見出し画像

「神がかり!」第04話

第04話

 「……」

 「……」

 何かを期待した様な瞳だ。

 ――ふぅ

 俺はそんな彼女の態度に心中で溜息をひとつ吐いた。

 因みにはだけた制服の胸元は、その辺にあった安全ピン数個で既に応急処置されている。

 ――ちっ

 「俺は、折山おりやま 朔太郎さくたろう、一年D組だ」

 若干抵抗を感じながらも、別に減るもんじゃないしな……

 それに応える俺。

 「うん、さっきエイミちゃんから聞いたよ。なんだか入学式でその……えっと、いろいろと……有名だって……」

 説明する守居かみい てるは、最後の方は気を遣ってゴニョゴニョと口ごもった。

 ――あぁ、そう言うことか

 だからてるという少女は俺の名前を知っているのか。

 そういえば、あの時の戦闘中にもあの剣道女、何度か俺の名を呼んでいたしな。

 エイミというのは恐らくあの黒髪の剣道少女、つまりあの女から入学式での俺の武勇伝も伝わったらしい。

 「それで俺の名前を?」

 そもそもあのエイミという女が俺の名前を知っていたのは入学式それが理由か……

 そしてくだんの”入学式”に色々と心当たりのある俺は今頃納得していた。

 「うん、エイミちゃん”学生連”の一人だから、入学式にも顔を出していたのよ……えっと解るかな?”学生連”」

 ――学生連ね……

 天都原あまつはら学園生の為の学園生による学園内自治連合組織……通称”学生連”

 私立天都原あまつはら学園の選ばれし徒達による、言わば学園の支配組織。

 確か元々は生徒各々の自立の精神を尊重し、生徒間の問題はすべて生徒自身に解決させるといった教育方針のもと初代学園理事長により創立された組織だと聞いているが……

 どちらにしろ、連綿と受け継がれる伝統組織の権力は絶大で一般生徒は勿論、教員にさえ影響力を及ぼすという事だ。

 指示系統は連合会長を筆頭に数名の幹部メンバーから構成されるが、その選考基準は謎とされている。

 ――まぁ、実際の幹部生徒達の顔ぶれはというと

 勉学や部活などで特に秀でた人物達が名を連ねているらしい。

 「なるほど、剣道部の波紫野はしの 嬰美えいみか。去年は一年生にして全国大会覇者の神童……だったよな?」

 先ほど脳天に味わった剣を思い出し、この学園では誰もが知る有名人だと納得していた。

 「えっとね、安心して、エイミちゃんは峰打ちだって言っていたから」

 俺を気遣ってかてるは明るく話しかけてくる。

 「そうか」

 未だにズキズキ響く頭を摩りながら俺は目前の少女に視線を戻した。

 「で、ひとつ聞くが何時いつから竹刀に”峰”とやらが出来たんだ?」

 「…………あ!?」

 俺の尤もな疑問に目を丸くする少女。

 「今、気づいたのかよ……」

 ――この少女は結構馬鹿なのか?

 ――それとも、よっぽどひとが良いのか?

 ――それとも……

 俺はそんなことを考えながら、ぱっと見で素直すぎる少女をあきれ顔で眺めていた。

 目前には肩を落として分かり易く落ち込んでいる少女。

 ――まぁ、他人の事は言えないか?

 俺自身、お人好しの前に”馬鹿”というワードが浮かぶところが、折山おりやま 朔太郎さくたろうという為人ひととなりを表しているといえるだろうし。

 「そういえば、エイミちゃん、私にそう説明したとき、なんだか落ち着きがなかった様な……」

 今更ながら当時の不自然さに気づいた、てる

 俺の想像でも、挙動不審で意味のわからない言い訳をする黒髪の剣道少女が鮮明に浮かんでいた。

 てるは申し訳なさそうに俺を見つめてから思い切ったように口を開く。

 「あ、あのね、折山おりやまくん。えっと、突然かもだけど、せっかく知り合えたんだからもう少し距離を……詰めてみても良いかな?」

 「距離?」

 これまた唐突なてるの提案に今度は俺がキョトンとする番になる。

 「だ、だから友達っていうか、せっかくだし、友達って多い方が良いと思うんだ」

 「そうなのか?」

 同意を得ようと力説する少女。

 対して特殊な幼少期を送った為か、俺には正直あまりピンと来ない話だった。

 「ぜったい、そうだよ!」

 「なら、それでもいいけど」

 俺は適当に相づちを打つ。

 ――まぁ、一般常識としては理解できるしな

 とりあえず、俺にとってそれは所謂いわゆるどうでも良いことであったのだ。

 「じゃあさ、じゃあ、まずは呼び方とか変えよう!”朔太郎さくたろうくん”っていうのは嫌かな?」

 俺の了解を得たてるは、ぱっと大きな瞳を輝かせベッドの上に手を着いて俺の方に乗り出して来る。

 ギシリとベッドがちょっとだけバランスを崩して彼女へと傾いた。

 「ね?ね?」

 ふわりと甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。

 「……別に嫌じゃない」

 特に嫌悪を感じることもないなと思ったわけで……

 決して!

