ではエネルギーがいるだろう。それが「業務」ならゾッとするが、「遊び」として考えれば最高のプレイグラウンドだ。
最後の1つは、ある種の変身願望のようなものだ。いつもの「高井記者」「高井デスク」ではなく、まったく別の個人、「著者・高井浩章さん」という分身の世界を持ちたいと思った。セルフブランディングとまでは言わないが、「『おカネの教室』の高井さん」として世界と人脈を広げるには、「他社」の方が良い選択だ。
怒涛の門前払い
そういうわけで、私は「ツテ・コネゼロ」の状態で、Google先生を頼りに原稿の売り込みルートを探った。
そして、すぐ絶望した。大手の出版社は、ほぼすべて、「持ち込みお断り」だったのだ。表現は微妙に違うが、要は各社のホームページには、「無名の新人は、読んでほしかったら、ウチの文学賞に応募してこい」と書いてある。
同じメディア業界に身を置きながら無知を恥じるしかないが、自分でトライするまで、何となくマンガの世界のような持ち込み文化がまだ残っているものと思い込んでいた。
「そうは言っても、出版企画書ぐらいなら読んでもらえるだろう。それで興味をもってもらってから原稿を送ろう」。そのころには、私は作品の概要やプロフィルにKindleでの販売実績を簡単にまとめた企画書を用意していた。
私はいわゆる「ビッグ3」と、それに次ぐ大手出版社数社の「一般のお問合せ」コーナーに、「出版企画書を送りたいので、担当部署を教えてもらうか、そちらにお送りして回してもらうことはできないか」とメールや電話で問い合わせた。
このうち、「担当者に回します」という返事があったのは、1社のみだった。他社は、粘ってみても「持ち込みは受け付けていません。文学賞に応募ください」というテンプレが返ってくるだけだった。
文学賞候補になるような「普通の小説」ならその手もあるが、自他ともに認める変な本には、つけいる隙もない鉄壁のディフェンスが築かれていた。
商業出版した後、知り合いになったある大手の編集者から「ウチから出したかった」と光栄なお言葉をいただいたが、私が「いやいや御社ふくめて大手は持ち込みは門前払いでしょ」と体験談を語ると、「昔はそうでもなかったのだが、人手不足で読んでいる暇がなくなって…」とおっしゃっていたのが印象的だった。
ともあれ、読んでもらえないのでは、話にならない。
私はGoogle先生に再び教えを請い、「持ち込み可」の出版社を片っ端からリストアップする作業にとりかかった。
なのに、最終的にお世話になるのは「持ち込み不可」を宣言しているミシマ社になるのが人生の面白いところなわけだが、そのあたりの経緯は次回以降に。
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「おカネの教室」ができるまで、ご愛読ありがとうございます。
最終編のシリーズ3の商業出版編にようやく着手できました。ボチボチと書いていきますので、ごゆるりとお付き合いください。
「お金の教室」のわらしべ長者チャート
娘に「軽い経済読み物」の家庭内連載を開始
↓
作中人物が独走をはじめ、「小説」になってしまう
↓
出版の予定もないし、好き勝手に執筆続行
↓
連載開始から7年(!)経って、赴任先のロンドンで完成
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配った知人に好評だったので、電子書籍Kindleで個人出版
↓
1万ダウンロードを超える大ヒット。出版社に売り込み開始 ←いまここ
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