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Elinor Ostrom "Governing the Commons":3回目

日本語タイトル:『コモンズのガバナンス―人びとの協働と制度の進化―』

引き続き、ひとり勉強会のため、Elinor Ostrom "Governing the Commons"のまとめを書いていきます。

今回は"Governing the Commons"の第2章のまとめです。

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公共財と私的財、クラブ財までは標準の経済学の教科書に説明されていますが、CPR(common pool resource)、共的資源の事はまず述べられていません。しかしこの共的資源と言う概念は、自然環境や天然資源だけでなく、インフラストラクチャーなど、 現代社会で欠かすことのできないシステムや制度を考える際には必要となる概念です。

社会経済活動は、政府と市場、公共財と私的財、公営と民営など、単純な二元論の世界ではありません。教科書的な一般均衡論では説明できない分野、市場の失敗が生じる場合の方が実は多いのではないでしょうか。日本では宇沢弘文の「社会的共通資本」、宮本憲一の「維持可能な社会」といった概念と理論が提唱されてきました。これを、ゲーム理論による経済学的な均衡分析と観察実証により補強、一般化することができるのがCPRとそのガバナンスに関する研究成果だと思います。



第2章 "An institutional approach to the study of self-organization and self-governance in CPR situations"(共的資源をめぐる自己組織化と自治に関する制度分析)

この研究の焦点は、誰もがただ乗りや責任逃れの誘惑にさらされる中で、個人の集まりがどうしたら共通の利益のための仕組みを作ることが可能となるのかと言うことである。

ここではまず共的資源(Common Pool Resource: CPR)とはどのような資源なのか、それをめぐる人々の行動をどのように考えるのかについて定義する。

次にそれをめぐって人々が直面する、独立した個々の活動が引き起こす不都合な結果(集合行為問題: Problem of collective action)を回避するために、人々はどのように組織化するかを検討する。

集合行為問題をめぐる多くの先行研究では、こうした問題はすべて囚人のジレンマゲームとして表現可能で、取引費用は無視できるとして分析手法を構築してきた。こうした集合行為に関する従来の分析手法に代わる、新しい分析の枠組みを提示する。

共的資源状況(CPR situation)とは何か

  • 共的資源と資源ユニット
    共的資源(common pool resource)とは、自然もしくは人工的な資源システムのうち、ある程度の規模を持ち、それがもたらす便益からあるものを排除することが困難なものをいう。

資源システムは、宣言システム自体を損なうことなくフロー変数の最大量を満たすことができるストック変数と考えられる。 例えば、土壌、地下水家、牧草地、灌漑用水、橋梁、駐車場、 コンピューターネットワークなどもこれに含まれる。

資源ユニットは人々が資源システムから利用あるいは使用するものでありこのユニットの補充率が引き出し率を上回る限り、再生可能資源は長期にわたって持続可能なものとなる。用語の定義は以下の通りである。

  • 資源システムから資源ユニット引き出すプロセス=「占用(appropriation)」

  • 資源ユニットを引き出す人々=「占用者(appropriator)」

  • 共的資源の供給に関する取り決めを交わす人々=「供給者」

  • 資源システム自体の長期的な持続を確実なものにする活動を行うすべての人々=「生産者」
    (供給者と生産者は同一であることが多いが、必ずしもそうとは限らない)

これまでの問題は、資源ユニットの持つ控除性()subtractability)と資源システムの共同性(jointness)が区別されなかったために混乱が生じていたことである。 控除の困難性から導き出される理論的命題は共的資源と公共財の供給の双方において適用が可能であるが、混雑や過剰利用というCPRに起こりがちな問題は、純粋公共財には存在しない。公共財の理論は非控除性に基づいており、そこから導かれる理論は控除性のある資源ユニットの占用と利用の分析に関しては適用できない。

共的資源のガバナンスと管理においては、私的財の占用と、公共財供給において生じる問題の二つに直面する。

資源システムなくしては、資源ユニットの占用は成り立たない。また公平で効率的な資源ユニットの配分方法なくしては、人々は資源システムの供給に対して継続的に寄与する動機を持たない、

複雑で不確実な状況における合理的な占用者

共的資源の占用と供給の両方に関与する占有者の意思決定と行動は、自分たちが複雑で不確実な状況に置かれていると自覚している。 これについて占用者は度重なる試行錯誤を通じて学習しているとするのが、唯一の妥当な仮定である。 さらに、この集合行為問題は、長期間にわたって生じる問題である。