 なんだか良い臭いに誘われ、”それもアリかなぁ”とか、考えた訳では無い。

 「だよね……ふふ…」

 「ああ」

 「…………」

 「……?」

 「…………」

 「ええと?」

 キラキラした瞳の少女は期待の眼差しのまま続きを待っていた。

 「わかった。じゃあ”てる”でいいか?」

 相手が望んでいるであろうその先を推測して俺はそう応える。

 「べつに嫌じゃないけど、一応、私、年上だよ?」

 「じゃあ”てる先輩”」

 「それはちょっと他人行儀かなぁ?」

 やんわりと否定する相手に言い直す俺、

 そのやり取りをなんだか楽しげにする少女。

 「”てるさん”?」

 「うーーん、もう一声!」

 守居かみい てるは妙に上機嫌だ。

 それは少し悪戯っ子のような無邪気さも感じさせる。

 「これも駄目かよ、じゃあ……」

 俺は”仕方なく”付き合ってみる。

 後で考えてみると――

 それは”折山おりやま 朔太郎さくたろう”という人物にとって、極めて珍しい判断と行動であったのだった。

 「てるどの」

 「ぷっ、お侍さんかよ!」

 少女は楽しそうにコロコロと笑いながらツッコむ。

 「ほたる」

 「そう呼ぶひともいるねぇ?」

 「ほーたるちゃーーん!」

 「折山おりやま三世?」

 くまで一過性とは言え、俺も少しばかり調子に乗っていただろう。

 「なら、てる様」

 「……っ!」

 今度は先ほどまでの軽やかな反応は返ってこない。

 「?」

 少女の大きめで美しく潤んだ瞳が先ほどまでと比べて明らかに色を無くしている。

 「……」

 ――なんだ?”様”って結構ありふれた敬称だけど……

 ――なにが気に障ったんだ?

 意味不明だが……

「えーーと、てる?」

 そして無意識に、原点回帰でそう声を掛ける。

 「あ、うん、何でも無い……そうだね、それでいいよ。なんだか朔太郎さくたろうくんっぽいし」

 気を取り直した彼女は、今度は拍子抜け名くらいアッサリと許可してくれた。

 なにが俺らしいのかさっぱりだが……結局は最初の呼び方に落ち着いた。

 「……」

 「……」

 先ほどまでの和やかな空気はどこへやら、途端にギクシャクする保健室の二人。

 「ええと……」

 居心地の悪くなった俺の視線は彼女から、ふと壁に掛かった時計に移っていた。

 「十六時……三十四分……」

 ――あぁ、もうこんな時間か

 随分と寝ていたようだ。

 付き添ってくれたてるには悪いことを……って!!

 「な、なんだとっ!」

 俺は重要なことを思い出して跳ね起きる!

 「きゃっ!」

 突然大声を出す男にビクリと身体からだを震わせる少女。

 「わ、わるい。ちょっと予定があるの思い出した。こんな時間まで看病してもらってて悪いけど……」

 ――実際は”なにが目的か”解らんが……

 俺は幾つもの疑問と違和感を抱きつつも、急遽帰り支度を始めていた。

 「あ……うん」

 只事でない様子で慌てまくる俺に、コクリコクリと首振り人形のように頷いた少女は、傍らに置いてあったらしい俺の鞄を差し出してくれた。

 「ほんと悪いな、じゃあ!」

 挨拶も程ほどに、俺はそれを受け取り”ガラリ”と保健室の引き戸を開けて走り去った。

 ――

 「うん……また明日……ね。折山おりやま……折山おりやま 朔太郎さくたろうくん」

 小走りに廊下を進む俺の耳には、

 実際の距離よりも随分と遠くから――

 俺が一方的に良く識り、現状全く理解出来ない美少女の言葉が聞こえた様な、そんな気がした。

 ――実際、守居かみい てるがどんな顔でそう呟いたのか

 結局のところ、最初ほど彼女に興味を無くした俺にはそれを知る気も無かったのだった。

第04話END

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?