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「短編小説集」

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自作の短編小説集です。キャバクラ からファンダジーまで。作品によって幅があるので、気に入っていただけるものがあると嬉しいです。
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#短編小説

「10万円と5,000兆円のどっちがほしい?と聞かれたので5,000兆円と即答したらえらい目にあった話」

ベッドで寝てたら女神がいきなり潜り込んできて、「突然ですが、あなたの人生を大きく揺るがす質問です」と言った。 「へ?」とおれは眠ったまま答えた。 女神は耳もとで、甘い声でささやいた。「10万円と、5,000兆円、どっちがほしい?」 「5,000兆円」とおれは即答した。何事も多い方がいい。大は小をかねる。小が大をかねたことはあんまりない。 「5,000兆円…強欲だね?」と女神は笑った。人に聞いといて笑うとか、タチがわるい。 女神はひとしきり笑ってから、まじめな声で言っ

砂漠の月

動物は生きるのに理由がいらない。それがとてもうらやましい。なにも考えずに食べて、なにも考えずに寝て、なにも考えずにセックスする。それで子孫が残ろうと残るまいと、彼らの知ったことじゃない。 僕には理由がいる。すべてに対して。恋にも愛にも誰かと寝るにも、すべて理由がいる。金のため、といえれば収まりがいい。本能で、といえればもっと楽に生きられたのかもしれない。 * 渋谷駅のハチ公口から、PARCOを目指して坂をのぼる。夜もだいぶ更けて、店の明かりも消える。まだ人は多いけれど、

光のない路地裏で

轟音が鼓膜を震わせる。ラブホテルに挟まれた小さな空。そのわずかな隙間に、着陸前の飛行機がゆっくりと過ぎ去っていく。大きな機体から車輪が見える。やがて低い音だけを残して、ビルの陰に消える。空には夕暮れの淡い光がもどる。それは子供のころに見た色と同じだった。地上とは別世界の綺麗さで、そのまましばらく見とれた。 休憩3時間で4000円の看板、クラブの前で開演を待っている人たち、路上に椅子を出して座っている老人、サラリーマンが狭い通りにちらほらと見える、ホテルの前で女の子とバイバイ

勇者とホストとハローワーク

僕の国では18歳の誕生日をむかえた朝に、勇者になるかどうかを決断しなければならない。 勇者ってなにかって? いい質問だ。これからも疑問に思ったことは、どんどん聞いてほしい。僕も18歳になったばかりの若造で、この世界のことはよく知らない。 でも知らないなりに、知っていることも少しはあって、たとえば、勇者と魔王はかれこれ500年ぐらい闘っている。 人間の寿命が50年で、だいたい30歳で代が変わるので、500÷30イコール16.66‥で、四捨五入して、もう17世代ぐらい死闘

【神話】「太陽はきみを犠牲にしない」

階段をのぼるとき、3つの動物のなかから1つを選べといわれた。 * 道のりは長いから寂しくないように、という計らいらしかった。 「どれにする?」と老人が足元のゲージを指差した。ゲージは3つあった。 「このなかのどれかだ。うさぎ、コアラ、犬。1番人気はうさぎ。次が犬。コアラは日本人には馴染みが薄いせいか、ほとんど選ばれない。かわいそうなやつだ。はるばるオーストラリアから来たっていうのに」 僕はひと呼吸おいてから「コアラでお願いします」とこたえた。 老人ははじめて顔を上

短編「夢の底で」

豪徳寺ケンくんにはじめて出会ったとき、彼は喧嘩の途中でした。 渋谷のTSUTAYAの1階で、バンドマンと殴りあっていたのです。パントマイムをしているようにも見えました。楽しそう。そのくらい、2人ともお酒に酔っていました。夜の10時近くでした。 バンドマンは、インドの水牛のように痩せていて、スーパーマリオに登場してもおかしくないようなトゲのたくさん付いたジャケットを着ていて、ピタピタの黒いパンツは沼から這い上がったばかりで張りついちゃった、といういでたちでした。ディスってま

【小説】 「はじめてのおつかい」

5歳児なのにIQが180以上あることを母は知らない。 母だけじゃなくて、ディレクターもプロデューサーもカメラマンも知らない。 ADの酒井さんだけは知ってるけど、黙っててもらう取り決めになっている。撮れ高的には、僕がふつうの幼稚園児のほうが視聴者にはウケがいいからだ。 IQ以外はまったくもって、ふつうの幼稚園児だ。顔はあどけないし、身体は病弱で小さいし、靴は「きめつのやいば」のスニーカー。 なまじIQが高いせいで、幼稚園児にあるまじき発言をしちゃったら、見るほうも作るほ

