西尾幹二「GHQ焚書図書開封6」 保険の思想

ブルクハルトというスイスの有名な歴史家は、二十世紀の有害な“信仰”として保険の思想を挙げています。生命保険、損害保険という場合の「保険」です。保険は万が一に備えてかけますが、ブルクハルトは「万が一に備える思想は、信仰を非常に危険ならしめる」という意味のことをいっています。「人間は危険を生きているんだから、保険に期待するのはおかしい」と。

まあ、今の時代ではちょっと考えられない思想かもしれません。社会保険の問題がさかんに取りざたされている現在の日本では、医療保険や年金、介護保険といったものについて、ブルクハルトのようなことをいう人はいませんね。

でも、考えてみると昔は年金なんてなかったのです。夏目漱石の小説を読んでいると、「床の下一枚はどん底だ」といった表現が出てきます。民衆はそれを当然として生活していました。

漱石は随分親戚にお金をたかられています。お金をせびってくる親戚の姿を影のように描いている小説もあります。昔は国が最低を保証する「生活保護」なんてなかったから、いよいよ食べられなくなったら、親類縁者に頼るしかなかった。頼られるほうも、なにがしかのお金はやらなくちゃ行けない義務があった。それが人間社会の掟だったような時代があります。社会保険がないだけに、人間同士はそうやってつながりあって生きていました。いまの世界でも、そういう国はまだたくさんあると思います。

ところが、現代の日本のように国家社会が年金その他を保障することになると、人間が人間を助けるとか、自分が損をしてでも何かしてあげなければいけないという心がなくなってしまいます。「おれは知らないよ」という顔をする。そういうことがいまの日本にあって、いちばん大きな問題なのではないでしょうか。


西尾幹二 「GHQ焚書図書開封6」

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