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「神がかり!」第31話
第31話「類共(るいとも)」
「いまさらね、嬰美なんか逃がしてもどうでもいい」
御端 來斗はそう言いながら目前の少女に手を伸ばす。
「……」
彼が無遠慮に手を伸ばし頭上に乗せられた少女はサラサラと流れる栗色の髪……
頭上を押さえられた少女は無表情で目前の相手を見据えたままだ。
「ふっ、相変わらず弱々しくて従順だね”ほたる”ちゃんは」
一見、穏やかな表情の少年である御端 來斗は、涼しげな碧眼と蜂蜜のような甘いブロンドが特徴の美少年だ。
英国人を父に日本人を母に持つハーフで、この天都原学園の生徒会長でもある。
そして――
”御端 來斗”は天都原学園で実質的に実権を持つ”学生連”のトップでもあるのであった。
蛍光灯の半分が消えた薄暗闇の部屋。
その半分さえもチカチカと明滅を繰り返す薄暗い室内で――
あの旧校舎とは別のカビ臭い陰気な空間で――
御端 來斗は、ぼんやりと輝くピンポン玉ぐらいの大きさの珠が三つ、三角形の形にくっついた物をポケットから取り出し、少女の目前に差し出していた。
「解るかい?これ」
「……」
――瑪瑙?翡翠?水晶?
いや、どれでも無い。
未知の材質で構成された何かだ。
「御端家の”天孫”なんだよ、これは」
反応しない少女の事は全く気にせず、蜂蜜色の髪の美少年は独り自慢気に薄ら笑う。
「御端の”天孫”はね、六神道の家々の……その源たる神通力を一手に引き受け、保管して、それを事あるごとに各家の神器に注入する。つまり中継の器という役割なんだ」
御端 來斗は変わらず黙ったままの少女の事などお構いなしに話し続けた。
「因みにこれは、実家から勝手に持ち出したんだけどね」
「……」
蜂蜜色の髪の美少年が殊更自慢する"それ”をただ見つめる少女……
”守居 蛍”の大きくて垂れ気味の優しげな瞳はいつになく空っぽの光を反射していた。
「しかし、六神道……思ってたよりくだらないなぁ。簡単に岩家の天孫強奪も成功するし、警戒していてあれとはね。平和呆けして危機感無さ過ぎだよなぁ?」
愉しげに語る來斗を見つめる少女の瞳が”ふっ”と一瞬だけ閉じる。
「波紫野くんには……苦戦したようですけど?」
そして漸く口を開く栗色の髪の美少女。
「苦戦?まぁ確かに、木偶の右腕一本持っていかれたのは苦戦と言えば苦戦と言えるか?」
得意げだった蜂蜜金髪の美少年は少しだけ眉間にしわを寄せ、そうして視線を移した。
――薄暗い部屋の隅には……
シュコォーー
シュコォーー
――瞬きを繰り返す蛍光灯の下で異音を吐き出し蹲る黒い塊
頭を垂れ丸くなった巨躯は、二人の会話にも微動だにすることはないが……
シュコォーー
シュコォーー
一定のリズムで上下する背中と、低く響く不気味な呼吸音が、その”巨人”が健在で在る事を現していた。
――
通常の人間を遙かに凌駕する、三メートルはあろうかという全裸の巨人。
その丸太のような右腕は、確かに肩口から下が存在していなかった。
「けどまぁ……”コレ”は未完成品だしね。それに波紫野 剣は結果的に撃退したわけだし、その後の岩家本家への襲撃もあっさり成功した」
「……」
それは先ほど來斗が御機嫌に語っていた、六神道の岩家から強奪した”天孫”の話だろう。
「キミは黙って僕に従っていれば良いんだよ。そうすれば今まで通り、この学園に居場所だけは用意してやる」
他人と会話をしているようでしていない、自己完結が全ての美少年。
「はは、ぜんぶ僕に従っていればいいんだよ!」
本来なら美しいと言える碧眼は決して他人を映さない濁ったガラス玉のようだ。
「……」
そして、黙ったままその蜂蜜金髪の美少年を見据える栗色の髪の少女は……
「…………ふふっ」
桜色の唇の端を僅かに上げ……
相手には気づかれない程の一瞬、可愛らしい容姿には似つかわない空虚な微笑を浮かべたのだった。
「御端先輩……やっぱり非道いひとですね」
「それはどうも。でもキミがそれを言うのかい?わざと情報を流して誘き寄せ、結果この僕に友人の波紫野 嬰美を始末させようと陥れたのは……他ならぬキミじゃないのか?守居 蛍」
「……」
場の支配権を握っていると信じて疑うことのない少年は――
沈黙を返すだけの少女を反論できないからだと決めつけ、明らかに見下した態度を隠すこと無く続ける。
「まあいい、どちらにしてもキミはもうずっと前から自らの意思で僕に協力しているし、それは誤魔化しようのない事実だ……だが!」
「……」
そして言葉を切った少年の碧眼が一瞬でギラリと狂気を帯びた。
「岩家の時のような勝手は金輪際するなっ!何時からそうしていたのか知らないが、僕は手駒に勝手に動かれるのが我慢ならないんだよ!!」
「……」
声を荒げる相手にも蛍の表情は変わらない。
それどころか――
「……でも、結果というなら、岩家先輩という器を手に入れられたのって私が先輩の言うところの”勝手に動いたから”ではないんですか?御端 來斗先輩の思惑通りに……」
バシィィッ!
「っ!」
平然と反論する少女が言葉を終わらせる前に、少年の平手が少女の頬を打つ!