占有者の意思決定と行動には4つの内部変数、すなわち期待便益、期待費用、内部規範、割引率が影響を及ぼしている。

不確実性は、期待便益と便益の割引率となって現れる。そしてその割引率には、占有者の生活レベルや将来の見通し、行動規範など多くことが影響を及ぼす。 その中でも機会主義的な行動は、共的資源問題を解決しようとするすべての占有者が対処しなければならない、基本的な問題の1つである。

これについては監視と制裁が必要になるが、これらの費用を減少させる共有規範は、問題の解決に用いられる社会関係資本(social capital)とみなすことができる。 さらに他の人々がどのような共有規範を持つのかによって、個人の内部規範もまた影響を受けるのである

相互依存、単独行動、および集合行為

複数の占有者が共的資源に依存している時、人々は自分の選択を評価する際には他の人々の選択も考慮しなければならない。 この状況で占有者が組織されない場合は、何らかの方法で戦略を調整し得られる利益より低い利益しか得られない。(Olson, 1965)。

囚人のジレンマにおける囚人もまた依存的状況にあるが、彼らはコミニケーションが取れないので単独に行動するほかない。 ハーディンのモデルで見た牧夫もまた単独で行動している。

このように共的資源の占用者が直面する最も一般的な問題は組織化の問題である。これには企業の理論または国家の理論が集合行為の実現について理論的な説明とされてきた。

  • 企業の理論
    企業の理論では、各個人が相互依存的であるとき、企業家は収益を増大させるどのような機会があるのかを知っている、その上で企業家は関係者と交渉し必要な契約をまとめあげ、それぞれが単独行動ではなく協調的な行動をとるようにする。そして自由な市場経済の下では競争が 効率的な企業内部の制度を発展させると考えられる。

  • 国家の理論
    国家の理論では、企業家の代わりに為政者を設定し、為政者は人々の行動を組織化することで大きな便益があると認識しているものとする。 為政者が独占的に武力を持つとすれば、この強制力は人々の多様な行動を組織化する基礎的なメカニズムとなる。 しかしここでは競争的市場のように効率的な制度を設計するように為政者に圧力をかけるメカニズムは存在しない。

このどちらの理論も、いかにして新しい制度的仕組みが実現するか(供給)、どのように信用できるコミットメントがなされるのか、そしてなぜ監視が必要かと言う問題を扱っている。

3つの難問: 供給、コミットメント、および監視

  • 供給問題
    ロバート・ベイツは「制度は、それが合理的主体の厚生を高めるから需要されるが、問題は、なぜ制度が供給されるかである」と指摘した(Bates, 1988)。 ベイツは、新しいルールを供給する事は囚人のジレンマゲームよりも保証ゲーム(鹿狩りゲーム)の方が適合すると考察した。 そして、ただ乗りのインセンティブが集合的ジレンマの供給に向けた組織化のインセンティブを損なうとし、解決すべきはまさにインセンティブの問題なのであると指摘している。

ベイツによる、現在の理論では人々によるルールの供給をうまく説明できないと言う問題への取り組みは、不確実性下の繰り返しゲームの理論における近年の研究に大きな影響を与えている。 またベイツは、信頼の確立と共同体意識の確立が新しい制度の供給問題を解決するためのメカニズムであると考えている。 これは本書のアプローチと同じものである。

  • 信用できるコミットメントの問題
    長期的な集合便益を得るために必要な組織化において解決すべき第二の難問は、コミットメントの問題である。これまでのケース研究によれば、人々が自己組織化を実現した事例の全てにおいて、利用可能で正当な行動を厳しく規制するルールが占用者自身によって確立されていた。

コミットメントの問題に対する理論的な解決策として、外部からの強制が示されることも多いが、外部からの強制は時として小手先の解決しかできない。外部の実効化主体がどのようなインセンティブを持つのかということが考慮されていないからである。

  • 相互監視の問題
    第3の問題が、 ルールが遵守されているかどうかの監視の問題である。 監視問題が解決できなければ、信用できるコミットメントも実現しない。しかし人々がどのようにして相互監視に参加するのかについて、集合行為論だけを用いて説明する事は難しい。

監視がなければ信用できるコミットメントは実現せず、またそうしたコミットメントなくして新しいルールを提案する理由もない。 ジレンマの内部にジレンマが入れ子状に存在しているのである。

