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「神がかり!」第27話

 第27話「闇中あんちゅう巨獣けもの

 ヴォォォォーー!!

 地下にある一室、

 コンクリート壁と廊下側の窓ガラスがビリビリと震える!

 ――冗談じゃ無い

 俺の目前にそびえ立つ巨獣は……

 密林の覇者ゴリラでもアラスカの山奥で爪を磨く殺人熊グリズリーでもない。

 ヴォヴォッ!ヴォォォォォッッ!!

 人間だ……

 ――そう、三メートルほどもある全裸の巨人

 ドカァァァッ!

 「っ!」

 たとえ素手で厚さ二十センチ以上ある鉄筋コンクリート壁を容易たやすくブチ抜こうとも……

 多分?……人間だ。

 「な、なにしているのっ!!折山おりやま 朔太郎さくたろう!逃げて、早くっ!!」

 先ほどまで力なく無骨な拘束鎖に繋がれ項垂れていた少女は――

 それをジャラジャラと鳴らしながら、彼女の横に突っ立ったままの俺に叫ぶ!

 「……」

 「だからっ!早く逃げなさい!怪物こいつの目的は私なの!だからっ!」

 ――俺らしくも無い

 あまりにもな非現実的な世界観に、思考が滞ってしまっていた。

 しかし、それも――

 「逃げなさい!早くっ!」

 傍らに吊り下げられた女の声で正常な状態に復帰することが出来た。

 ヴォォォォォーー!!

 「……」

 けたたましい獣じみ……いや、獣を超越した雄叫びに鼓膜を痺れさせながら、

 俺は背後の女を改めて確認する。

 「折山おりやま 朔太郎さくたろう!逃げて!!」

 コンクリート壁に繋がる頑強な鎖に囚われ、両手を万歳した形で床にへたり込んだ全裸の……もとい、俺の上着を羽織っただけの黒髪美少女。

 白い身体からだの数カ所にある、曰く付きの”痣”が、波紫野はしのの言うように何かの儀式の痕跡ならば――

 この哀れな状態の女……

 波紫野はしの 嬰美えいみは、さし当たって”生け贄”というようなモノだろう。

 ――すぅー

 静かに肺に酸素ねんりょうを補給……

 俺は、その女を背にした位置取りで両拳をゆっくりと上げ、

 「……」

 目前の怪物に対峙した。

 「ちょっ!ちょっと聞いてるの!?逃げなさ……」

 「借りがある」

 「!?」

 俺は目前に迫った非現実に対峙したまま、振り向かずに呟く。

 「岩家いわいえには以前に借りがあったのを”いま”思い出したんだよ!」

 ――とはいっても既に……

 怪物こいつ岩家いわいえ 禮雄れおの原型を留めていないけどな。

 「ば、馬鹿っ!!解るでしょ?既に人間の相手に出来るような存在じゃないわ!それに私のために命を賭けるなんて、あなたにそんな義理も責任も無いでしょう!」

 ――確かにそりゃそうだ

 俺、なにやってんだ?最近。

 「…………波紫野はしの

 「っ!?」

 ――六花むつのはな……いや、守居かみい てるに再会してから

 俺は……俺の行動は……明らかにおかしい。

 俺自身にも理解不能な事が多々ある。

 だが――

 「他人事じゃないぞ。お前にも借りがあるんだよ、後でしっかり返して貰うから……なっ!!」

 ――ダッ!

 「ヴォォォォォォーーーーーッッ!!」

 自身の言葉が終わらぬうちに、俺はリノリウムの床を蹴るっ!

 「ちょっ!?おりや……朔太郎さくたろうっ!!」

 黒髪剣道女の叫び声を後目に、俺はバケモノに突進して――

 ブォォォーーーン!!

 「!」

 風圧だけで顔も拉げそうな勢いの鉄拳をくぐり、

 ズシャァァーー!

 ダッシュした勢いのまま、巨人の足元へスライディングした!

 ガッ!!

 そして腰の辺りを床との摩擦で焦がしながらも、相手の足首に足払いを入れる!

 「ヴォ!ヴォォォッ!!」

 ――やはり駄目だな……

 ビクともしない。

 巨体の足元で相手の足を引っかけたまま、床に寝転んだ形になった俺にとって、それは織り込み済みであった。

 「でも……なっ!」

 俺は横倒しの体勢で、そのまま床に着いた右手を跳ねるようにして上半身を起こし!

 引っかけた怪物の足の……膝の裏、

 バキィィ!

 関節に思い切り肘打ちエルボーを入れる!