小説 「2月29日」

こんなご時世だからこそ、あえて日記に残そうと思います。 私は、言いたいことがたくさんあるのだけれど、いつも口ごもってしまって、面と向かってはなかなか流暢に話すことができないので、こうして文章に残せることは、ただそれだけで幸せです。 夫が昨日、会社からノートパソコンを持って帰ってきました。「これで、もう、満員電車に乗らなくて、済む」とにんまりと笑みがこぼれていて、なんだか私まで嬉しくなりました。今朝は晴れたので、洗濯をして、ベランダで干した。駐車場の梅の花が、桜のように綺麗

【短編】 「ストロベリー & シガレッツ」

高校時代の一大イベントといえば放課後に女の子といっしょに帰ることで、高1の真冬に「サクライ、いっしょに帰ろ」とクラスの女子に声をかけられた。 女子の名前は冗談みたいだけど真冬で(後日、クラスの男子に「真冬に真冬と帰った」と当然のようにからかわれるも、高1の男子の知性なんてそんなものだ)、雪の降る寒い帰り道で、とくに話すこともなかったので「真冬に生まれたの?」と聞いたら「真夏に生まれた」とこたえたので意味がわからず「意味がわからない」と重ねたら「8月生まれなんだけど、ひどい冷

【短編】「チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における熱狂的な愛欲について」

本日はここ、渋谷スタジオパークに、先日の芥川賞から惜しくも選考にすら入らなかった作家のヤナギ・ケンさんにお越しいただきました。 「ネコ・ヤナギです」 ヤナギさんこんにちは、今回は非常に残念な結果となってしまったわけですが、しかしながら、新作の『チャンバロウと7つの喜劇、あるいは閉鎖空間における、変態的な性欲について』という作品は、 「熱狂的な愛欲です」 非常に高い評価を得ています。とくに注目されているのが、チャンバロウはほんとうは実在するAさんではないのか、喜劇は実際

短編 「彼女を迎えに」

見慣れないドレス姿の写真が雑誌に掲載されていて、「顔出ししたんだ」と彼女に質問すると、「そのほうが指名が増えるから」と無職の僕には痛いことを返す。 生活費は僕も出しているから、僕はヒモではない。彼女も「仕事はしなくていい」と言ってくれる。「したい仕事がないのなら、無理して働かなくていいから。家にいて」 昼過ぎに二人で目がさめる。彼女は寝起きが悪いので、僕がお湯を沸かしてミルクティーをいれる。朝食をとらない彼女のために、蜂蜜をたっぷりと。ちゃんと混ぜないと最後に甘い部分が残

短編 「カオサンロード・デニーズ」

東京で今年初めて30度を超えた夜、ハエが飛ぶ薄汚い中華料理屋でカタコトの店員に冷やし中華と餃子を注文した瞬間、18歳でタイに行って童貞を半分だけ喪失した過去を唐突に思い出す。 半分てなに? になると思うので、じゃあこう解説しよう。挿入できても射精しなければ半分。これでどう? 僕はたしかに女性器に挿入した気がしたけれど、すぐにしおれて、最後までできなかった。相手はタイ人の女の子で、たぶん同い年で、キャバ嬢だった。 もしかしたらキャバ嬢ではなくて、日本人のサラリーマン相手

短編 「楽しいできごと」

吉祥寺にはラブホテルが全部で4ヶ所あって、そのすべてを利用したことがあるのは地元住民ならではだと思うので、今回はホテルの紹介をしたい。利用する機会がない?かどうかは誰にもわからないので後学のために。 僕は駅から徒歩7分のマンションにバイセクシャルの男性と2人暮らしをしていて、彼が在宅中は邪魔するのも悪いので、至急を要する場合には駅近のホテルを利用していた。だいだいにおいて男女の関係は至急を要するパターンかほとんどだ。恋愛に躊躇は無用。終電逃してハモニカ横丁で飲んでて酔ったら

短編 「第173話 最終決戦」

※10年以上前に他サイトで発表した短編です。短編なのに第173話というのは、一種の洒落です。元になった話はだらだらと50話ぐらいまで書きましたが完結できず。とりあえず飛ばして最終決戦だけ書こうと試みたのが本作品です。セックスはいっさい出てきません。 (第173話までのあらすじ) ある日突然、「白パンダ」になった僕。同じように「黒パンダ」になった親友の田中は、ずっと眠ったままだ。僕らは中国軍や国連軍に命を狙われるも生き延びる。僕は田中を背負い、かつての師匠だった「紫色パンダ」