見出し画像

「神がかり!」第36話後編

第36話「最強の天孫」後編

 「ことごとく芯を外しやがって……なんだ?そのた動体視力は?」

 永伏ながふしは忌々しげに吐き捨てる。

 「……」

 その間に俺は無言で両手を上げてガードをきっちりととった。

 「ばーか、もう解っただろうが!俺のこぶしにはガードなんてものは通用しないんだよっ!」

 あざける男を無視したまま、俺は考えていた。

 ――そうだな……

 奴の”こぶし”……

 いや、”腕”か?

 そこに何かある。

 無論それは六神道やつらが”天孫てんそん”と呼ぶ能力なのだろうが……

 「……」

 ――風?……か

 集中してより鮮明に感じ取れた不自然な大気の流れ。

 打撃を受けた瞬間と、腕を掴んだ手がはじき飛ばされた時に感じた感覚、

 まるで強力な渦にはじかれたような……

 ”小さい竜巻”に巻き込まれて放り出されたような……

 「……」

 「……」

 張り詰めた空気の中で睨み合う俺とガラの悪い男。

 ――

 「私たちは……このままで良いのかしら?」

 傍観していた長い黒髪が美しい大和撫子、波紫野はしの 嬰美えいみが呟いた。

 「なに?参加したいの?嬰美えいみちゃん」

 それを茶化すように隣で飄々とした男子学生、波紫野はしの けんが応える。

 「ろ、六神道ろくしんどうの一人として、ただ傍観しているのがおかしいと思っただけよ」

 永伏ながふしのやり方を卑怯と罵った彼女であるが、

 これは六神道ろくしんどうの長老達から指示された仕事……

 未だ永伏ながふし 剛士たけしがその任務の責任者に指定されている以上、それは動かない。

 「……」

 御端みはし 來斗らいとの野望と企みを知った嬰美えいみにとってこの仕事に関する違和感と個人的な感情は勿論あるが、それでも六神道ろくしんどうとしての使命と責任も感じているのも事実だった。

 「それもそうだね……でも嬰美えいみちゃん、まだ割り切れてないでしょ?」

 けんはそう言って、双子の姉の凜とした黒い瞳の中にある心配そうに朔太郎かれを見守っている純粋な少女の姿を見ていた。

 「……」

 そして嬰美えいみは、いつも通り妙なところで核心を見透かしてくるおとうとの方を意図的に見ようとはせず、ただ二人の男の闘いを見つめたままであった。

 「まあ、いいんじゃ無い?今の指揮官は永伏ながふしさんだし、その本人が俺たちに何も指示を出していないんだから」

 波紫野はしの けんは姉の横顔を正直な笑顔で優しく見て、ふぅっと一つため息を吐くと軽い口調で言った。

 「あなたはいつもお気楽ね、尊敬するわ」

 皮肉たっぷりの姉の言葉に素直に笑うけん

 「いやーーでも、ホントいやらしいね、永伏ながふしさんの”巻風あらし”」

 そして空気を変えるように話題を振る。

 「しんは暴風の神様。古流拳法使いで打撃のスペシャリストたる永伏ながふし 剛士たけしが扱う”天孫てんそん”が……相手のガードも、組み手も、その両腕にまとった風ではじき飛ばすなんて反則チート技過ぎない?」

 打撃系の使い手に対する相手がガードも組み技も出来ないとなると、確かに彼の言うように反則チート級のわざと言えなくも無いだろう。

 「そうね、接近戦なら”組み技系”で膂力に勝る岩家いわいえ先輩か、合氣あいきの技に優れる御端みはし会長……御端みはし 來斗らいとなら或いは互角に渡りあえるかもしれないけど……」

 嬰美えいみ六神道ろくしんどうの家の者としての務めと、”想い人”である朔太郎さくたろうの間で揺れていたが、彼女はこういう話題ならそれでも食いついてしまう。

 「それも組んだ場合でしょ?あの”巻風あらし”がある限りそれは至難の業だし、あのひとには超至近距離からでも一撃必殺できるとっておきのわざ、”雁鐘かりかね”があるからね。やっぱり単純な殴り合いなら永伏ながふしさん最強説は動かないと思うよ」