 「ヴォォッ!?」

 ぐらりっ……

 途端にバランスを大きく崩した並外れた巨体は、前方に――

 ズズゥゥーーーン!!

 許しを請う”敬虔な信徒”の如き体勢で両膝を着いていた。

 ――どんな屈強な身体がたいでも!

 "人間の形を取っている”限りは、関節は曲がるべき方向に曲がるんだよっ!

 俺はすぐさま足払いで引っかけていた、相手を転ばすために支点にしていた足を引っこ抜き、素早く立ち上がると、一連の行動前から”目をつけていた”モノに飛びつく。

 ガランッ!

 今は使用されなくなって久しい旧校舎の教室。

 廃材が散乱するその中に……鈍く光る金属の鉄棒、

 それは……

 ガシッ!

 解体用のゴツい”バール”だった。

 「ふっ!」

 それを拾い上げた俺はそのまま思い切り振り上げて、肺中の空気を爆発させる!

 たちまち力のみなぎった両腕で!

 膝立ちで手の届く高さになったバケモノの後頭部に――

 ガコォォーーーン!!

 躊躇ちゅうちょ無く振るった!!

 「っ……」

 目一杯の力で鉄棒を握った両腕に衝撃からビリビリと痺れが走る。

 ――流石にこれは……効いただろう

 「…………ヴァ……ァ」

 「だ、駄目っ!朔太郎さくたろうっ避けて!」

 暗がりの中、響く女の声に俺は……

 ブウォォーーンッ!

 ガシィィーー!!

 「くっ!」

 振り回された巨大な鉄拳の一撃を食らい、教室内の隅っこまで吹っ飛んでいた。

 ガラガラガラッ――

 ドシャァァッ!

 勢いよく跳ねて、廃材の瓦礫の中に埋もれる俺。

 「さ、朔太郎さくたろうっ!?」

 「ヴォォォォォーーーーーーーッッ!!」

 膝立ちのままで――

 続けざまに狂ったように両腕という巨大な兵器を振り回すバケモノ!

 ガシャァァッ!

 バキィィッ!

 床、机、椅子と辺り構わず破戒の限りを尽くしす巨人の眼光は……

 「っ!?」

 その矛先は、コンクリートの壁際に捕らわれた少女に移る!

 「きゃっ!」

 ドカァァァッーーーー!

 コンクリート壁にめり込む鉄拳!

 古びた教室内に濛々と砂煙が巻き上がり、砕けたコンクリート壁がガラガラと崩れ落ちた。

 「う……うぅ……」

 ――微かに聞こえる女のうめき声……

 俺は瓦礫の中から立ち上がると、すぐさまその方向を――

 「……」

 幸いなことに原型を留めている黒髪剣道少女の状態を確認する。

 「…………ついてるな」

 そして場違いな感想を呟く。

 怪物の非常識な一撃は……

 鉄筋コンクリートの壁ごと女を拘束していた鎖を破壊していたのだ。

 ダッ!

 再び走り出す俺。

 「嬰美えいみ!しっかりしろ!意識はあるか!?」

 走りながらそう叫ぶ俺に、瓦礫の中にうずくまった女は何とか首を縦に振る。

 「よしっ!」

 俺は荒れ狂うバケモノの脇をすり抜け……

 「ヴォヴォヴォーー!」

 そこにたどり着くと、

 「……」

 反転して再び女に襲いかからんとする野獣の前に立ちはだかった。

 「うぅ……さ、朔太郎さくたろう……」

 女を背に庇いつつ拳を構える。

 低く――

 そう、地を這うように低く――

 そして……

 ――バシュッ!

 床を掠めるくらいの軌道から跳ね上がる俺の右拳!

 俺は未だ片膝を着いたままの巨漢に渾身のアッパーを放った!

 ガチィィッ!

 俺の拳はバケモノの雑な造形のあごを掠り、そのまま天に突き抜ける。

 「グァ!ホォォッ!!」

 巨人のあごは図太い首を支点にシーソーのようにガクンと跳ね上がり、

 強面こわもての視界は天井を向く!

 「さ、さくた……」

 続いて、後ろで心配そうな声を上げる黒髪剣道女に俺は視線を合わせた。

 「走るぞ!」

 「えっ!?」

 ――ばばっ!

 「きゃっ!」

 そして言うが早いか、女を俺の上着ごと抱え上げる”お姫様抱っこ”で再び走り出す!

