「神がかり!」第42話後編
第42話「拙い心理戦」後編
――ピーッ!ピーッ!ピーッ!
「……」
「……」
なんだか盛り上がったところに水を差されてお互いばつが悪い俺と蛍。
――ピーッ!ピーッ!ピーッ!
しかし相手は無機質な機械だ。
文句を言っても仕方が無い。
――ピーッ!ピーッ!ピーッ!
「あの……そろそろ時間切れかも?」
暫くして――
やや恥ずかしげに、目尻の涙を拭いながら言葉を発する少女。
「……」
俺の心は複雑だ。
「あの、朔太郎くん、もう時間が……」
「ああ、三分も無いな」
俺は諦めて答える。
――ふぅ
俺が触れた人形が腰掛ける……本来は俺の席。
そこの机上に置かれた”デジタル時計”の如き液晶表示を視界に収めて立っている俺。
「あんまり……驚いていないみたいだけど。さ、朔太郎くん、けっこう今ピンチなんだよ?」
俺の態度に、整った桜色の口先をとがらす美少女。
「なんで?」
そんな彼女に向け、俺はワザと意外そうに目をパチクリさせて聞き返す。
「え?……えっと、え?え?」
途端に美少女は俺と俺が触れたままの座した人形の肩……
その人形が座った席とセットになった、机上に置かれた装置を何度も見返して落ち着かない表情になった。
「……」
本来なら俺の席である机上に設置された”装置"
ごくありふれたデジタル目覚まし時計の様な物から左右両脇へと伸びた青と赤のコードがサイコロ状の箱に繋がっている。
「だから!その……爆弾がどかぁぁん!って……」
――ピッ!ピッ!
そう言っている間にも、
デジタル時計の数値はゼロに向けてカウントダウンを進めている。
――ピッ!ピッ!ピッ!
「……」
――ピッ!ピッ!ピッ!
「……」
――ピッ!ピッ!ピッ!
「あの!!朔太郎くん!?……な、なんとかした方が……」
「なんで?」
即座に返す俺に、
「なんでって……その……爆発しちゃうよ?」
彼女は如何にも落ち着かないといった様子で戸惑いながら俺を見ていた。
「あ、赤か青の線を切らないと爆発します。じ、時間的にもあと二分ちょっとで……」
「ほぅ?」
背筋を正して態々と言い直す蛍に俺は然も今さっき気づいたとばかりに頷いてみせる。
――
そして、机の上にある装置とは別に、これ見よがしに置かれた”ニッパー”に手を伸ばした。
「あっ!?ちょっ、ちょっと!!右手を離しちゃ駄目だよっ!それでも爆発……」
俺の席に座った人形の肩に置いた俺の右手……
机上のニッパーに手を伸ばした左手に引っ張られて、右手が人形から離れそうになる。
「ああ?……そういうルールもあったっけか?」
俺は恍けてそう答えると、人形の肩に置いた右手をしっかりと掴み直し――
然る後に、再度左手を伸ばしてニッパーを手に取った。
「あ、赤か青だよ?どっちかを二分以内に……」
パチンッ!
「……へ?」
「……」
俺は蛍の精一杯の説明を終わりまで聞くこと無く”そうして"いた。
「……」
「……」
暫しの空白の後――
「って!?ええーーーーーー!!」
「……」
――賑やかだな
「なっ!なんで切っちゃうかなっ!?切っちゃうかな!?この子はっ!!」
大きめで少し垂れぎみの瞳を白黒させ、栗色の髪を振り乱しながら俺を面白可笑しく糾弾する美少女。
「いや、お前が切れって……」
因みに切ったのは青だ。
「言ったよ!!言ったけれどもっ!!」
信じられない!とばかりの表情で俺に迫る美少女。
「まだ説明が終わってないでしょ!それに命がかかってるのよ!解ってる!?命は大事なんだよっ!一つしか無いんだよっ!!」
「……」
俺は"面倒くさいなぁ”と思いながら、
――ガシャッ!
手に持ったニッパーを投げ捨て、両手で机上の装置を無造作に掴むとその上方に設置されたデジタル時計部分を雑に外して投げ捨てた。
「ああーーーーーー!!!!」
さらなる大声を上げる美少女。
「壊したっ!!壊したっていうか!右手離しちゃ駄目だって!言ったよねぇぇっ!?」
――忙しいな……
俺は呆れ気味に目前のシリアスになりきれない"賑やか美少女”を眺めながら、手に残ったサイコロ状の装置を解体し、中身の固形物質を取り出していた。
「C4……所謂”プラスチック爆弾”ってやつだな」
「……へ?……しーふぉ……志保?」
それを見せる俺に、彼女はキョトンとした表情で静かになる。
「えっと……あの……し、志保さんは関係なくて……だ、だから爆弾……どかぁぁーーん!って……あれ?」
状況が全く飲み込めていないだろう美少女に俺は溜息を吐いていた。
――"C4”だっての
――志保?だれだよ、その謎女は……
「こほん、C4はこの装置……つまり、このコードの太さから流れる静電気程度じゃこの手の爆弾は起爆しない」
「せ、静電気?"このていど”って?え?え?」
お嬢様は益々混乱の極みらしい。
「だ・か・らぁ、このコードの太さ程度じゃ……いや、抑も”雷管”らしき物も無いし、タイマーが目覚まし時計って時点で……まぁ色々と突っ込みどころ満載の代物だぞ、これ?」
「うっ!」
「だいたい、赤と青って何時のスパイ映画だ?そんな面白装置を今時……その時点で怪しいと普通は……」
「うう……う……」
立て続けにダメ出しする俺に、仕掛けたわけでも無い蛍が項垂れてゆく……
――確かに滑稽だ
だけどこれは……
「……」
そう言いながらも俺にも引っかかる部分はある。
ある意味解りやすい偽物……
これは俺を試したというより、どちらかというと虚仮にしている部類だろう。
「うぅ……朔太郎くん……」
――しかし、"C4”自体は本物っぽい。これは……
「御橋 來斗……」
蛍が曰く……
――”はこを開けない馬鹿”……か
「さくたろ……う……くん?」
「……」
――どちらにしても
ここでも心理戦かよ、御橋 來斗。
”はこ”を開ける蛍”と”はこ”を開けない御橋 來斗。
”はこ”というルールからさえ逃げる俺……
御同類の中で誰が一番最低か?ってか。
――
「ははっ、俺と蛍の事は一旦棚上げだな」
「え?……え?さく……」
――いいぜ、御橋 來斗……お前がそうくるならトコトン愉しもう
「あの……朔太郎くん?」
近くで蛍の垂れ目気味の瞳が不思議そうに揺れていた。
「どうせ開けるなら、とびきりの”jack-in-the-box”が良いなぁ」
俺の口端は再び歪に捻じ上がっていただろう。
そしてそんな俺を蛍はどんな瞳で見ていただろう。
「……」
俺はそんな蛍を――
「……あの……それで、けっきょく”志保さん”ってだれかな?」
――
「……………………C4……だ」
どこまでもシリアスに成りきれない運命に頭を抱える俺の傍で、
元凶の美少女の円らな瞳がパチクリと不思議そうに俺を見上げていた。
第42話「拙い心理戦」後編 END