 「……」

 けんのその言葉を最後に、姉弟きょうだいはお互い無言になった。

 ――つまり……

 波紫野はしの姉弟きょうだいの格闘論議は一つの結論に落ち着いたようだ。

 「私なら、そんな間合いまで近寄らせないわ」

 ボソリと呟く波紫野はしの 嬰美えいみ

 「はは……」

 波紫野はしの けんは強気だねぇとばかりに笑って隣の姉を見る。

 「同感だよ」

 そして同意したけんの言葉に、同種の剣道みちを探究する者として嬰美えいみは大きく頷いた。

 「でも今回、なにより私が気になるのは朔太郎さくたろうのあの信じられないメンタルだわ」

 「単に凄くタフなんじゃないの?」

 嬰美えいみの指摘にけんは適当に答えを返す。

 「永伏ながふしさんの拳を、それも凶器を装備した打撃を受けても持ちこたえる。たとえ倒れても直ぐに立ち上がる。あの常識外れの挙動を”タフ”の一言で片付けられると思っているの?」

 ――

 ――姉に指摘されるまでもない

 それはけんも充分に驚愕していた。

 「確かに嬰美えいみちゃんの言うとおりだね、だけどそれならメンタルだけでも同じでしょ?」

 ただ、それだけでは納得いかないと。

 生真面目きまじめな姉に、けんはそれほど真面目まじめには答えようとしなかった。

 それは彼にとっては今更の事だったからだ。

 「……」

 折山おりやま 朔太郎さくたろうという人物は――

 最初から常識外れで推し量れる範疇の外。

 だからこそ彼の興味の対象なのだ。

 故に或意味、この程度は予測済みとも言えたのだ。

 「それに……どうしてあそこまでして……」

 一転して弱々しい声で嬰美えいみは呟く。

 「……」

 ――守居かみい てる……か

 けんはそれがなにを指しているのかも理解していた。

 そして嬰美えいみもまた……

 「……朔太郎さくたろう

 複雑な瞳で朔太郎かれの闘いを見ていた。

 「もし、六神道ろくしんどうから”守居かみい てるを始末しろ“って指示が出ても、俺が代わりにるよ」

 「っ!?」

 背筋が凍るような唐突な一言に嬰美えいみは隣のけんを見る。

 「嬰美えいみちゃんは優しいからねぇ、無理でしょ?」

 いつもと同じ、なに食わぬ顔で笑っている自分の双子の弟。

 「けん……あなた……」

 「なに?俺は姉思いの良い弟だと思うけど」

 今までの雰囲気とは一転、どこか冷たい瞳で笑う弟。

 「……」

 嬰美えいみは無意識に左手に携えた”長物ながもの”を握るこぶしに力が入ってしまっていた。

 剣術の腕なら互角……

 いや、剣道しあいなら自分が上。

 だが、この双子の弟には嬰美えいみには無い才覚があった。

 それは……

 ”物事を完全に切り分けられる才能”

 徹底して合理的で冷静な……本来なら組織の、人の上に立つに相応しい冷血漢。

 「まあ、取りあえず"そういうこと”は無いと思うよ」

 「……」

 嬰美えいみが思わず強く握った”長物ながもの”をチラリと見てからけんは続けた。

 「だって永伏ながふしさん、俺たちをあんまり……っていうか、全然信用してないみたいだしね」

 「それはあなたが……」

 勝手に変な動きをするから……

 と言いかけて嬰美えいみは口をつぐんだ。

 彼女自身、二年の廊下での一件などがあるからそれは言えないと考えたのだろう。

 「多分、参加しなくて良かったと思うはずだよ。この闘いは茶番だから」

 「茶番?」

 ふっと笑ったけんはそう続けるが、嬰美えいみは意味が分からないという顔をする。

 「だって、本当の敵は他にいるじゃない?」

 「それは……確かに……」

 その為にも……

 その得体の知れない六神道みうちの怪物に対抗する為にも……

 こいいう不毛な闘いは避けるべきだと嬰美えいみは喉の処まで出かかったが……

 結局のところ、どちらにしても波紫野はしの姉弟きょうだいは暫くの間は傍観するしか無かったのだった。

 ――
 ―

 ――とにかく!

 相手の能力がなんであれ、動かなければ始まらないだろ!

 ダッ!

 意を決して突っ込んで距離を詰める俺。

 ザシュッ!

 瞬間、右の太ももを”光の筋”が貫いた!

 「ぐっ!」

 「朔太郎さくたろうっ!!」

 離れたところから嬰美えいみの悲鳴が響き、俺はガクンと前のめりに倒れる。

 ――くっ!狙撃者のこと……意識が薄れていた!

 「オラよっ!」

 その場にひざまずいた俺の顔面に、すかさず永伏ながふしの前蹴りが飛んでくる!

 ――これをかわして……

 ――膝の関節をめる!

 足ならば、あの”天孫てんそん”とやらも出せないだろう。

 ガスッ!