 「ちょ、ちょっと!岩家いわいえ先輩は……」

 「大丈夫だ……しっかりと脳を揺さぶったから、数十秒は動けない」

 ――数十秒……

 普通の相手なら、あれでノックダウンだが……

 あの怪物には精々せいぜいそれが限度だろう。

 「あ、あの……さく……」

 「波紫野はしの 嬰美えいみ……目を瞑って首をスッ込めろ!」

 抱え上げられた胸の中で、後方に顔をやっていた嬰美えいみに俺は走りながらそう指示を出した。

 「え?なーー!?」

 ガッシャァァーーーーン!!

 俺は胸の中の女にそれだけ伝え、視界に迫る障害物に背中を向けて、女を覆うようにして飛び込んでいた。

 ドサァァッ!

 無数のガラスの破片……

 それと粉砕された古びた木枠達と共に廊下に着地した俺は――

 ――キュキュ!

 間髪置かず、そのまま来た道……

 廊下の向こうにある一階への階段へ再び走り出す。

 「…………ちょっと……あなた、怪我……」

 ガラス片で顔を少し切った俺を見上げて嬰美えいみが声を上げる。

 「ああ、目をやられなければどうってことない」

 「どうってことあるでしょ!目を閉じずにガラス窓に突っ込むなんて……私にはしっかりとそう言っておいて……」

 ――馬鹿だなこの剣道女……

 一瞬でも目を閉じたら動作が遅れるだろうが。

 「……」

 俺は無視をして走る。

 「……あ、あの……朔太郎さくたろう……わたし……」

 文句?を言いながらも……

 今度は何故かもじもじと俺の胸の中で視線を向けてくる女に俺は……

 「……どうやら、なんとかなりそうだな」

 「え?」

 走りながら階段までたどり着いたところで、そう声を掛けていた。

 「……」

 一階に続く階段から降りてくる人影……

 それを視界に捉えた俺はーー

 「あ!さくちゃん……と、嬰美えいみ……ちゃん?」

 ――ガッ!

 「!?」

 止まるどころかむしろ足の回転を加速させた俺は階段の三段目に右足を伸ばし、残った方で床を蹴って一気に駆け上る!

 「ちょ、ちょっとぉぉーー!!さくちゃん!」

 此方こちらを確認する、日本刀を携えた男……

 波紫野はしの けんとすれ違いざま俺は言葉を放つ。

 「後は任せたっ!」

 「え?え?さくちゃん?」

 状況が理解できない相手を置いてきぼりに、俺は既に階段を何段も上っていた。

 ダンッダンッ!

 一足飛びに階段を駆け上がり、一階の開けた玄関口に出ると、そこにはまたもや見知った人物がいる。

 「お、折山おりやま 朔太郎さくたろう!……あれ?波紫野はしの先輩は……」

 ダダッ!

 俺はその女の声にも応えること無く外へ向けて走る。

 「って!待ちなさいよーー!ってか、この私を無視ってどういう了見よっ!」

 直ぐに俺に追いついて併走してくる、中々に面倒臭い女。

 「……」

 「って!?ええっ!嬰美えいみさん!?」

 ――ほんと、面倒臭い女だ。東外とが 真理奈まりな……

 嬰美えいみを抱いたままとは言え、男の俺に付いて来れるのは流石だが……

 「一旦、学校から離れる……真理奈まりな、話はそれからだ」

 「え……でも……波紫野はしの先輩がまだ中に……」

 走りながらも、戸惑いながらチラリと後方に視線をやる少女。

 その時、俺達は既に旧校舎の玄関を出て中庭にさしかかっていた。

 「…………大丈夫だ。ヤツなら適当に時間を稼いでくれるだろう」

 「……」

 俺の何の根拠も無い答えに、真理奈まりなの大きめの瞳が丸くなった。

 「…………えと……ヤバイの?」

 そして暫く思考した後で聞いてくる。

 「かなり……な」

 俺の答えに彼女は大きく頷いた。

 タタタッ!

 タタタッ!

 剣道女を抱えて走る俺とそれに併走する面倒臭い女……

 「……」

 「……」

 タタタッ!

 タタタッ!

 「そ、そうね、波紫野はしの先輩に任せましょう。足手まといになると不味まずいでしょうから」

 そう言って、ぎこちなく微笑む女は……

 なかなか良い性格だった。

 ――
 ―

 「あ!あと、さっき私を呼び捨てに……その……した件については……ちょっと後で……その……」

 「……」

 ――本当に面倒臭い女だ

 息を切らせて走りながら俺は、”六神道こいつら”に関わったことを心底後悔していた。

第27話「「闇中あんちゅう巨獣けもの」」END

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