研究者コミュニティと実務者コミュニティの境界を超えること

この記事は「科学教育 Advent Calendar 2023」15日目の投稿です。
本記事では、理科教育のジャーナルで有名なJournal of Research in Science Teaching に掲載された以下のTaylor et al.(2023)を紹介します。研究者と実践者のコミュニティをどのように架橋するかみたいな話です。

Taylor et al. (2023). Crossing boundaries between research and practitioner communities: The role of research use and cross‐community journal authorship. Journal of Research in Science Teaching.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/tea.21914

なぜこの論文を取り上げたのか?

最近「エビデンスに基づく教育」に関心が湧いてきたのですが,以前から自分の中で「理科教育学の知見はどのような人達にどのように流通しているのか」ということが気になっていました。そうした今の自分の関心にぴったりの論文だったので,このたび Science Education Book Club in Japan にて特別に担当させてもらいました。

ChatGPTによる概要

アブストラクト

まずはChatGPTに概要をまとめてもらうと以下の通りです。

背景:本研究では、実践者と研究者の関係の双方向性に焦点を当てている。特に、書誌学的手法を利用して、教育の実践と研究の結びつきを探求し、科学教育の分野における知識の流れとその利用方法を理解しようとしている。

目的:この研究の主な目的は二つある。一つ目は、教育実践者と研究者の間の共同作業の程度を明らかにすることである。二つ目は、科学教育実践者ジャーナル(SEPJ)での研究引用の範囲を調査し、教室への知識移動のプロセスを深く理解することである。

方法:研究では、(a)科学教育に関連する実践家向けジャーナルと学術ジャーナルにおける研究者と実践家の共同執筆の頻度、(b)実践家向けジャーナルの記事で科学教育プログラム、政策、実践の支持や記述にどの程度学術研究が引用されているかを調査した。

結果:研究結果から、実践家向けの記事であっても、学術研究者と実践家の共同執筆は比較的まれであることが明らかになった。また、SEPJの論文は学術ジャーナルよりも書籍や他のリソースをより頻繁に引用しており、科学教育に関する教育や学習の情報提供に焦点を当てた学術ジャーナルであっても同様であった。

議論:研究は、発表された研究へのオープンアクセスの提供、一般読者向けの研究要約の開発、実務家が研究や執筆に従事するための動機付けなど、いくつかの提言を提示している。ただし、この研究は教室への知識移動のメカニズムとしてのみ、また研究者と実践者が協力できる雑誌記事という一つの形式のみを探求しており、特定のジャーナルと時間枠に限定された結果の適用性などの制限も指摘している。

Taylor et al.(2023)

ということで,すごくざっくりまとめると,実践者向けの科学教育実践者ジャーナル(SEPJ)と研究者向けの学術研究ジャーナル(ARJ)において,それぞれの論文で実践者と研究者がどのくらい共著で書いているかを分析したよ,という論文です。タイトルにある「境界を超える」とは,ジャーナルの境界を超える,という意味だと思います。

リサーチクエスチョンとそれに対する回答

本研究で設定されていたリサーチクエスチョンに対する回答をChatGPTで出力してもらいました。

1.科学教育において、境界を越えるような論文はどれくらいの頻度で発生するのだろうか?
→科学教育における境界を越える論文の発生頻度は比較的まれである。

1.a 科学教育の分野で著名なARJに、実務家はどれくらいの頻度で論文を発表しているのだろうか?
→実務家による科学教育の著名なARJへの論文発表は非常に少ない。

1.b SEPJに論文を発表する研究者・学者の頻度は?
→SEPJに論文を発表する研究者の頻度は低い。

2.SEPJではどのようなリソースがどのような割合で引用されているのか
→SEPJでは、ARJよりも書籍やその他のリソースの方が頻繁に引用されている。

2.a SEPJにおける研究ジャーナルの引用のうち、科学教育分野のトップ研究ジャーナルからの引用の割合は?
SEPJにおける研究ジャーナルの引用のうち、科学教育分野のトップ研究ジャーナルからの引用の割合は限られている。

2.b SEPJ の筆頭著者のタイプ(例:研究者/学術界 vs. 実務家)は、研究雑誌の引用にどの程度影響するか?
→SEPJの筆頭著者のタイプ(研究者/学術界 vs. 実務家)は、研究雑誌の引用に大きな影響を与えていない。

2.c 研究の引用は、SEPJの記事の種類(コラムか通常の記事か)や目的(情報の提供か活動の記述か等)にどの程度依存するか?
→SEPJの記事の種類や目的は、研究の引用に影響を与えるが、その程度は限定的である。


ということで,三行にまとめると
・科学教育では実践と研究の境界を超えることはほとんどない
・実践者は研究ジャーナルにほとんど投稿していない
・実践ジャーナルは研究ジャーナルよりも書籍やその他のリソースを引用する

という感じの結果でした。

この論文を読んだ感想

論文を読んだ雑多な感想です。

日本の状況との比較

日本理科教育学会では,教材研究や実験・観察,指導法の工夫などが掲載されている『理科の教育』(月刊)と,理科教育に関する論文が掲載された『理科教育学研究』(年3回)を刊行しています。この論文の分類に当てはめると,『理科の教育』がSEPJ,『理科教育学研究』がARJということになります。なんとなくの感覚になりますが,本論文の結果よりも全体の割合は高くなりそうな傾向になる気がします。根性さえあればできると思うので,興味を持った方はぜひやってみてください。

実践者の知識管理の方法

研究者は,「論文」というフォーマットと「引用」という技術によって知識を管理(共有・活用・生産・アーカイブなど)していますが,実践者の場合はどうでしょうか。日本の教育現場でもっとも有名な書式の1つとして「学習指導案」を挙げることができますが,これはあくまで授業計画のフォーマットであり知識管理のフォーマットではありません。そういえば以前にもこんなことを呟いたのを思い出しました。

現場の先生にとってどのようなかたちの知識管理フォーマットが最適なのか,調べたらあるかもしれません。無理に論文のようなフォーマットに落とし込む必要は本当にあるのでしょうか。あるいはもっと別のエコシステムを考えた方がよいかもしれません。こうしたテーマの研究は現場の先生にとって役に立つ可能性があるように思います。

これからどうするのか

この論文ではジャーナルの共著者に着目して分析していましたが,コミュニティの境界を超えるための方法は他にもあると思います。たとえば日本理科教育学会には「日本理科教育学会公式オンラインコミュニティ」という会員限定のSlackワークスペースがあります。このコミュニティでは,研究者,実践者に限らず様々な立場の会員が非同期型で理科教育に関する様々な情報を交換しています。私はこのコミュニティの運営に携わっているのでポジショントークが入っていますが,こうした境界の超え方はけっこういいんじゃないかなと考えています。

また,今年度の日本理科教育学会全国大会では研究者と現場の先生のマッチング企画もありました。「共著で論文を書く!」というだけでなく,様々な企画を通していろんな立場の人が出会うきっかけを学会が提供できるといいなと思いました。

さいごに

以上,簡単ではありますが論文の紹介でした。他にも興味深い結果や議論がありますので,気になる方はぜひ読んでみてください。

なお,本記事は「科学教育 Advent Calendar 2023」と連携しております。多様な立場から科学教育について語られていますので,ぜひぜひほかの記事も読んでみてください。

最後になりましたが,議論に参加してもらったScience Education Book Club in Japanのメンバーに感謝申し上げます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?