「僕に意見するなっ!チンケな詐欺師の娘風情がっ!!」
直ぐに打たれた蛍の白い頬がみるみる赤くなってゆくが……
「…………」
彼女は特に悲鳴も出すことも、そこを押さえることもせず、ただ冷たい瞳で其処に居るだけだ。
――
「ちっ!人形め……それから此所では僕のことはライト・イングラムと呼べ。御端 來斗?はっ!くだらない名前だ。御端?……六神道という旧家の呼称だ!時代錯誤のくだらない屑共の集まりだと思わないか?」
「……」
少し前に……
生徒会室に六神道の面々が集まった夜とは、同胞であるはずの永伏 剛士にからかわれ、訂正を求めた時とは真逆な事を言う少年。
「はは、くだらない奴らだよ!僕以外は全部!ははは!!」
歪な表情で嗤う少年を――
「……」
蛍は感情の存在しないような空っぽな瞳で見据えたままだ。
――
「ほんと、面白みのない負け犬特有の表情をした女だよ、守居 蛍。貴様に分不相応に備わった能力が無ければ、嬰美の代わりにあの醜い実験台……岩家の贄にしても良かったんだぞ?」
高圧的に、いやらしく向けてくる、試すような碧い瞳を……
「そうですか……」
今まで通り無反応で受け流し少女はそっと背を向ける。
――チッ!
思い通りの結果が見られなくて舌打ちする來斗。
「では先輩、私は授業がありますから」
そう言って薄暗い部屋を後にしようとする少女に……
軽く軽蔑した溜息を吐いた少年は”もういい”とばかりに投げ捨てるように言葉を放った。
「明日も同じ時間だ。旧校舎はもう使えないから、明日からは此所で儀式を継続する。それから……」
出入り口付近で佇んだ少女の背中に向かって蜂蜜金髪の少年はさらに言葉を続ける。
「予定外のひとつだった永伏の……東外が工作したお前の噂の出所は潰した。元凶である”東外 真理奈”本人も近々処理する予定だ」
「……」
彼女にとって朗報?であるはずの情報にも、
少女の背中は特に反応することもなく言葉をただ受けて佇んでいる。
「ああ、それと……何かと目障りな動きをみせている、なんて言ったかな?……折山……そう、”折山 朔太郎”とかいう小者だ」
「……っ」
――ピクリと……
――ほんの僅かだが確かに……
自分に関わることにさえ反応しなかった小さな背中が一瞬だけ強ばる。
「ふふん」
蜂蜜金髪の少年は目聡くそれを見逃さずに鼻で笑った。
そして次の瞬間、少年の整った口元がいやらしく歪んで口角を上げる。
「その折山 朔太郎とかいう小者は、明日にでも潰されるみたいだぞ」
「…………」
なんとも面白みの無いと思っていた娘に付け入る隙を見つけた御端 來斗は――
じっくりと愉しむように歪な笑みを浮かべ、彼の前では感情の起伏が少ない少女の華奢な背中を眺めている。
「…………先輩が……ですか?」
充分間を置いてから、振り返った蛍は聞いてきた。
「僕が?まさか……そんな”虫けら”になんで僕が関わらなきゃならない?」
蜂蜜金髪の少年はあからさまに馬鹿にした仕草で応える。
「……」
「永伏が、あの単純暴力馬鹿の永伏 剛士が自分の仕事を邪魔されたから潰すって息巻いていたみたいだよ、あははっ!嫌だね、ほんと、単純馬鹿は、ははっ!」
「……」
「ははっ!傑作だ!これは……チンピラの下っ端とチンピラ、雑魚同士の潰し合いだ!はははっ!屑はクズ同士、集まるものだなぁ!ははははっ!」
――
ここぞとばかり、少女を追い詰めようと。
あわよくば、嘆願を引き出せれば……決して聞くことはないがそれはそれで傑作だと。
來斗は笑い続け――
「…………ほんとですね」
――っ!?
高笑いを続けていた少年の耳にボソリと入った声。
予想外の少女の言葉に、途端に彼は嘲笑うのを止めてポカンと少女を見ていた。
「なんて……言ったんだ?……いま」
意味が分からずに來斗は聞く。
「先輩が仰ったとおり、”類は友を呼ぶ”って言ったんですよ……似てますよね?」
「……永伏と折山っていう……馬鹿がか?」
御端 來斗の碧い瞳は先ほどまでとは打って変わって全く笑う余裕が無い。
――嫌な予感しかしないからだ
「いいえ、先輩と私……あと」
「はっ!?」
怒りに目をつり上げた少年は少女の方へ一歩踏み出す。
「ふ、巫山戯るなっ!馬鹿女!だれが屑だって……」
「……」
少女は――
飛びかからんばかりの剣幕で詰め寄ろうとする相手に、全く動じること無くお辞儀して背を向ける。
――
そしてそのままその部屋を出て行く。
「ちっ!詐欺師の娘がっ!馬鹿女がっ!この僕が貴様と同じなわけあるかっ!!クソ女!!」
――
蛍は背中に罵詈雑言を大量に浴びながらも、既にそこを足早に去っていたのだった。
――
――ほんと、似てるんだよ……
――こっちこそ、願い下げだけど……
「……」
歩く彼女は眉間に影を落とし嫌悪の感情を露わにしていた。
――
暫く歩いた少女は、やがて一年の校舎が見える学園の裏庭までさしかかる。
「あと……朔太郎くん……も……おなじだよ。ほんと……なんでこうなっちゃったんだろうね……ねぇ?”太郎くん”」
独り呟いた彼女は――
切なさで瞬間にも崩れてしまいそうな、そんな頼りない表情だった。
第31話「類共(るいとも)」END
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