 しかし予定とは違い、俺の顔は為す術無く蹴り飛ばされていた。

 「…………ぐっ」

 貫かれた太ももから溢れる血。

 俺はすんでの所でそれに力を持ってゆかれ、踏みとどまることが出来なかったようだ。

 「くたばれぇぇっ!!」

 倒れゆく俺に向かってトドメの正面突きを放つ男。

 「……」

 ――かわせないか……

 ガシィィ!

 「なっ!?」

 俺は打撃動作の為に伸びきった永伏ながふしの右腕を両腕で完全に捕らえていた!

 ――後は……

 「きっ貴様ぁっ!」

 折るだけ。

 バキィィィィ!!

 「ぎゃっ、ぎゃぁぁ!!」

 右腕の肘関節を完全に破壊され、激痛から大地を転がり廻るガラの悪い男。

 「……」

 ――そりゃそうだろう

 わざと一番苦痛がある”折り方”をしたから。

 「ふぅ」

 砂埃をまとって地ベタを転がり廻る男を尻目に俺はゆっくりと立ち上がった。

 ペッ!

 そして何事も無かったように口の中の血を吐き捨てる。

 「きさ、きさま……なん……」

 自らが塗りたくった泥にまみれた情けない姿で声にならない言葉を発する六神道ろくしんどうゆう……永伏ながふし 剛士たけし

 ――まぁ、大したものだ。常人ならうの昔に悶絶しているだろう

 感心しながらも俺は、その男が俺に何を言いたいのか理解していた。

 「ガード不能なら、攻撃を受けてから”し折れば”良いだけだろ?」

 ――だから丁寧に答えてやる

 「っっ!?」

 結果、永伏ながふし 剛士たけしは右肘を押さえたまま脂汗まみれのなんとも間抜けな表情かおで呆然と俺を見上げる形となる。

 「いや……おかしいよさくちゃん。そもそも普通は耐えられるようなものじゃない」

 「ど、どんな身体からだしてるの……朔太郎さくたろう

 傍観していた波紫野はしの姉弟きょうだいも、どんな表情かおをして良いか解らない状態だ。

 ――

 「で、どうする?取りあえず半分は死んだようだけど。まだやるか?」

 俺は打撃主体の格闘スタイルである相手の片方の牙を砕いた事を交渉材料とし、見下ろしながら選択を迫る。

 「…………て、てめぇ」

 気力を振り絞って眼を付けてくる永伏ながふし 剛士たけしに俺は続ける。

 「こっちはてるから手を引いてくれれば……」

 ――っ!?

 そこまで口にしかけて俺は大きく横に跳んでいた!

 ブシュッ!

 同じ箇所!!

 寸分たがわぬ同じ位置に!例の”光の筋”が通り抜ける!

 「くっ!」

 前回同様、俺の右太ももを貫く光の矢。

 ――だめだ、これだけはどうしても回避できない!

 例え事前に察知しても、けきれない!

 「凛子りんこぉっ!!だぁーかぁーらぁっ!!心臓を貫けよっ!てめぇ!」

 右肘を押さえうずくまったままで、天に向かって怒鳴り散らす永伏ながふし

 「ちっ……」

 俺はその間に、転がり込むように植え込みにある石碑の後ろに身を隠す。

 ――射角は分かっている

 取りあえずここで……

 ザクッ!

 石碑裏で一息ついたはずの俺の左肩を貫く”光の筋”。

 「朔太郎さくたろうっ!」

 苦痛に顔をしかめる俺、遠くの方で俺の名を叫ぶ波紫野はしの 嬰美えいみ……

 光の筋は……光の矢は……

 石の障害物をすり抜けて難なく目標に到達したのだ!

 「そんなとこに隠れたって無駄だってのっ!凛子りんこの”てんがん”と”天弓てんきゅう”はなぁ!五、六キロ近く離れた場所からでも遮蔽物なんて関係なしで獲物を貫ける、六神道ろくしんどういちのビックリ能力なんだよっ!」

 形勢逆転だとばかりに、永伏ながふし 剛士たけしは痛みに歪む顔を無理に破顔させて満足そうに周囲に言葉をばらまいていた。

 「ははぁっ!しい 凛子りんこの弓はなぁ!条件を整えて、ある程度距離さえとってればなぁ……最強の”天孫てんそん”っていわれてんだっ!!わかったかコラァァ!!」

 自身の手柄の如く得意げに叫ぶガラの悪い男の声を聞きながら俺は――

第36話「最強の天孫」後編END


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?