このような困難な状況であるが、現実には制度を創設し、ルールに従うことにコミットし、そしてその合意とルールが遵守されているかどうかを監視してきた人々も存在している。なぜ彼らがそうするのかを理解することも、本書の課題である。

考察の枠組み

このような問題を 人々がどのように解決するのかを理解するには、理論の世界と実践の世界の間を行き来すると言う戦略が必要である。

本書では、集合行為論の通常の仮定ではなく、次のような仮定をもとにして分析を始める。

  • 共的資源状況において、占有者は様々な占用問題と供給問題に直面しており、それらは潜在的なパラメータの値に依存して状況毎に異なるものである

  • 占用者は複数の場や分析のレベルの間を行き来するはずである

占用問題と供給問題(共的資源問題の分析のための統一的なフレームワーク)

占用問題はフローの配分に関連しており、供給問題はストックと関連したものである。占用問題は時間独立的であり供給問題は時間依存的である。この2つの問題は、程度の差はあれすべての共的資源に見られるものであり、 一方の問題に対する解決策は他方の問題の解決策と調和したものでなければならない。

  • 占用に対する重要な問題は、固定的で時間独立的な資源をいかに配分してレント消失を回避し、不確実性や権利の割り当てに関する対立を少なくするかといったものである

    • 2つ目の占用問題は、資源に対する空間的あるいは時間的なアクセスの割り当てに関するものである。

    • 占用を規制するルールのひとつひとつは、監視費用や取り締まり費用、占用者と監視者の間で生じる戦略的行動の種類といったことに対して影響与える

  • 供給サイドの問題は、資源システムの構築及びその維持管理に関するものである。

    • 構築問題は、社会インフラへの長期的な投資のような問題であり、維持管理問題はシステムを長期にわたって持続するために必要な定期的な維持管理の種類や水準の決定に関するものである。 このような様々な決定は非常に困難な問題であり、さらに複数の占用者の忠徳のインセンティブの問題が加われば、システム維持管理のための組織化は極めて解決困難な問題となる。

    • 公共財よりも共的資源の供給問題の解決が難しいのは、供給問題を解決するよりも先に占用問題を解決しなければならないからである。

多段階の分析

集合行為問題の最新の分析の多くは、単一の段階、つまりルールの運用段階での分析に焦点を当てているが、現実には技術もルールも所与ものではなく、長期的に変化し得るものである。 このような技術や制度の変化の分析には、多段階の分析が必要となる。

運用段階でのルールは、ある集団の振る舞いを規律する集合的選択ルール(collective-choice rules)をもとに作られるが、それはさらに上位の基盤的選択ルール(constitutional-choice rules)をもとにしている。 そして自己組織化する能力を持った人々は、各段階のルールが規定する領域を絶えず行き来している。

ここで制度とは有効なルールの組み合わせとして定義することができる。そして有効なルールとは、ルールが共有知識となっており、守られているかどうか監視がなされ実効化されるものである。

共的資源ルールにおける3つのレベル

  • 運用ルール: 占用者の日々の決定に直接的に影響する

  • 集合的選択ルール: 間接的にルールの運用の選択に影響する

  • 基盤的選択ルール: 集合的選択ルールを定める際にどのようなルールが用いられるべきかを定める

フィールドに基づく制度研究

人々がどのようにして自ら制度を供給し、ルールの遵守にコミットし、監視するのかといったことを明らかにするために、事例研究から抽象化、一般化する作業に取り組む際のアプローチは次のようなものである。

  • 多くの既存研究で採用されている制度分析の手法に基づく

  • 問題に迫る基本的な戦略は、 以下の7点の決定に際して、それぞれに影響してくる物理的、文化的、制度的な要因を把握する

  1. 誰が関与すべきか

  2. 個々人が取り得る行動とその費用

  3. 実現し得る成果はどのようなものか

  4. 行動がどのように結果に結びついているか

  5. どのような情報が入手可能か

  6. 個人の振る舞いをどれくらい制御できるのか

  7. 行動と結果の特定の組み合わせにどのような利得が割り当てられるのか

共的資源の実際の問題から学ぶには、人々が直面した問題の構造と、彼らが採用したルールがなぜ機能しているのかを分析する必要がある。そのためにまず、資源そのものの構造をできるだけ把握することから始める。そして資源ユニットに関するするフローのパターンを探る。最後に、個々人に関する重要な特性を明らかにすることを試みる。
第3章では、この困難で複雑な共的資源の問題への対処に成功している実例を述べる。

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